第36話 墓参り
「うぎゃあああああ……なんか全身が痛いんだけど!?」
ここは魔界、西部領の中央にある医療施設。
夜中から明け方にかけて行われた戦いが終わって夜が明けた昼過ぎ。
キリコは入院患者向けのベッドの上で全身を襲う痛みに悶ていた。
「まぁ、あんな真似したらこうなるのは当然よね」
「むしろ無事に生きてるあたりかなり運がいい方」
見舞いに来ているはずのクロエとアイギスからも励まされてるようないないような言葉をかけられる。
戦闘終了直後、ものすごく慌てた剣幕のクロエとアイギスによって病院に担ぎ込まれたのが夜明け前、事態が飲み込めないキリコがぼんやりとしたまま診察を受け担当医にものすごい勢いでお叱りを受けたのが数時間前のこと。
戦闘中の興奮状態で痛覚が麻痺していたキリコはなぜこんなに叱られなければならないのかと理不尽な気持ちを抱いていたが、今になってその対応が正しかったことを実感している。
キリコが陥っている症状は端的に言うと魔力の流しすぎ。
生物が利用できる魔力量には許容範囲があり、これは訓練によって向上できるものの、その許容範囲を超えてしまうと魔力が流れていた範囲の生体機能がことごとくダメージを受ける。
人間で言うところの筋肉痛に近い。
無論、度が過ぎればもっと重篤な症状になることもある。
これが今現在キリコの全身を襲っている痛みの正体である。
「ねぇ、これって鎮痛剤とか効かないの?」
状況がわかった所で痛いものは痛い。
キリコは薬の力を借りようとそんなことを口にする。
腕になんか点滴の針が刺さっているがきっとこれは入院用の栄養剤とかなんかそういうやつだろう。
「話聞いてた?もうとっくに使ってるじゃない」
だが、それを聞かされたクロエは呆れた顔で点滴用の薬剤が入ったバッグを指差し答えた。
キリコが栄養剤かなにかだと思っていた点滴は実は痛み止めで、それが効いていてなお全身に痛みが広がっている。
キリコは一つの結論に達した。
「……ひょっとして私、かなり重症?」
「初めからそう言ってる。しばらく安静にしてなさい」
アイギスにも何度目かの小言をもらいキリコは諦めて寝ることにした。
痛みが強くて寝れそうにないのだが。
「キリコは?」
「しばらくは安静、後遺症とかは特にないって」
「よかったぁ……」
キリコと分かれて病院を出た二人は外で待っていたサニーと合流する。
キリコの症状に誰よりも焦っていたのは他ならぬサニーであった。また自らの判断のせいで親しい友人を失うのかと思うと気が気でなかった。
漏らすような息で深く安堵するサニーをクロエが先導する、行く先々で荷物を背負わせ、背負わせ、背負いきれないのでソリに載せ、重量物を牽引するサニー。
サニーは強いので問題ないがはっきり言って人力でどうこうする物量ではない。搬入用の車両を利用するのが妥当な量だ。
流石に疑問に思ったサニーがクロエに問いかける。
「ところでクロエ様、先程から私が持たされてる荷物は何でしょう?」
「城の建築資材よ!あんたが壊した!」
クロエから怒気を込めた返答をもらう、これにはサニーも従わざるを得ない。
クロエの実家……つまるところ城の一角を燃やして灰にして消し去ったのは間違いなくサニーなのだから。
ただ、一つだけ願いが叶うなら。
「台車!台車の手配を所望します!」
「車輪は甘え、責任の重さをその身で確かめなさい」
叶わなかった。
さっきから引きずっているソリが地面に深い溝を残している。耕運機じゃないので勘弁してほしかったが、そもそもが懲罰としての苦役だったので免れることは許されなかった。
大量の資材を持って現場に到着したサニーはそのまま城の補修作業に駆り出された。そうは言うものの、建築に関してろくな知識も技量も持ち合わせていない彼女のできることといえば、必要な部材を運び入れ、不要な瓦礫を撤去する荷運びぐらいしかなかった。
