第49話 昔々あるところに

 養成所が始まった。始まったのだが……

「どうして初日の!初回の講義から!担当が欠勤してるんですか!?」

 魂の咆哮を上げる生徒の想いは至極最もである、反論なんか何もできない。


 この回の授業はエルフの先生による歴史の講義だったはずだ、ゆるくてふわふわした語り口と実体験に基づく妙にコアな話が生徒たちに受けが良い。

 それでも初回の講義から欠勤するなんて一体何があったんだろうか?なにかトラブルに巻き込まれていないといいのだけれど……

 そういった生徒たちの不安は休講の連絡を伝えに来たリーゼロッテによってぶち壊された。

 どうして魔界のトップである彼女が休講の連絡なんかしに来ているのか疑問に思うこともあるかもしれないが、養成所は実質的に魔王軍の予備教育機関みたいなものであり、出所後の進路は大半がそのまま魔王軍入りするのである。

 リーゼロッテとしては次代を担う新人たちの様子を見ておきたいものなのだ。

 なお担当からの扱いはすごく雑で、サニーなんかは『あれ?置物かなんかだと思ってスルーしていいよ』と言い出すさまである。各担当がそんな感じで接するので生徒たちの反応も養成所に入って一年が経つ頃には非常にくだけた扱いになってしまうのであった。

「えーっと、講義担当のエルフ先生から連絡が来ました『今起きた。実家にいるから今日は休講、来週の講義は予定通り』だそうで……ちょっと!?気持ちは凄く解るけど物を投げて私に当たるのはやめたまえよ!私は休講の連絡をしに来ただけであってだね……何?管理者の責任だって?それを言われるとたしかにそのとおりだなって思わなくもないのだけれど、あの子だって500超えたいい年した大人だぞ!?ぶっちゃけて言うと休みの日程ぐらい自分で把握してほしいものなんだけれどね!?まったくこれだからエルフ種っていうのは時間の感覚がズブズブで困るんだよ、皆も気をつけるように!私だってこの手の連絡するの一度や二度じゃないからね!?」

 リーゼロッテは生徒たちが投げつける投擲物にときおり被弾し『あたたたた』とか『いてててて』とか口にしながら愚痴のような何かをこぼすのであった、時折生徒たちの攻撃がエスカレートして危ないものが混じり始めると『聞き分けの悪い子にはお仕置きだぞっ!』と言って攻撃した者を気絶させたりもした。


