第53話 訓練風景・2年目
「毎度思うがこれを訓練と称するのは大間違いだろ……」
リュウガがぼやいた。特別クラス限定!サニー先生のすっごく強くなれる素敵な訓練の時間での出来事である、サニーはもう少しネーミングセンスを磨いたほうが良い。
初年度である去年の間はもう少し訓練の体を保っていた。
筋トレやランニング、あるいは武器の取り回しだったり、もちろん魔力を全身に回し続けた状態で行うので筋力・魔力・体力……いわゆる基礎能力とされる部分を徹底して強化していくものだった。
しかしながら全力を出すことを少しでもサボろうものならサニーがぶっ叩きに来るので、どれだけ嫌がっても死なない限り強制的に強くならざるを得ない狂気の訓練ではあったが。
ならばそれが年を明けていったいどういうふうに変化したかというと、全力を出していてもサニーが襲いかかるようになった、理不尽である。
つまり、いつ・どんな形で強襲を受けるかわからないまま、いつも通り(あくまで特別クラスの面々においては)の訓練をこなす必要があるのだ。
そのうえ、防御をしようものならその防御ごとふっとばされることが早々に判明した。第一の被害者がアイギスであったことは想像に難くない。
以上をまとめると、
・昨年同様、全力で基礎能力の向上を目的とした訓練をしなければならない
・訓練中、前触れ無く強襲を仕掛けるサニーの攻撃を回避しなければならない
ということになる。
これがおそらく一年中続くのだ、ムチで叩かれる刑罰のほうがいくらかマシじゃあないだろうかという気持ちにもなる。
「なになに?こんなんじゃ訓練にもならない、もっと厳しくしてくださいって?」
耳が良いのか悪いのか、リュウガのぼやきを的確に曲解したサニーがリュウガに詰め寄る。あまりに都合の良い解釈だと思う、理不尽にも程がある。
「そういったつもりはないんだが……」
リュウガが言葉に詰まる、この場の返答次第でこれ以上の訓練が課せられるかもしれないということを考えると先程から向けられている周囲の視線が重たく感じる。
「いや、やはり頼む。俺はもう一回り強くならなきゃいけないからな」
リュウガはすでに覚悟を決めていた、たとえ周囲に恨まれようともそれら全てを背負って東部領のトップに立たなければならないのだ。
ならば背中の傷は恥ではなく、むしろ誇りですらある。
「よろしい、じゃあ別室で追加の訓練にしようか。他について来たい人はいる?」
覚悟を決めたリュウガをサニーは笑顔で追加の訓練に連れ出そうとした、向かう先はおそらく今以上の地獄だ。参加を希望するような酔狂なものなどそういないはず……
「私も参加させて」
そう思っていたのだが驚いたことにアイギスが名乗り出た、どちらかといえば受動的な彼女にしては珍しい行動である。
「そしたらリュウガとアイギスは別室で私と訓練ね、残りのメンツは誰に面倒見てもらおうかなー」
サニーがリュウガとアイギスを引き連れながら携帯を操作し誰かに連絡をとる、キリコやクロエを含む残されたメンバーは少しでもまともな人が来るようにと内心で祈りを捧げていた。
誰が来てもサニーよりはまともな気がするのだが。
「そういえばクロエ、リュウガに当たらなくなったよね」
一時的に見張っているサニーがいなくなった事もあってキリコはクロエに話しかけた。鬼の居ぬ間になんとやら、雑談するなら今のうち。
去年の間はしょっちゅうリュウガに突っかかっていたクロエだったが、今年はまだその姿を目にしていない。なにか心境の変化でもあったのかと思い話を振ってみたのだ。
「去年はなんか隠し事をしてそうな胡散臭さがあったのよね、休み明けからそういうのも無くなったし別に放っておいてもいいかなって」
「ふーん?」
「トラブルに繋がりそうなら警戒もするけど、そうでないなら別に、ねぇ?」
「そういうもの?」
「そういうものよ。それともキリコ、ひょっとしてあたしがリュウガに気があると思って嫉妬してた?」
「うぇっ!?あー、えーっと、どうなんだろう?」
「聞いたこっちが野暮だったわ」
どうにもキリコにそういう感情はまだ早いらしい、肩透かしを食らったクロエだった。
サニー達が別室へ移動してしばらくした頃、訓練所の扉が勢いよく開け放たれた。扉が致命傷を負ってるのでもう少し優しくしてあげてほしい。
「お姉様の頼みとあらば!このナタリー、全身全霊をもって次代の育成に当たらせていただきます!」
サニーの連絡を受けて現れたのはナタリーだった。
そう、サニーの事が好きすぎて半ば盲信しているナタリーである。
そんな彼女がサニー直々に訓練の担当をお願いされたらどうなるかなど火を見るよりも明らかだろう。
少しナタリーという人物について語ろうと思う。決して訓練の様子が見せられないようなものだからとかいう理由ではない、ないったらない。
ナタリー・ヴァーミリオン、先代ヴァーミリオン家当主とその後妻、スカーレット・ヴァーミリオンの娘である。ステラの夫であるレイヴンや、その兄ダニエルとは異母兄弟ということになる。
ナタリーが物心ついた時、サニーは既にヴァーミリオンの家を追い出されていた。いや、スカーレットが後妻に入る前には既にシュヴァリエ家に引き取られていた。
