第54話 期末試験・2年目
「やっと終わった……」
そう吐き出した言葉は白銀桐子の魂なのだと思う。
「去年も同じようなこと言ってなかった?」
筆記試験を終えて精根尽き果てたキリコにアイギスが問いかけた。
「去年は言葉を発する気力もなかったからそれよりマシ」
「それは進歩と言って良いの?」
「一歩でも進んでいれば進歩ですぅー」
キリコの言い訳スキルが良くない方向へと成長しているのは気のせいだろうか?
「一年で一歩進むキリコちゃんがお家にたどり着くのは何年後でしょうか?」
「うっ……」
しかしながらキリコは根本的な部分で良識的な人なのでクロエの煽るようなツッコミに言い返せないのであった、どうかそのままの君でいてほしい。
もう期末なのかと聞かれればその通り、養成所で事件が起きなかったかと聞かれればそういうわけでもなく、ただ単純に異常な環境で異常を見つけ出すのはファミレスの間違い探しより難しいということにすぎない。
つまりは事件は色々あったけれども事件と認識できていないことが多々あったということだ、慣れって怖い。
「ほら、この後実技試験なんだからさっさと移動する」
「なんか展開が容易に想像できるんだけど……」
「奇遇ね、私もよ」
ため息を吐き出すキリコの手を引きながらクロエは実技試験の会場へと向かった。
「今年の実技試験は2対2です!」
「知ってた」「やっぱり」「だと思った」
声高に試験内容を発表するサニーに対し冷めた目線で返事をするアイギス、クロエ、キリコの三人。
「教え子達が冷たい……」
「自業自得だと思うぞ」
盛り上がりにかける空気感に愚痴をこぼすサニーに対しトドメを刺すリュウガ、なんというかだいたいサニーのせいだと思う。
年末も近づき冷え込んだ空気と時折ちらつく雪がぜんぶサニーのせいだ、とまでは言わないけれど。
「ところでどうして2対2なの?」
クロエが疑問を呈する。
特別クラスの人数は10人、どう割り振ってもあまりが出る。
「実力差が出来すぎたのよ……」
頭を抱えるサニーがグチをこぼした。
キリコ、クロエ、アイギス、リュウガの4人が特別クラスの中でも頭一つ二つ抜きん出てしまったからである。
去年と同じように5対5にしても、2人と3人に分かれて戦ってしまうので面白く……あまり意味がない。
「クロエとアイギス、キリコとリュウガでチーム組んで勝負ね」
いろいろと考えを巡らした結果、サニーはそうする事にした。
残されたカーラやアヤメを含む6人の方は他のクラスの連中と模擬戦でもさせようかと考えていたのだが『実力差がありすぎて勝負にならない』と他クラスの担当から断られてしまった。
結局、6人は実技試験をスキップしてそのまま合格となった。
「それで試験日なんだけど……来週です」
「はぁ?」
珍しいことに申し訳無さそうな雰囲気を出しながらサニーが試験日を伝えてくる。
そのあまりにトンチキな日程にクロエから非難の声が上がった。
困ったことに来週というのは養成所で指定してある試験期間を過ぎ、結果発表の日である。もともと建前だけの試験だったのだが、もはや試験という体すらだいぶ怪しい。
「か、会場の予約がその日以降しか取れなくって……」
「サニーが壊したって母さんから聞いたけど?」
「うぐぅ……ばれてる……」
苦し紛れの言い訳を重ねるサニーとそれを看破するアイギス、それはさておいて試験会場に使われるはずの闘技場をサニーが破壊したというのはいったいどういう経緯だろうか?
「あれって壊れるようなものなの?」
「壊れちゃったものは仕方ないじゃん」
キリコの純粋な疑問に悪びれることなく答えるサニー、少しは反省したほうがいい。
「なにやってんのよ、バカサニー」
「ちょっと力入れたら壊れちゃったんだって!」
「あたしの城もようやく直したところなのにまた壊したんだ……」
クロエにバカにされ呆れられるサニー。いいぞクロエ、もっと言ってやれ。
「ちょっと全力出したら壊れる方が悪い!」
それでもなお会場の強度不足を訴えるサニー、壊した本人がそれを言ってもいいものなのだろうか?
「加減しろって毎回言われてるでしょうが!」
「加減したよ?周りの建物に被害が出ないように」
「それは加減とは言わない!」
なおも騒がしく言い合いを続けるサニーとクロエに周囲は『またやってるよ』と呆れ顔だった、困った事にこれがいつもの光景なのだ。
それからしばらくして。
「それじゃあ試験日は来週のこの時間、訓練用の部屋をあなた達名義で2部屋借りてるから訓練なり作戦会議なり自由に使いなさい。不甲斐ない負け方をした子は休暇中に私と特訓です!」
「ええーっ!?」「絶対嫌」「横暴だー!」「勘弁してほしいな」
サニーの宣言に否定的な返事をする4人、休みの予定を潰されるのは誰だって嫌なのはわかるけれど。
「そこまで露骨に嫌がらなくても良くない……?」
サニーはちょっとだけ落ち込んでいた。
「えっと、どうしようか?」
「どうするもなにも二人共接近して戦うしかないだろう、強いて言えばどっちを狙うか決めておくぐらいか?」
キリコとリュウガはさっそく割り当てられた訓練室で戦法の相談をしていた、とはいえ両者共に近接戦闘が主になるため相談もなにも無いようなものではあるのだが。
「アイギスには俺が当たろう、ちょうど試したいとっておきもあるしな」
リュウガが珍しく好戦的な表情を見せる、なんでもアイギスを相手に戦ってみたいらしい。キリコからすればめんどくさい相手を買って出てくれるのでありがたい限りだ。
「とっておき?」
ただ少し気になるのはリュウガの言う『とっておき』
訓練中も幾度となく模擬試合のようなものをやっているし、お互いにある程度の手の内は把握している、そういう状況でまだ披露していない物がある事自体がキリコには想像つかなかった。
「キリコはもう知ってるんじゃないのか?」
「なんのこと?」
ただ、どういうわけかは知らないがリュウガはキリコがそれを知っていて当然かのように語りかける。思い当たる節が何もないキリコからしてみれば何がなんだかわからないとしか言いようがない。
「無理に言わなくてもいいぞ、流派の秘密とかあるだろうしな」
「……そう」
何もわからないので口をつぐんでいるキリコをなにか話したくない事情があるのだと解釈し静止するリュウガ、二人の意図は完全にすれ違っているのだがそんなことを当人たちが知る由などなく。
この時のキリコはその存在を完全に失念していた、魔法が使えるようになってからすっかり忘れていた別の力を。
「私がキリコとやるから」
「やけに気合入ってるね」
一方のクロエとアイギスもまた割り当てられた訓練施設で相談していた、こちらもまた誰を相手にするかどうかの話が主になっていたのだが。
「たまには私が主人だってことを思い知らせてあげないとね」
普段は友人として接しているクロエとキリコだが、後一年もすればキリコはシュヴァリエ家、クロエの下で雇われることになる。なればこそクロエも主人としての資質を見せようと気合が入る、キリコがそういう事を気にするかどうかはさておいて。
「フォローはいる?」
「いらないわ、優劣を決めるのにそんなの無粋だもの。でも、準備は必要かしらね。あの子の意表をつけるような」
アイギスのフォローの提案を断りつつも、キリコへの対策を考えるクロエ。できる女は武器の一つや二つ隠し持っているものなのだ。
「そう、頑張って」
なにやら一人で行動を開始したクロエを見送ってアイギスもまた訓練に励む、勝負の時にすべてを発揮するためには普段の在り方が物を言うのだ。
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