 そんなじゃれ合いにも似た行為が続いた後、落ち着いた講義室内でリーゼロッテがゆっくりと語り始めた。

「さて、君たちは不滅の魔女のおとぎ話を知ってるかな?」

 それは普段の饒舌な彼女と違って何かを懐かしむような語り口で、

「せっかくあったはずの歴史の講義なんだ。ここは一つ昔々にあったとされるおとぎ話でもしようじゃないか」

 語られるのは魔界の創生にあたってあったとされるおとぎ話、

 記録の残っていない真偽の確かでない民間伝承、

 魔界で生まれたものならば誰もが一度は聞いたことがあるそんな話。


 昔々のそのまた昔、あるところに不滅の魔女と呼ばれる女の子がいました。

 魔女と呼ばれはするものの、その女の子はそこまで特別なことはできなかったのです。

 ただひとつ、決して滅びることがない、ということ以外は。

 女の子が最初に自身の異常さに気がついたのは、家族と友人を亡くしたときです。

 その日も女の子はいつも通りに起きて、いつも通りに友人と遊んで、いつも通りに家族と食卓を囲んで、いつも通りに眠りました。

 たまたま運が悪かったのでしょう、女の子の住む町を災禍が襲いました。

 女の子が目覚めたとき目にしたのは、焼け落ちて滅びた町でした。

 家族も、友人も、町の人達も皆いません。

 町は一夜にして女の子一人を残してなくなってしまいました。

 人は一人では生きていくことができません、女の子は別の町に向かいました。

 なんとか別の町にたどり着いた女の子はそこで新たな暮らしを始めました。

 好きな人ができ、一つになり、子供が生まれました。

 すると奇妙なことにその子供には不思議な力が備わっていました。

 苦しむ人々をたちどころに癒す奇跡のような力です。

 その子は旅に出ました、授けられたこの力で世界中を救うのだと意気込んで。


「この奇跡の力を持つ子の話は今だと『聖女伝説』なんて呼ばれているね。学者連中の話だとこの聖女の子孫か、あるいは不滅の魔女の子孫のどちらかが今の魔界の住人のルーツとされているけれど、真相のほどは誰にもわからないさ、なにせ古い古い昔のおとぎ話なんだから」

 リーゼロッテが途中で話を切ってそんなことを口にした、だがそれは確かめようもない古い古いおとぎ話、真相のほどは誰にもわからない。


 聖女が長い長い旅を終えて帰ってきました。

 若かった彼女も今ではもうすっかりしわくちゃのおばあちゃんです。

 ですが、不滅の魔女は違いました。

 乙女が老人になるほどの時間が流れても変わらない姿のままそこにいたのです。

 聖女が子供の頃に感じた悪い予感は最悪の形で的中してしまいました。

 きっとこの人はだれかを見送って生きていかねばならないのだと。

 何度も、何度でも、いつでも、いつまでも、どこでも、どこまでも。

 聖女と呼ばれた老人は深く深く悔やみました。

 誰よりも先に救わなければならない人が自分の一番近くにいたのに、それすら見落としておいて何が聖女か。

「お母様、不出来な娘でごめんなさい。それでも貴方の幸せを願っています」

 そう言い残して聖女は息を引き取りました。

 残されたのは不滅の魔女だけ、愛した人も、愛した娘もすでにいません。

 夜が明け、日が昇り、日が沈み、また夜が来て。

 一日が過ぎ、一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎ、そして一年が過ぎさって。

 それからしばらく経ったある日のことでした。

 一人生き続ける魔女のもとに、人々が訪れます。

 聖女がどうしても救いたかった人がいる、そう言い残して魔女の居場所を伝えていたのでした。

 その者達もまた聖女ほどではないものの不思議な力を持っていました。

 死ぬことが叶わぬのなら、どうかその生が楽しいものであってほしい。

 聖女の想いは形となって魔女に届きました。

 人々は魔女の住処の近くに集落を作り始めました。

 集落が村となって、町となって、大きな街となって、街を飛び出し新たな集落を築く人も出始めました。

 世界が広がっていきます、魔女はその全てを慈しむように愛しました。

 永遠に続くかに思われた幸せな時間でしたが、そんな事はありませんでした。

 不思議な力を持つ者と持たない者の間で争いが起き始めたのです。

 魔女はひどく悲しみました。

 この世界に幸あれと願った最愛の娘の祈りですらも時間の前に押し流されてしまうのかと。

 いずれ滅びゆく世界ならなんのために私は生きているのかと。

 そうして魔女は決意しました、世界を分断する決意を。

 不思議な力が争いの原因になっているのならば、なかった事にしてしまえばいい。

 世界を二つに分断し、その壁が滅びぬように楔を打てばいい。

 楔となるのは魔女自身、決して滅びぬのならかえって都合がいいと。

 それは娘の愛した世界を守るための決断でした。


「とまあ、そんなこんなで出来上がったのが今の魔界と人間界にあたるわけだね。魔女信仰……信仰というほどのものの教義はないのだけれど、魔界を作ってくれた魔女様に感謝しましょうみたいな習慣はいまだに残っているね。不滅の魔女はどうなったのかって?そればっかりは私も知らないなぁ、楔になったと伝えられてるぐらいだからまだどこかにあるんじゃないかな?そうでないと人間界と交わってしまうだろう?きっとそういうことだよ」

 そんな締めくくりをして急遽始まったリーゼロッテによる特別講義は終了した。

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