2章 東の死と不死と未来

第38話 西部めぐり

 嘘をついた後始末ってすごく大変、それでも誰かがやらないといけないんだけど。


 入院から復帰したキリコは軽いリハビリを終えるとクロエやアイギスと合流してローザから戦闘訓練を受けることとなった。

「あんだけ苦労したのにちっとも歯が立たないの割とショックなんだけど」

「あなた達とは年季が違うからねー。その歳でそんだけ動けてれば十分上出来よ」

 幼い頃から格闘技の練習に励み、更にこの一年はサニーから人間性がすり減っていくような訓練を課せられていたキリコだったが、ローザを相手にした所、割とあっさりと対応されてしまい落ち込まざるを得なかった。

 力の差があることはある程度わかっていたものの、改めて突きつけられれるとその遠い距離に諦めにも似た感情が湧き上がってくる。

 そしてそれは先に訓練に参加していたクロエやアイギスも同様である。

「ところで、サニーはどこへ行ったの?」

「あー……なんか気になることがあるって中央に先に戻っちゃった」

 そういえばここ数日サニーの姿を見ない、疑問に思ったクロエはその行方を知らないものかと自らの母でありサニーの友人でもあるローザに問う。

 ローザが返答に迷ったのは……言うまでもないだろう、サニーが中央に戻って何をするか知っているからである。サニーとリーゼロッテ、あの二人はいつもああなのだ。周囲の人達が説明に困るからいい加減にして欲しい。

 昔一度『死なない程度に痛めつければ復活しないんじゃない?』なんて子供じみた発言をしたことがローザにはある。その気になったサニーが実行に移した所、目論見通りではあったのだが、『行政に影響が出るから二度とするな』とひどく怒られたためそれ以降はきちんと息の根を止めるようにしている。

 殺すことにはお咎めなしなのかという気もしなくもないが。

「アイギスちゃんはしばらく見ない間に可愛げがなくなった!悲しい!」

「いらないです、別に」

 アイギスが最後にローザとあったのは5歳の頃だ、その頃にあった無条件の可愛さと比較されても当人からすればどうしようもなく困ったものである。それに戦い方の方向性が影響したのかは知らないが、アイギスは常に落ち着いていて受動的な性格である。可愛いというより冷たいという印象が似合う少女だ。


 ローザによる訓練も一通り済んだある日のこと。

「そんなわけでサニーから休暇中のあなた達の面倒をみるよう頼まれたので、西部領巡りをしたいと思います!わー!ぱちぱちー!」

 唐突にローザがそんな事を言いだした、テンションが妙に高い。

「旅行と銘打って死亡を偽装してたことの謝罪行脚でしょ?」

 対象的にクロエは冷静だった。

 それもそのはず今回のローザの一件は『入院してたけど一命をとりとめました!』ではなく『死んだって発表したけどあれやっぱり嘘だから!』なのである。

 関係各所に詫びを入れなければならない。

「うぐっ……娘の指摘が手厳しい……まあでもあなた達に拒否権はないんだけど♪」

 泣き崩れる演技を途中で取りやめちょっと時代遅れ感のある決めポーズを取るローザ、だいぶ愉快な仕草である。出会って数日しか経ってないにも関わらず、しれっと友人のおもしろお母さんポジションを確立していた。

「ないの!?」

 真っ先に反応したキリコもくだけきった口調である。

「ないでーす♫」

 こうしてローザを監督役にゆるっとふわっと西部領巡り(実の所は謝罪行脚)が開催される事となった。


 一行は城下町から広がる西部領中央での挨拶回りを済ませた後、南へ向かう。

「北の方はいいの?」

 クロエがローザに尋ねる。

 南があれば北もある、クロエはてっきり後で向かうのかと考えていたのだが、ローザはそれを否定した。

「北はお父様に任せてるから大丈夫」

「お祖父様がいたの!?いままでどこに!?」

 クロエは衝撃を受けると同時に怒りを抱く、母がいない間の10年ほど今までどこにいたのだろうか?

「あれ?知っててやってたんじゃないの?あの執事さんが私のお父様で、あなたの祖父よ」

「ええーっ!?」

 クロエは思わず頭を抱えた。

 礼を尽くしていなかったかと言えばそんなことはないのだが、それはあくまでも仕えてくれる人に対してのものであって、自らの祖父に対するものではなかった。

「後で謝らなきゃ……」

 こうして唐突にクロエの休暇中の課題が一つ増えた。


 事前に通達を出していたものの城下町での反応は凄まじかった。

 驚くもの、疑うもの、涙を流すもの、その種類は様々だったがどれもおおむね好意的な反応だったことに違いはない。個人的に親交の深かったものにはいくらかお小言をもらったりもしていたが、ローザの領主としての信頼感がそこにあった。

