第50話 民間伝承
「リリーせんぱーい、これじゃいつまで経っても見つかりませんよー」
「つべこべ言わずに手を動かそうねー、未閲覧の資料はまだたくさんあるよー」
人間界・日本、リリー・セヴァライドは今日も今日とてお供を引き連れて近隣の図書館へ、嫁と娘を引き連れて魔界へ里帰りしたコーイチの代わりに派遣された部下:キャサリンと一緒に図書館にある地域の民間伝承コーナーを端から漁っていた。
いわゆるローラー作戦である。
「……リリー先輩が厳しい、鬼、悪魔、魔女」
「いつも通りなので何も厳しくない、鬼ではないし、悪魔でもない、魔女ではある、それもすごーい魔女」
二人して資料を閲覧しながら軽口の叩き合いをする。しかしそれもどこか活気がない、連日朝から晩まで資料を漁っていればそうなるのも必然といえよう。
ここ最近のスケジュールはこうだ。
朝:開館と同時に図書館へ向かう、そのまま昼まで資料漁り
昼:図書館を出て昼休憩、昼食がてら周囲を散策
午後:図書館に戻り再び資料漁り、閉館まで続行
連日これである、その上お目当ての資料はどこにあるか分からないと来たもんだから精神的疲労がものすごい勢いで蓄積する。
そんな心身がやつれにやつれている状態だから、不届者に遅れを取ってしまうのだ。
「なにかお探しですか?お手伝いしましょうか?」
女の声だ、それも比較的若い女だと思う。視界に入れてないので実際にどういう容姿かは判らないが。
とにかく今は資料を漁るので忙しいのだ、できれば放っておいてもらいたい。そうリリーは考え断りの返事をする。
「ありがたいお言葉ですが我々も仕事で来ていますのでどうかお構いなく」
口を開いている間も資料を捲る手を止めないし視線も外さない、とにかく今は一つでも多く情報がほしいのだ。
「そうですかー。でも、お連れの方、疲れて眠っちゃいましたよ?」
リリーに対し相変わらず掴みどころのないふわふわとした口調で話しかける女性。
それよりも寝ている?キャサリンが?この程度の資料漁りに疲れて?
コーイチの代わりに派遣されて来たのは、リリーが軍に所属するより前、魔法研と呼ばれる組織に所属していた頃から付き合いのある部下だ。研究職なので特別に戦闘訓練を積んでいたりはしないものの、それでもリリーの研究作業について来れるだけのタフさや地頭の良さや知識量などはある。
平均的な一般人よりかは色々な面で優れているそいつがこの程度でダウンするなんてと思い目を向けると寝ている……というよりも気絶している、主に物理的に絞め落とされた状態で。
「それは寝ているとは言いません、気絶してるんです。何の用ですか?理沙」
何故他人の連れを絞め落とす必要があったのかはさておいて、先ほどから話しかけて来ていたのは先日の一件で知ることとなった黒峰理沙と名乗る女だった。
「特に用事というほどのものではないのですが、連日朝から晩まで図書館に入り浸って地元の古い書籍を漁る外国人二人組がいると少々ご近所で噂になってるものですから」
言外の圧が強い。口から紡がれる柔らかな口調とは裏腹に『お前ら目立ちすぎやぞ自重せいよ』という意志が見て取れる。黒峰の家というのは人が人以外に対抗するための勢力でありながらその間をつなぐための窓口でもあるのだ。ちょっと違うかもしれないが魔界から派遣されてきているリリー達とは対照的な存在なのだろう。
行動に対し釘を差されている状況ではあるが、リリーはそれでも現在調査している突然現れたり消えたりする謎の女の情報を少しでも多くかき集めたい。久しぶりに現れた自身の探究心を満たしてくれそうな存在なのだ。
「……で、続きはどこで?」
「私の家とかどうでしょうか?」
とはいえ公共の空間で一戦交えるほど周りが見えていないわけでもない。リリーが場所の移動を提案すると、意外にもそれはすんなりと受け入れられた。
「起きろー、移動するぞー」
気絶しているキャサリンを揺さぶる、合わせて揺れるブロンドヘアと乳肉は青少年の教育にちょっとよろしくない感じがしなくもない。
「ふぇ……先輩!?ね、寝てないですよ!?今やるところです!」
「いやだから移動だって」
引っ張り出した資料をもとある場所に戻して図書館をあとにする、向かう先は黒峰の家だ。
「ところでどんな資料をお探しでしょうか?」
道すがら理沙から質問を受ける、リリーはまともに答えるべきかしばし逡巡したあと彼女と出会った時のことを思い出して答える事にした。
「あなたと出会った時の事、覚えてる?理沙がトラックに轢かれそうになった日のこと、あの時一瞬現れた謎の女を調べてるの」
リリーもそうだが、理沙もあの女を間近で見ているはずなのだ、緊急時だったので記憶しているかどうか怪しいが。
「覚えていますよ。ですが、その手の不可思議な物に関する資料はああいった公共施設には置いてませんよ」
「えっ」
理沙はきちんと覚えていた。だがそれよりも後に続く衝撃的な発言のほうにリリーは衝撃を受ける、資料を保管・閲覧するための施設にそれがないというのはいったいどういうことなのか。
「リリーさん、こちらは人間界ですよ。理解の出来ない不可思議なものを排斥して成り立った側です、受け入れられないものに関する資料なんて人目につくところに置いてあるはずがありません」
「えぇ……じゃあどうしたらいいのよ?」
あるはずのものがあるべきところにないという指摘に困惑するリリー、謎の女の正体が魔法とは別の力を持つものであろうと推測して調査を進めるつもりだった彼女は見事なまでに出鼻をくじかれる形となった。
「ですから、私の家に招待したのです」
「……なるほど」
黒峰の家に招待するという提案、リリーはしばらく間をおいた後その理由に一人合点がいったらしく静かにつぶやいた。そもそも黒峰自体が人間界にあり得ざるものと接触する機会が多い集団なのだ、ならばそれらに関してまとめた資料も少なからずあるであろう、お目当てのものが見つかるかどうかは別として。
「ところで私の部下を絞め落とす必要はどこに?」
それはそれとして、話しかける際に周囲の人をわざわざ気絶させる必要があったのか?道中、思い出すように湧き上がった疑問をリリーは理沙にぶつけた。資料を漁っていた最中の出来事とは言え、二人いる人のどちらか片方だけを気づかれずに仕留めるのは並大抵のことではない。
「将を射んと欲すればまず馬を射よってお父様に教わりましたが?」
理沙から返ってきた返答はどこか世間離れしているものであった、その理屈で他人の連れを絞め落とすのはどう考えてもおかしい。
「自分の常識が世間と乖離していることに気づくべきです」
リリーは半ば呆れたような口調で指摘した、きっとこの指摘が意味のあるものになるとは到底思えなかったので。
「……先輩がそれ言うんですか?」
だがそれすらも、リリーをよく知っているキャサリンからしてみればギャグにしか聞こえなかった。『なんでもできる虹の魔女』の異名はリリーのことを正確に言い表していたので。
三人は黒峰の家へと向かう、そこにあるものの正体を把握しているものは誰もいない、住人である理沙ですらも。
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