第55話 期末試験・2年目 2

「会場の皆様、お待たせ致しました!」

 昨年同様、試験会場となった闘技場に司会者の声が響く。明るくて聞き取りやすく、それでいて会場への声の通りが良い。

「やっぱり金で雇った司会者は映えるわねー」

「興行会社に頼んで正解でしたね、お姉様!」

 昨年は自ら運営に回っていて忙しかったサニーとナタリーも今年は優雅に観戦側に回っていて、会場の盛り上がりに満足げな表情を浮かべている。それなりな金額を払って依頼しただけのことはあった。

 金の出どころが自分の懐でないために奮発したかいがあったというものだ。

「ただいまから、魔王軍養成所の生徒達による模擬戦闘を開催します!こちらの試合もお持ちの端末から試合結果の予想に参加できますので、皆様奮ってご参加ください!」

 引き続き会場にアナウンスが流れる、サニーが受け持ってる特別クラスの試験を兼ねた試合の他にも複数の試合をセットアップして、入場料やら座席料やら会場での飲食やら試合結果の賭博やらで収益を得る仕組みだ。

 ちなみに収益の殆どは会場の修繕費用に充てられる。


「ねぇ、私たち実技試験を受けに来たはずだよね?」

 会場の熱気に圧倒されたキリコがぼやいた。

 試験目的の模擬試合だと思っていたらどう見ても興行向けの試合の雰囲気をしている。こうなることを予想してなかった訳では無いが、なんというか複雑な気分にはなるのだ。

「そのはず……だったな?」

 少なからず予想できたこととはいえ戸惑わないわけではない、リュウガも同様に会場の熱気に呆気にとられていた。

「どのみちサニーがやらかしてるんでしょ?客が居ようとやる事は変わらないわ」

 呆れてはいるものの事態を冷静に受け止めているのがクロエ、周囲の環境を把握しつつも、やるべきことに注力できるのは将来的に西部領を率いるものとして心強い。

「いや、今回は軍も一枚噛んでるの」

「なに悪ノリしてんのよ……」

 だが、そんなクロエもアイギスの口にした追加の情報に気の抜けた返事を返す他なかった。昨年のはサニーの周囲が勝手に始めた案件だったが今年は違う、彼女が所属する魔王軍を巻き込んで大々的に公開されたお祭り騒ぎになってしまっていた。

「会場の修繕費を回収するためよ」

 サニーが軍が所有している会場を破壊してしまい、その結果、会場を所有している軍が修繕の手配と修繕費用回収のための試合を興行するという流れらしい。

「なるほどな、妙に新しい補修跡はそのせいか」

 リュウガが会場の補修跡を見てつぶやく。

 よく見れば会場の中央付近から客席まで両断したような傷とそれを補修したような跡が見受けられる、客席も切断痕に合わせるかのように縦一列だけ新品に交換されていた。会場にいる観客も何かを警戒しているのかその席と両隣だけは避けて座っている。

「なにしたらこんな両断したみたいな跡が出来るんだろ?」

 一体何をしてこうなったのか、キリコはそれが妙に気になっていた。

「終わったらあのバカを問い詰めるわ」

 クロエが応える、試合中に観客の方に攻撃が流れる心配は殆どないとはいえ万が一を考慮して防御用の魔法は構築されている。つまりサニーは展開されていた防御用の魔法を破壊し、その上で観客席含めた会場を両断するような傷跡をつけたはずなのだ。


「両チーム配置につきまして……試合開始です!」

 会場に響く実況の声を合図に試合が始まった。

 開始と同時に突撃するキリコとリュウガ、いずれにしろ二人は近づかないとまともな戦いができないのでこうなるのは当然である。

「速攻で決める!」

 必然、それを咎めるかのようにクロエの雷撃が二人を襲う。

「そう来ると思ってた!」

 見てから避けれるような攻撃ではないはずなのだが、来ると分かりきっているものならば対策の立てようは十分にある。キリコは地面に槍を突き刺し、そこから金属製のワイヤーを繋いだ槍を空中に放り投げ、さながら避雷針のようなものを作り上げてクロエの雷撃を防いだ。

 そう何度も上手いこと成功する手段ではないが接敵するまでの時間稼ぎには十分だ。

「うわ、キリコにも防がれるとか若干ショック」

 一番衝撃を受けたのは攻撃を仕掛けたはずのクロエだった、防御に偏重しているアイギスならともかくキリコ相手に牽制とはいえ見事なまでに攻撃を対処されるとは思っていなかったのだ。多少なりとも効果が見込めると思っていた予想を外されて一瞬対応が遅れる。

「呆けてないで、来るよ!」

「わかってますぅ!」

 アイギスの注意にクロエが気を引き締める、ここから先はどうしても近接戦闘の流れだ。不利な形ではあるが対処する他ない、クロエは覚悟を決めて立ち向かう。


 クロエがキリコと、アイギスがリュウガと立ち合う。

 奇しくもキリコとリュウガが事前に打ち合わせていた通りの形となった、これが命の取り合いならばキリコとリュウガ相手にアイギスが一人で守勢に回り、遠距離や背後からクロエが攻撃するのが理想的な形ではあるが、クロエはクロエでキリコに優位を示したいと考えていたため、結果的に一対一同士での戦いとなった。