事情を知っていたステラもレイヴンも自らの家の汚点をわざわざ知らせるべきではないと判断していたし、後からそれを知ることとなったスカーレットもその点においては同様だった。
そのためナタリーはサニーの存在を知らずに育った、そのはずだった。
長兄であるダニエルが養成所で新入生にボコボコにされたという事件を聞かされるまでは、新入生というのは言うまでもなくサニーの事である。この事件に関してだけいえば喧嘩を売ったダニエルが悪いのだが。
当時ダニエルは養成所の3年生、その年の新入生であるステラとレイヴンを引き連れて施設を巡っている間に出会ってしまった。
自分達が出来損ないと判別して追い出したサニーが養成所に入所している、しかも見知らぬ男女と楽しそうにおしゃべりしながら。
もちろん、その頃の年齢を考えればサニーを追い出すことを決めたのはダニエルではなく先代のヴァーミリオン当主であるのだが。
ダニエルからしてみれば面白くなかったのだろう、気に食わないとでも言うべきだろうか、あるいは家の悪評が広がるのを止めようとしたのかもしれない。
当時の彼が何をどう考えていたのかは分からないが、とにかくダニエルはサニーに対して喧嘩をふっかけた、当時養成所に残っていた決闘というシステムを利用して。
決闘、魔神が出現する以前に養成所の前身である訓練所時代に制定されていた制度で、基本的に一対一で勝負し、勝者は敗者に対して無理のない範囲内で要求を突きつける事ができるものであった。魔神出現以降、使う者などいなかったので忘れ去られていたが制度だけが残っていた。
言うまでもないことだが、養成所時代のサニーが弱いわけでは決してない。
固有魔法を引き継いで生まれなかったことと、ただただ出力の制御が下手なことを除けば当時であっても十分にトップクラスに食い込めるだけの力があった。
そんな相手と戦えばどうなるかなど日を見るよりも明らかだろう、サニーだけに。
哀れなダニエルくんは3年生になって早々、療養施設にねじ込まれることになった。
これだけでも哀れなダニエルを憐れむには十分なのだが、決闘に勝利したサニーはそのシステムを利用して、とんでもない要求を突きつけて来た。
『手合わせ頂きありがとうございました。傷が癒えたらまたよろしくお願いします』
決闘の知らせを受けて後から会場にやって来たローザの発案であった。相手を病院送りにしておいて退院したらまた勝負しましょうとは鬼のような所業である、たしかに吸血鬼ではあるのだが。
そんな退院した相手を再び病院送りにする行為が4、5回目を迎えた頃、ついに魔王であるリーゼロッテからストップがかかった。
サニーとリーゼロッテがお互いを意識することとなったのはこの頃からだ、その話はまた別の機会に取っておくとして。
こうしてサニーに襲われる事もなくなり無事?に養成所を卒業したダニエルは北部領でヴァーミリオンの家を継ぐことになった。
当時のダニエルは酷く荒れていたとレイヴンがこぼしていた事がある。出来損ないと追い出した相手に喧嘩を売った挙句、度重なる形でボコボコのボコにやり返されればそうなるのは当然であろう。
そんな事があったので流石にその年の養成所の休暇中はステラもヴァーミリオンの家には行かなかった、いくらなんでも気まずさが過ぎる。
事情を知らないナタリーがステラが帰って来ないことを不思議に思いレイヴンを問い詰めたことが事態の発覚に繋がった。隠し事というのは往々にしてうまくいかないものなのだ。
レイヴン兄様やステラ姉様より強いダニエル兄様を一方的に何度も打ちのめしたステラ姉様の双子の姉妹、というのが一通りの話を聞いたナタリーの認識だった。
流石に気にならないはずがない、それでも会いたいと言えるようなものではない状況をまだ幼い頃のナタリーは察していた。こうしてナタリーの意識に気になる人物として残り続けるのであった。
さらにその翌年の事である。養成所2年目を終えたレイヴンはステラと一緒にヴァーミリオン家で休暇を過ごした、養成所の卒業後に籍を入れ式を挙げるという報告とともに。
周囲の反応は概ね祝福ムードだった。
サニーを追い出した負目のある先代ヴァーミリオン当主と喧嘩ふっかけた挙句コテンパンにやり返されたダニエルを除いて。
きっとそんな状況であったが故にステラとレイヴンの結婚式で騒動が起きてしまったのだ。
騒動の詳しい話はまたいずれするとして、その日ナタリーはサニーと初めて出会うことになる。
どうしようもなくロクでもないサニーの唯一と言って良い利点である武力がナタリーに初めて見せる姿だったのだ、雛鳥の刷り込みに近い反応かもしれない。
サニーの事が好き好き大好きなのは見ての通り、出会った経緯である事件を鑑みれば元々は憧れに近い感情だったはずである。
『憧れのあの人に少しでも近づきたい』そんな純な気持ちが一体どこをどうして捻じ曲がったのか、どちらかといえば褒められた人間性ではないサニーのことを大好きな狂人が出来上がってしまった。
サニーはその事でナタリーの母親であるスカーレットに責任を取るように詰められた事がある。
若干の鬱陶しさを感じながらもナタリーのことを突き放したりしないのはそういう理由もあるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます