第37話 綺羅星(偽)
いつかの昔、夜の闇は空に大きな大きな黒い幕がかかってできたものと聞いたことがある。星の輝きはその幕にあいた穴から見える光だとも。
賢しい子供だった私は馬鹿にしていたが、意外と世界はそんなものかもしれない。
始めたからには終わりが来る。
行為の責任は結果となり、何人たりとも逃れることは出来ない。
それは、世界に存在する約束。
「どうして私が、とは思うけどね」
子供達の面倒をローザに任せ、サニーは一人愚痴を吐く。
彼女が向かっている先は王都中央の行政区、そしてその中心。
子供達から今回の騒動の元凶となったクロエの父親との戦いの概要を一通り聞き出し、サニーはまたしても判断を誤ったと後悔していた。
結果として全員無事だったものの、自分が自身の能力に折り合いをつけられていないせいで助けに向かうのが少しだけ遅れてしまった。
間に合ってさえいればキリコを病院に預ける必要なんてなかったのに。
「まだまだ遠いなぁ……母さんみたいにはいかないよ」
サニーは自らの母であるセレスティアに思いを馳せる。
魔神を倒し、人々を、世界を救った英雄。
魔神を倒した後、今でもその影響で発生している魔物と戦い続けている。
滅私奉公とはよく言ったものだ、自らの欲を捨て世界のために戦い続ける英雄に遠く及ばない自分が惨めになる。
「それでもいつか追いついてみせるからね、母さん」
遠い遠い空の果て、綺羅星の如く輝く憧れを目指して。
サニー・アージェントは太陽のように誰かの行く末を照らせる存在になりたいと願っている。
「ローザもローザよ、ちゃんと教えてくれたら助けに行ったのに」
それはそれとして、ローザがいなくなった事件の元凶であるあの男をどうして迎え入れたのかという昔話もローザ本人から聞き出した、聞いたからには吐き出したい愚痴もある。
結論から言うとだいたいリーゼロッテのせい。
元々が偽装結婚だったそれは、不穏分子の一掃という名目でリーゼロッテが画策、実行役をローザに押し付けたものだった。
あの連中の素性をどうやって察知し集めたのか手法は全く見当もつかないが、結果として魔神を崇拝する異常者の集まりだったことに違いはなく、今回の件も合わせて見つかっている範囲の大半は始末できたと思っている。
死んだと思っていたローザも無事に戻ってきたし、その娘のクロエも無事。
市井の人々や対処にあたった人員に被害がないといえば嘘になるが、敵対組織の動員数を考えれば十分に優秀な成果だと言える。
途中経過は最悪だったが最終的にはおおむねハッピーエンドだと評していいだろう。
ただ、気になることがないわけではない。
「どうしてクロエや私に手をかけなかった?」
サニーの頭をふと疑問がよぎる。
ローザを襲ったのは確かにあの男で、話によると魔法を無効化する能力を持っていたらしい。おそらくは不意をついてローザを襲撃、そのままクロエを……どうしてその場から連れ出した?殺すだけならその場でも良かったはずだ。
それに加えて私がクロエを連れ出したとき、あいつが首謀者だと知らない私はクロエを保護できて完全に油断していたはずだ。なぜあの瞬間に襲わなかった?
一見して理念が通ってるような破壊活動の所々に歪みがある。
異常者共の考えなどわかりたくもないが理解できない。
そして理解できないのがもう一つ、あの男が有していた能力のことだ。
魔法の無効化。
どういう原理でそんな能力を有していたのか、そんな無法な能力を有していた相手をキリコはどうやって倒したのか?
魔神を崇拝する連中だったから魔神から力を得たのか、それとも全く別のなにかか?魔神がいた当時の資料などろくな者がなく、聞いてまともな答えが帰ってくる相手をサニーは一人しか知らない。
サニーの母、セレスティアだ。
「あとは母さんがどこまで動いてくれるかだけど」
すでに連絡はしてある。
ただし、誰一人寄り付かない大陸中央で人知れず魔物を屠り続けるあの人にそこまでの余裕があるか言われるとちょっと心もとない。
そうこうしてるうちに目的地へと到着した。
王都中央、行政区の中心、この魔界と呼ばれる大陸の行政における主である魔王のいる部屋。
魔王の名はリーゼロッテという。
はるか未来からキリコを送り込み、ローザに魔神を崇拝するクソ野郎共の相手を押し付けた、そのリーゼロッテである。
サニーはノックもせずに部屋の扉を開けると
「やあ、誰かと思えば……」
『銀閃』を使い躊躇うことなくリーゼロッテを頭から2つに切り捨てた、あっという間に惨殺死体の出来上がりだ。
しかしその直後、部屋の中から死んだはずの人の声が聞こえる。
声のする方向には切り捨てられるまでと全く同じリーゼロッテがいた。
切られたのが幻という訳でなく、その場で生き返ったわけでもない、未だ死体から血液を垂れ流しながらそれとは別にリーゼロッテがいるのだ。
「出会い頭に切り捨てるのはやめた方がいい癖だと言ったろう?」
「あんたかどうか確認するくらいの分別は持ってるわ」