「もっと近づいてくれても良いのに」

「これ終わってからね!」

 武器を持って打ち合うクロエとキリコ、どちらも武器の扱いがそこまで得意ではなく拮抗している。キリコからすれば素手の攻防のほうが得意なのだが、クロエの吸血を警戒して接近する決断を下せない。

 キリコは以前、疑問に思ってクロエに聞いたことがある。

「そういえばさ、吸血してるときに暴れられたりしないの?」

「キリコってば妙なこと聞くのね。今は使われなくなったけど相手を組み伏せる技術とか吸血中に暴れないようにする魔法とかちゃんとあるわよ、当然じゃない」

「……マジ?」

「マジよマジ」

 その会話の真偽はともかくキリコとしては警戒せざるをえない状況であった。

「お嬢様の頼みを優先しないとは何事ですか!」

 なお、観客席にいるクロエお嬢様第一主義者のカーラがそんなことを叫んでいたとかいないとか。試合中なのに何を言っているのかと思わざるをえない。


「キリコ!」

「これ持ってけ!」

 リュウガの合図に合わせてキリコが試合会場に多様な武器をばら撒く、二人がアイギス攻略のために考え出した手段の一つがこれだ。戦うとき誰しも相手の次の出方をある程度予想して動いている、多様な武器を出すことで相手が予想しなければいけない選択肢を強引に増やし、取り回す武器の種類を頻繁に変えることで攻撃方法のパターン化を防ごうという考えだ。もちろんこれだけでアイギスの防御を抜けるとは思っていないが、彼女の負担が増えるのならば戦法に取り入れる価値は十分にある。

 それもこれもリュウガが一通りの武器の扱い方を知っていたから取れる手法だった『東部領の慣習』と彼は言っていたが、それでも習得するまでにはかなりの労力があったに違いない。


「やっと近くに来てくれた!」

 武器を持ち替え距離を詰めたキリコをクロエが笑顔で迎え撃つ。笑顔の裏にどことなく狂気を感じる、ひょっとしたらクロエにはヤンデレの素質があるのかもしれない。

「武器のリーチの都合!」

 キリコとしてはなるべく早く距離を離したいのだが、持ち替えた武器のリーチの関係でそれが許される状況にない、いつも使っている槍を作り出すのも難しいほどだ。

「そんな事言わずに楽しみましょ?」

「この勝負終わったら好きにしていいから!」

 微笑みながら武器を手に語りかけるクロエに捨て台詞めいた発言を返すキリコ、寮の同室で暮らす二人だが試合前の期間だからとなるべくドライな関係に抑えてきたのが裏目に出たのだろうか?

 あるいはクロエが試合の予定を告げられてから今まで一週間ほどキリコの血を吸っていないことが理由なのかもしれない。それを決意したのは実はクロエの方からだったのだが、この状況を見越して手を打っていたのだとすれば厄介なことこの上ない。

「今なんでもって言った?」

「一言も言ってないよ!?」

 発言を良いように解釈したクロエがキリコを詰める。普段のクロエであればそう気にするようなものではなかったのだが、今この時においては一体何をしてくるか解らないという得体の知れない恐怖感をまとっていた。

 言質を取られまいとキリコが慌てたその瞬間、

「隙ありっ!」

 クロエの服に隠れた場所、腰のあたりから真っ赤な棘が飛び出してきた。

「うわっ!今のなに!?」

 ギリギリ間一髪、体をひねってかすめるようにしてそれを避けたキリコが大きく距離を取る。近距離での吸血を恣意した行動はおそらく目眩まし、本命は隠していた武器による今の攻撃だろうとキリコはそう結論付けた。

「いまのを避けるんだ。第六感ってやつ?」

「そうかもね」

 クロエが隠していた武器、彼女の血を予め瓶に詰め、隠し持っていたそれを魔力で操り服の下から突き刺すように扱ったのだ。キリコに見せるのは全くの初めて、おおよそ初見で避けられそうにない攻撃を、軽く傷ついたとはいえ捌いてみせたキリコに、クロエは褒め称えるように呆れてみせた。

 しかし、キリコの返しにいつもの余裕がないことを察したクロエはさらなる追撃を試みる。

「でも、そんなに距離を離して大丈夫?」

 あざ笑うかのように心配する声をかけるクロエの姿がまばゆい光とともに消え、

「なに?そんなに近づいっ……かはっ」

 その瞬間、キリコの体が何かに跳ね飛ばされるかのように吹き飛んだ。

『今のは何?急に何かにぶつかって吹き飛ばされた!?』

「あ~あ、足折れちゃった。まぁ、治るから良いんだけど」

 突然の事態に困惑するキリコの視界の先で、愚痴るように不満をこぼすクロエ。

 一体どういう訳かクロエの両足はあらぬ方向にひしゃげて折れ曲がっている。折れ曲がっているはずのそれがまるで動画の逆再生でも見るかのように修復される様子はなんというか気味の悪い光景だった。

