第39話 王都中央にて

 一足先に王都中央に戻ったサニーは、苛立ちから自らの上司に当たるリーゼロッテを殺したり、憤りから魔王であるリーゼロッテを殺したり、長年の恨みから腐れ縁であるリーゼロッテを殺したりした後、西部領で起きた事件の報告書を書いたり、諸々の事務処理を済ませたりして休暇を迎える。

 そして休暇を迎えたサニーが向かったのは同僚であり義理の妹でもあるナタリーの家だった。

「たっだいまー!」

 一応サニーの双子の姉に当たるステラがナタリーの兄であるレイヴンと結婚しているため家族関係にあると言えなくはないものの、他人の家にお邪魔する挨拶としては適切でない気がする。

「おかえりなさいお姉さま!」

 まあ、ナタリーはサニーに対して崇拝のような好意を寄せているのでそういう事を気にしないのだが。

「ここはお主の家ではないぞ」

「まあまあお父様」

 ナタリーと一緒に王都の家で暮らしている彼女の祖父と母がどう思うかはまた別の問題である。


 なぜヴァーミリオン家の長女であるナタリーが実家を離れて王都に小さな家を借り、母や祖父と一緒に暮らしているのか?

 その原因はステラとレイヴンの結婚に遡る。

 英雄セレスティアの娘でありアージェント家の長女ステラと、北部領の実質的な領主に当たるヴァーミリオン家の次男レイヴンの婚姻。当人同士に良好な関係性があったとしても、外から見れば勢力の拡大を狙ったものに見えてしまうだろう。

 そしてそれは外に限らず当人同士を除いた家の中にまでも。

 結果として式の当日、レイヴンは会場に現れなかった。

 否、出席することが出来なかった。

 先代ヴァーミリオン家当主と実の兄であるダニエルの手によって実家に監禁されていたのだから。

 いつまで経っても会場に現れず音沙汰もないレイヴンに代わり満身創痍といった体で会場に到着したのが当時10歳になったばかりのナタリーであった。ヴァーミリオン家のある北部領から式の会場であった王都中央までたった一人で駆け抜けてきたナタリーは自らの状況を一切顧みることなく状況を説明、監禁されている兄と母の救援を求めた。

 魔神の出現以降、原則として勢力争いにつながる家どうしの抗争は固く禁じられている。理由など言うまでもない、次に同様の災厄が起きた場合に対応できずに滅びるからだ。ナタリーの助けを求める声にステラとセレスティアは抗争禁止の禁を破りヴァーミリオン家へ侵攻を開始、たった二人でヴァーミリオン家とそこに連なる面々を死なない程度に痛めつけ、レイヴンとナタリーの母であるスカーレットの救出に成功する。


 無事解決かと思いきや本当の問題はここからである。ヴァーミリオン家が英雄セレスティアとその一族を囲い込もうと策を企てたこと。問題に対処する形ではあったものの、英雄セレスティア自身が抗争禁止の禁を破ったこと。

 この2つの問題をうまく処理する必要があった。

 結果としてヴァーミリオン家は先代当主の首を、一方のアージェント家は北部領への立ち入りを禁止された。

 この事件に一番驚いたのは既に引退していて王都で隠居していた先々代ヴァーミリオン家当主、ナタリーの祖父、ジョージである。彼は事件の詳細を聞くとどちらについても苦境に立たされるであろうナタリーとスカーレットの保護を願い出た、たとえヴァーミリオン家から自らに付与された権利の一切を放棄することになっても。