言葉をかわすとサニーはふたたび一閃、今度はリーゼロッテの首と胴を切り離す。
当たり前の話だがそんな事をされればリーゼロッテは当然死ぬ。
当然死ぬのだが、死体が一つ増えたこと以外は何事もなかったかのようにリーゼロッテがいる。
「他人を殺しておいて分別も何もあったものではないと思うがね?」
「どうせ生き返るなら殺してないのも同義よ」
無茶苦茶な言い分をしながら今度は袈裟に切り捨てる。
リーゼロッテの死体が増える。
「それで?ここに来た理由は?」
「別に、イライラしてたから」
あまりにも乱暴な理由で今度は心臓のあたりを突き、抉る。
また、リーゼロッテの死体が増える。
「私の負担も少しは考えてくれると嬉しいなぁ」
「なに言ってんの?厄介案件を押し付けてくるのはあんたでしょ」
さらにリーゼロッテの死体が増える。
死んでも生き返るという表現が適切かどうかは微妙なところだが、これこそがリーゼロッテの固有魔法、自らの死をきっかけにして記憶を引き継いだ自身を構築する。
生が続行することが確定しているならば、死はさしたる意味を持たない。
それ故に彼女は苦役に対する感性が麻痺している、自らの負担云々などという発言も周囲の人達から影響を受けた拙い模倣でしかない。
「それは済まなかったね、心から謝罪しよう」
「ちっとも心がこもってなーい」
血まみれの部屋に似つかわしくない弛緩した空気が流れる。
彼女達はもう幾度となく同様のやり取りを繰り返しているのだ。
「それと、キリコくんの世話を引き受けてくれてありがとう」
「うん……まあね、放っておいたらもっと面倒なことになってただろうし。あの子は一体何なの?」
入院しているキリコの現状に思うところがなくもないサニーは歯切れの悪い返事をする。
「知らないさ、少なくとも現在の私は。君に当てた手紙の内容がすべて、未来の私が送り込んできた君の子孫で魔法が使える、それだけさ」
「なんにもあてにならない……」
終始お手上げと言った様子でおどけた調子で喋るリーゼロッテに対し、サニーは頬杖を付きながらため息に近い言葉を吐く。
「まあ何にせよありがとう、感謝している。これからも引き続きよろしく頼むよ、ところで……」
「死体の片付けなら手伝わないわよ」
リーゼロッテの言葉を最後まで待たずにサニーは部屋を出た。
「君は私を殺せるが殺せない、自分の死体の後始末をするのはどうにも慣れないね……」
リーゼロッテは一人ぼやきながら自らの死体を片付け始めた。
大陸中央旧市街地、魔神による破壊の影響が色濃く残り今もなお魔物の発生が昼夜問わず頻発する地域。おおよそ生活拠点の構築など不可能なこの地域でたった一人活動し続けている者がいる。
魔神討伐の英雄、セレスティア・アージェント。
彼女は魔神の討伐が済んだ後もその影響をなくすべく、ただ一人で大陸中央に残り昼夜を問わず魔物を狩り続けている。魔神の影響を強く受けているこの地で発生する魔物は、今現在居住区近くに発生する魔物よりも遥かに強い。
サニーは以前この地に足を踏み入れたことがある。
発生する魔物の討伐自体は彼女でも可能だったものの、魔物が発生する頻度があまりにも早く『ちっとも休めない!ここで生活するのは嫌!』と言って帰ってきてしまった。
そんな常在戦場の地で一年の殆どを過ごしているのがセレスティア、はっきり言って狂気の沙汰である。
そのセレスティアの所有している端末にメッセージが届く、送り主はサニー。
「サニーからだ!あの子またしばらく見ない間に強くなってたなぁ……私もそろそろ追い抜かれちゃうかも」
可愛い娘からのメッセージに喜びの色を隠せないセレスティア。
画面を注視し左手でデバイスを操作しながら右手に握った剣で襲いかかってくる魔物を切り捨てる。ながらスマホは危険なはずだが、ここでの生活に慣れてしまった彼女にはそうでもなかった。
「ローザちゃん生きてたんだ!良かった~」
娘の友人の無事を知らせる報告に心躍る、右手に握った剣も踊る。
友人を亡くしたと思っていた娘の様子は悲惨だった。
久しぶりに家に帰ったときに呆然とするサニーを見てどうしてもっと早く駆けつけてやれなかったのかと自らを戒めた。
「それと……えーっと、なに、ひ孫?なんで?あの娘結婚もまだでしょ?」
書かれていたのはキリコのこと、あまりに突拍子もない文面にさすがのセレスティアも魔物に剣を突き刺したまま固まってしまう。しばらく静止していた隙に窮地に陥ってしまうが一旦思考をリセットして立て直す。
それからしばらく魔物の相手をしながらメッセージを読み進めていた彼女の表情が曇り始める。
「私には無理だよぉ、助けてよセレスティア……」
漏れ出したつぶやきは誰に向けられたものなのか。
英雄が人々を救うのならば、その英雄は一体誰が救うのか。
夜空を照らす星の輝きが何によるものなのか、人々は知る由もない。
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