 その間、おまけ扱いされていたクロエがちょっとだけ拗ねていた。少しばかりかわいそうでかわいい。

「やってきました!サキュバス自治領区です!」

 そうしてやってきた西部領南部、通称サキュバス歓楽街。

「自治領区?西部領内なのに?」

 行政周りの構造に疎いキリコが疑問を呈する。

「生活習慣が大きく違う種族を一緒にしようとすると色々不便なの。授業で習ったでしょ?北部のドワーフ工業地区、北西部のエルフ森林地区、南西部のサキュバス歓楽街、東部のあれは全域が自治領みたいなものだけど……」

 すかさずクロエがフォローに回るものの……

「覚えてるような……そうでないような」

 キリコは単純に興味が無いことを頭から追い出しているだけだった。

「キリコ、あんた興味ないことちっとも覚える気ないでしょ?」

 アイギスが呆れ顔で口を挟む。

「覚える気はあるよ!テストのために!」

「……もう手伝わなくていいかな?」

「そうね」

 年端もいかない少女は学校での試験以降も世界が続くことを知らない。程度の低い発言に呆れたクロエとアイギスはキリコの試験勉強を手伝う気力が失せてしまった。

「あっちょっ!やっぱ助けて!ちゃんとやるから!」

 流石に失言と気づいたキリコが二人に泣きつこうとする。

 それを遮るかのようにローザはキリコの前にズズイと顔を寄せて一言、眼力が強い。

「キリコちゃん、ちゃんとやるって言ったわね。約束は必ず果たさなきゃだめよ?そうでなきゃ娘の大事な人なんて任せられないわ」

 キリコの意識の低さに釘を差したかと思えばクロエとの関係性にも言及してくる。この母親、二回攻撃か対象を複数取れるのかもしれない。

「お母様!?どうしてそれを……」

 キリコとの関係性、今はまだ定期的に血を融通してもらうに過ぎないが、それすら見抜かれたクロエは慌てふためく。

「黙っていればバレないとでも思った?母の目をごまかせると思ったら大間違いよ。キリコちゃん、わかった?」

 そして矛先は再びキリコへ向けられる。

「は、はい!」

 ローザの醸し出す『いちいち言わなくてもわかってるよな?結果を出せよ?』という圧力にキリコはただ元気よく返事をする他なかった。それが信頼を担保に結論を先延ばしにするものでしかないことを少女はまだ知らない。


 自治領区の長に会いに行くローザと分かれて子供達はカーラの実家であるクローディア家へ。

 家の扉を開けたクロエをカーラが熱い抱擁で出迎える、その様はまるで躾のなっていない大型犬が飛びかかってくるようだ。

「クロエお嬢様!ご無事で何よりです!」

 クロエに抱きつきつつ顔を擦り付けしれっと匂いをかぐカーラ、これではサキュバスというより犬だ。

「何度も無事だって連絡したじゃない」

 あまりに距離の近いカーラを胸から引き剥がしつつ答えるクロエ、当たり前といえば当たり前だが事件の後、友人知人関係には一通り無事であるという連絡をしている。

 だからこうして熱い抱擁を交わす必要があるかと言われれば、あまりない。

「私、不安で夜しか寝られず……」

「ちゃんと寝てるじゃないのよ!」

 涙目で同情を誘うカーラの頭に小気味のいい音でクロエのチョップが炸裂した。


 それからしばらく4人でお菓子とお茶を楽しみながら事件の説明やら休暇中の出来事やらを話して、話題はこれからの事に移る。

「そういうわけでお母様も帰ってきたし、領地も家の財務状況も立て直す予定だからクローディア家には戻ってきてもらいたいのだけれど……どうかしら、カーラ?」

 西部領の苦境の原因となった事件からほぼ11年、原因は取り除きローザという強力な原動力も戻ってきた。復興の妨げになるものはもうなにもない。

「聞くまでもありません!お嬢様の頼みがあろうとなかろうと私はお嬢様の従者ですから!」

 話を持ちかけるやいなや考える素振りも見せず即答するカーラ、信頼している相手とは言え契約を結ぶ時はもう少し考えたほうがいいのではないかと思う。

「いや、うん……」

『これからもよろしく頼むわね』なんて言おうとしていたクロエだったが、あまりの圧に気圧されてしまい言葉に詰まる。

「キリコ様、負けませんからね?」

 そんなクロエを置き去りにしてキリコに勝負を持ちかけるカーラ、主の一番の従者に対するプライドのようなものがあるらしい。

「ちょっと人の話を聞く努力をしようか?」

「愛の言葉はベッドの上でお願いします!ああっご無体なっ!そういうプレイも嫌いではないですが!」

 興奮気味で暴走するカーラの首根っこを掴み、別の部屋へと引きずるクロエ。


 長い夜が明け、また騒がしい日常が始まる。

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