 これが、ナタリーが彼女の母と祖父と暮らすに至った経緯である。


「それで、お主がここにいるということは西部領の一件は片付いたんじゃな?」

 すでに引退して長い身ではあるがジョージは情報収集を欠かさない、自らの孫娘のような苦境に陥る人を一人でも減らしたいがためである。

「そう、主犯格も倒して、西部領各地に配置されてた手駒も倒して、後は復興作業に勤しむだけね。ローザも帰ってきたし万事解決大団円よ」

 サニーは事件の概要をざっくりと説明する。

 11年前から西部領に横たわっていた問題は取り除いた、残りは住人がもとの生活を取り戻すだけである。

「なるほど、それは何より。いやまてお主それはおかしいぞ、ローザ嬢は……その、死んでおったはずじゃろうに?」

 ローザが戻ってきた。

 それだけ聞くなら喜ばしい報告だが、死んだ人は生き返らない。もどってくることなど決してない。

「それがさ、そもそも死んでなかったんだって。酷い話だよね」

 サニーは自らが直面したクソみたいな事実をそのまま伝える。あの日の夜はローザと二人で浴びるように飲んでひたすら愚痴をぶつけた。

「なんじゃそれは、ワシもあの時葬式に出たから覚えておるぞ。確かに棺桶に入れられて……そういうことか、あの葬式自体が演技じゃったな?」

「さすがお爺ちゃん、気づくのが早い」

 サニーの説明になってない説明が意味するところに少しの時間でたどり着くジョージ、伊達に古い時代の人ではない。

「えっ!?どういうことなんですか?お姉さま?」

 話についていけないナタリーが疑問を呈する。

「ワシも連中と戦ったことがなければ気づかなかったわ。別に今更知っておくことでもないがな、吸血鬼というのは遺体を残さぬのよ」

 魔神が現れるより前、大陸内での勢力拡大を狙った抗争はしょっちゅうあった。その中での経験から彼は遺体の残った吸血鬼の葬式自体がフェイクであることを見抜いた。

『連中は核を捉えてグッとやるとな、その場で灰になるんじゃ』『なるほど~』

 祖父による孫娘への吸血鬼の習性レクチャー、なにやら物騒な単語が聞こえるし、今更その辺の知識は必要ない気もするが、語りたがりのおじいさんを邪魔するのもどうかと思い放置しておく。


「サニー、わざわざウチに来たってことはそれとは別に話があるのでしょう?」

 一人茶をすするサニーにスカーレットが切り出す。

「その通り。なんだか今回の件、妙に腑に落ちなくてさ」

 サニーが同僚でもあるナタリーの家に顔を出す理由、それは大体立場の違う相手からの意見を求めているときである。

「具体的にはどの辺が?」

「ん~……最終的には武力で解決した所、解決までに時間をかけてる所、相手の能力の出どころと、この件にキリコが関わってること……かな?」

 なんとなくサニーの頭に疑念として漂っている違和感を言葉にして吐き出す。なんというかもっと早くもっといい解決方法があったのではないかと思ってならない。

 結局武力で制圧するなら10年以上も引っ張る必要が見当たらないのだ。

「なんじゃ、お主が出たのじゃから当然お主が全部片付けたのかと思っとったわ」

 どこから話を聞いていたのかジョージがちゃちを入れる、彼もまたサニーの異常な強さを知る一人である。そんな彼女が赴いて事件を解決したのならば彼女がどうにかしたと考えるのが普通であろう。

「いや、私も当然そうするべきだと思ってたんだけどさ……」

 そう言われてしまうとサニーは少しだけ気まずい、キリコ達を前線に立たせてしまったのは自身の判断と迷いからだからだ。

「なるほど、なら注意するべきはリーゼロッテとキリコ嬢の動向じゃな」

 ジョージはかなり普遍的で的確なアドバイスを下す、伊達に戦場で長く生き残ってきたわけではない。異常な状況でこそ普段どおり淡々と、それを続けてきたのがこの老人だ。

「キリコちゃんはともかく注視するべきリーゼロッテは今の魔王様じゃなくて未来のそれでしょ?そんなのどうしようもなくないですか?」

 ナタリーはキリコの身の上を知っている、それを加味して考えるなら注意をするべきは今の魔王リーゼロッテではなく、キリコをこの時代に送り込んできた未来のリーゼロッテである。

 未来を見るというのは誰にでもできることではない、今起きている事柄から起こり得る直近の予想をすることは簡単だが、遠い遠い未来のことなどわかろうはずもない。

「それがね、いま東部領の方に高名な占い師がいるらしいのよ。当たるかどうかは微妙だけれどやってみるだけの価値はあるんじゃないかしら?ね、お父様?」

 助け舟を出すスカーレットにはなんらかの心あたりがあるらしいのだ。

「はあ、ワシにもついて来いというのじゃろう?」

 ただ、一緒に連れ出されるジョージは気乗りしない様子で。

「さすがお父様!話が分かる!さあ、東部へ観光旅行よ!」

 明らかに浮いた気持ちで旅支度を始めるスカーレット、ジョージの気乗りしない理由が少しだけわかった気がするサニーであった。

「スカーレットよ、老体にあまり無理をさせるでないぞ」

「あ、サニーとナタリーちゃんはお留守番お願いね?」

 そう言って二人は早々に出発してしまった。

「ええっ!?」

「お姉さまと二人っきり……えへへ、うふふ……」

 家に残されたサニーとナタリーはそれぞれの反応を……いや、ナタリーの様子がちょっとだけ怪しい。

「流石にナタリーと二人きりなのはちょっと……嘘でしょ、もう行っちゃった……」

 慌てた様子で玄関の扉を開け周囲を見回したサニーだが、二人の姿はもう見えない。

「さあお姉さま、寝室はこちらですよ?」

 サニーはナタリーに後ろから羽交い締めにされ家の中へと消えていった。

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