「……その再生速度はインチキでしょ」

「種族特性なので合法ですぅー」

「すっごい腹立つんだけど?」

 思わず愚痴をこぼしたキリコを煽り散らかすクロエ。魔力を消費するとはいえ、この再生能力の高さも吸血鬼を相手に戦いたくない理由の一つに挙げられる。

 ただ、その様子を見たキリコは脳内で一つの推論を立てる。

 正体不明の攻撃はおそらく捨て身の突撃か何かだ、衝撃が来る前に一瞬光ったのはきっと雷光か何か、霧に変化できる吸血鬼なのだから雷に変化することだって可能なはずだ。雷に変化して高速移動、移動速度を保持したまま元に戻って突撃。

 その結果、私が吹き飛び、当たりどころが悪かったのだろうクロエの足が折れた。

 そうだとするならば対処する方法がなくもない、一か八かにはなるけれど。

「それならあたしを止めてみなさい!」

 光と同時にクロエの姿が消え、

「ここだっ!」

 キリコが何もない背後に武器を突き出し、二人がぶつかる直前に致命傷を避けるために設置された闘技場の魔法が反応し、両者とも戦闘エリア外へと転移させられた。

 一足先に試合から離脱させられたクロエとキリコが言葉をかわす、試合が終わればノーサイドというほど普段の仲が悪い訳では無いが、何にどう反応してあのような試合運びになったのか振り返るのはお互いにとってメリットがある。

「どうしてこの速度に反応してカウンター合わせてくるのよ」

「来る場所はわかってたからあとは勘だよ」

 目で追えるような速度じゃない突撃だったとしても対処のしようがないこともない、キリコの言う通りクロエの扱う雷撃には発生前に狙っている場所がバレてしまうという欠点がある。

 雷撃の目標を決めるために空間に干渉して雷撃の通るルートを作っておく必要があるのだ、それを察知して飛び込んでくる方向がわかれば後は武器を構えておくだけ、相手の方が勝手に突っ込んできてくれる。

 まあ、実戦でやったら相手の動きが止まることなくそのままぶつかって最悪両方とも死ぬかと思うけど。なんてことをキリコは考えていた。この女、自分の命の勘定が安すぎる気がする。

「とんでもない捨て身じゃない、キリコが取るべき戦法じゃないわ」

「そうなの?」

「そうよ」

 キリコの考えを聞いたクロエが不機嫌だったのは言うまでもなく、キリコは『今夜のクロエの相手は大変そうだな』と不安を抱く他なかった。


 一方その頃、アイギスとリュウガにはだいぶ疲労が見えていた。

 どちらかというと攻めている方のリュウガの方が消耗していて、守勢に回っていたアイギスにはまだ余裕がありそうに見える。アイギスが作り出す盾も、盾自体の操作も魔力を消費するだけでできる。これこそがアイギスが他の盾役と比べて圧倒的に優位に立てる点である。相手の攻撃を捌くのも受け止めるのにも、さして体力を必要としない。魔力を擬似的に体力として運用できるのが彼女の大きな強みであった。

「そろそろ諦めたら?盾を抜けないまま魔力が切れたら後はどうすることもできないでしょう?」

 おおよそ押し負けることのないアイギスが更にリュウガを挑発する。

 いまいち締まりのない戦いであったが、おそらくこのままリュウガが先にダウンして終わるだろうことが容易に想像できる。

「そんな事はないぞ、ようやく空になれた」

 しかし、試合開始から攻め続けながらも逆に追い込まれているリュウガが疲労を隠しきれないまま不敵な笑みを浮かべた。大技を打てるような魔力も体力も残っていないはずだろうにまだなにか隠し持っているのだろうか?

「? 一体何を……」

「いくぞっ!」

 最後の気力を振り絞るかのようにリュウガが突撃する、技の駆け引きなどなく、全力と言うには程遠い一撃を、それでも諦めることなく正面から。

「懲りずに正面から……っこれは何!?」

 その一撃はアイギスの構えた盾を半分ほど切り裂き、何故か爆発した。

 その爆発が両者ともに致命傷の判定に引っかかったのだろう、二人は闘技場に仕掛けられた魔法によって戦闘エリア外へ転送された。

「何が起こったのよ、鉄の武器で鉄の盾が斬れるわけないし、ましてや爆発するはずないじゃない。訳が分からないわ」

 アイギスは目の前で起きた出来事に納得できずにいた。

「なんかすまん、俺もああなるとは思ってなかった」

 謝罪するリュウガも事態をきちんと把握しているわけではなく、ただただ奇妙な感覚だけが残る結果となった。


「今のはひょっとして……」

「どうかしたの、キリコ?」

「ううん、なんでもない。気のせいだと思う」

その様子を見ていたキリコ、ただ一人を除いて。

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