無論、一日で建築作業が終わることなどなくその日の夕暮れ作業が終了するときまでサニーはこき使われ続けていた。
昨夜の戦闘からぶっ通しでの超長時間労働である。
「そろそろ勘弁してくれませんか……」
体力的には問題ないものの、精神的に参ってきたサニーはとうとう音を上げた。
「嫌よ」
ただそれをクロエは雑に否定する。
そこにあるのは城を壊したことへの怒りよりも、キリコが余計な傷を追ったことへの悔しさだった。
あんたがあの時ここにいれば母様はいなくならなかったのに。
あんたがもう少し早く来ていればキリコはここにいたかもしれないのに。
記憶の中とダブつく光景が正常な判断力を奪い去っていく。
「あいつの墓に報告をしなきゃいけないと思って」
「その言い分はずるい」
モヤ付いた感情はサニーの一言をきっかけに涙になって溢れてきた。
「結局、帰ってこなかったね」
「ちょっと遅くなってるだけよ、そのうちひょっこり戻ってくるわ」
墓前に花と彼女が好きだった酒を供える。
サニーは墓石に酒をかけようと逡巡したが結局瓶をそのまま置くことにした。
片付けが面倒だし、虫が湧くし、なによりその行為は遠くはなれた地へ旅立ってしまった者へ手向けるものだから。
まだ生きてる希望があるローザに向けてやることじゃない。
「こんな機会を逃しておいて?」
「生きて帰ってくるならいつだってかまわないわ」
生きているかもしれないと希望があったローザだが、今のところ連絡はつかない。
11年前の事件にけりを付けるチャンスだったし、実の娘のピンチでもあった。
連絡がつかないのにそれを察しろというのも無理な話ではあるが、なにか奇跡的な再開を期待していなかったといえば嘘になる。
ただきっと、もうしばらくは会えないだろうから。
「とりあえず、終わったよ。これで良かったのかはわからないけどさ」
因縁の終了だけを口にしてそれで終わり。
決して満足行く結果ではなかったが、大切な人達はどうにかこうにか無事であった。
明日もその先もやるべきことは山ほどある。
いつまでも過去の出来事を抱えているわけにもいかないのだ。
だから、後悔はこの場に置いて。
「……帰ろっか」
「もういいの?」
「次ここに来るのはこの墓石を壊すときよ」
友の帰還を祈りながら家へ帰ろう。
踵を返し歩みを進める。
過去はもう振り返らないと決意したその直後で、背後にある墓石が音を立てて割れた。
「下がって!」
思わず振り返りクロエとアイギスを後に下がらせるサニー。
その目線が墓石を割って出てきた人の腕のようなものに釘付けになる。
見覚えのある白い肌。
それは周囲を探るようにくるくると回ると一度地面に引っ込み、今度は勢いよく地面が弾け飛んだ。
大量の砂埃に紛れて判別がつかないが見覚えのある人影。
それは自身が吹き飛ばした土砂をひとしきり浴びると体についた土を払い落とし。
「あー、ひょっとして私……ものすごく間が悪い?」
「最悪のタイミングね、おかえり」
どういうわけか地面から出てきたのはローザ、サニーの友人でクロエの母親で先代西部領領主のローザ・シュヴァリエその人であった。
なんというかもう少し気の利いた再会があってもいいのではないかとサニーはぶつけるあてのない感情を抱く。
「ただいま。再開を祝うのは土を落としてからでいい?」
「あー、それなんだけど……」
浴場は修復作業中です、私が破壊したので。
そう言おうとしたサニーの側をすり抜けローザに突撃する人影。
「お母様っ!」
クロエは実に11年ぶりに自身の母親と再開した。
形はだいぶ格好がつかないが、それでも喜ばしいことである。
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