第51話 民間伝承2
「すごい大きなお屋敷ですねー」
「なにこれ、ほんとに都内なの?」
リリー達は黒峰の家に着くなり、ただただその広さに圧倒されていた。屋敷の敷地内で100m走が余裕を持って開催できるだろう、現在位置を示すGPSは間違いなく都内にあるというのに。土地代は……ちょっと考えたくない。
「すごくなんかないですよ、ちょっと古いだけのお屋敷です」
二人を招いた屋敷の住人でもある黒峰理沙は照れくさそうにそんなことを言う、きっと当事者というやつは自身の異常性をうまく知覚できない物なのだ。他愛もない話をしながら理沙は客人二人を本邸から離れた所にある蔵へと案内した。
「お待たせしました。こちらが当家の蔵書になります」
たどり着いた蔵の書物が置いてあるエリアには保存用の箱に収められた年代物の書物、比較的近代の製本によるものから、紙を紐で綴じていた時代のもの、さらに遠く遡って竹やら木やらにすぐには解読できないような字体で書かれたものなど、とにかく大量の資料が鎮座していた。
「ひょっとして先輩、これ全部調べろって言うんですか?」
連れて来たキャサリンがその物量にちょっと尻込みしている。そうだよ全部見るんだよ、目当てのものが見つかるまでなぁ!と言ってやりたい気持ちをリリーはグッと堪えて。
「ちょっと整理しようか」
そう宣言すると魔力を全身に巡らせる、魔術式の構築を始めようとした所で
「ちょっと待ったー!」
キャサリンに制止された。
「なによ、格好良いところ見せようと思ったのに」
せっかく上がって来たテンションに横槍を入れられて不貞腐れるリリー。
「先輩、ここ人間界です」
「そうだった、申請しないと」
指摘を受けて携帯を取り出し操作を始めるリリー、その連絡先はというと。
「もっしー、リーゼ?そうそう、わたしー。そだよー使用申請、術式詳細?あー……オリジナル?うん、これから組むのー。見てる人?キャサリンと現地人の黒峰さん、除けなくて大丈夫?助かるわー。オッケー、後で報告書送るねー。それじゃー」
あまりにもくだけた口調でリリーが連絡を終えた先はリーゼ……そう、魔界のトップにあたるリーゼロッテである。
「先輩、今の相手魔王様ですよね?」
そのあまりにもあんまりな態度にキャサリンが不安そうに確認する。
「そうだよー、良い子は真似しちゃダメだぞ?」
「しませんよ!」
リリーはリリーであるが故にそれ相応の態度を取れるのだ、実際にはデメリットを踏み躙ってる様なものかも知れないが。
「それじゃあ気を取り直して、術式構築開始ー!『検査』『分析』『記録』『比較』『移動』……やっぱこの前作った『ソート』でまとめちゃえ、それから置き場所も作らないと『分解』『設計』『再構築』あとは……」
リリーの前に出現した円形に連なる光る文字列が生き物のように蠢きながら形を変化させていく。独り言を呟きながら光る文字列を指でなぞる様はちょっとした狂気だ。
「あんな真似するのあの人くらいですからね、あれが普通だと思わないでくださいね?」
「そうなんですねー」
などとリリーの後方で見物するキャサリンと理沙がやりとりをしている、その時だった。
「聴こえてますよー?」
リリーが首から上を器用に奇妙に動かし二人に視線を合わせた。
それからしばらくして、リリーが突然声を上げた。
「完成!そして実行開始!」
「先輩!?」
リリーが魔術式の完成を告げると同時にそれを起動する。はっきり言って頭がおかしい行為だ、なにしろそれは今必要な動作のプログラムを組んでいきなり本番環境で試すようなものなので。
リリーの前にあった魔術式が一際強い光を発する、術者の承認と魔力をリソースに起動したそれは魔法を世界に発生させる。
蔵の中、保管用の箱に収められていた資料が空中に浮かび上がり、その間に保管に利用していた箱自体がひとりでに分解を始め棚へと組み替えられる。
続いて組み替えられ出来上がった棚の中になんらかの規則性を持つように資料が空中を飛び交い収まっていく、全ての動きがおさまったあたりでリリーは右手でガッツポーズを繰り出した。
「よし!意図通りに資料の分類完了!大まかなジャンル毎で資料の作成日時順に揃えられました!」
魔法の目的が終了した事を告げるリリー。
「……すっごい」
「どうして毎回上手くいくんですか……?」
理沙とキャサリンは感動を通り越して呆気に取られていた、魔法を創作する事の難易度を知ってるキャサリンの方は得体の知れないものを見るような態度だったが。
「妙な気配を感じたから来てみれば面白い事をやっておるな」
「お父様!」
その時、いつから事態を見ていたのか理沙の父親、黒峰徹心が蔵の入り口から姿を現した。
「ついでに本邸の片付けもしてくれると嬉しいんだがな」
「お客様になにさせようとしてるんですか……」
この親にしてこの子あり、肝が座っていると言えば聞こえはいいものの人間的な常識からすれば先程の異常事態をみて『なんか便利そうやな……せや!本邸の片付けもお願いしたろ!』とはならないはずである。
むしろこの親に育てられておきながら常識がちょっと他人とずれているだけで表面上はまともな理沙が出来上がったあたりが奇跡に思える。
「冗談だ、本邸の片付けを手伝ってくれると助かるのは本心だがな。ともあれ面白いものを見せてくれた礼をせねばなるまい。表に出るといい、こちらも少しばかり手の内を明かしてやらんとな」
などと言いながら徹心は一足先に蔵の外へと出ていった。
「ここに200mmの鉄板がある」
「そのサイズはもう鉄板って言わない気がするわ」
「どちらかと言えば鉄塊ですよね」
資料の調査を後回しにして蔵の外へと出たリリー達は庭の一角で鉄の塊をそばに待ち構える徹心と合流した。
「廃棄した戦車の装甲に使われていたものらしいから鉄板だろ、当然こんなふうに殴った所でびくともせん」
「当たり前でしょ、そんなんでどうにかなったら怖いわ」
「なんでこの人平然と鉄殴ってるんですか、むしろそっちが怖いですよ」
割と勢いよく強めに鉄板を殴りつける徹心を冷めた目で見つめるリリー達、理沙だけはすでに見慣れた風景なので普段どおりではあるが。
「とは言え、素手でどうにかできないわけでもない。よーく見ておれ」
「なに言ってんの……?」
「あの人どっかおかしいんじゃないですか?」
鉄板を殴る手を止め、構えを解き目をつぶり、呼吸を整える徹心。リリー達の懐疑的な視線に理沙は「まあ、父がおかしいのは同意します」とこぼした。
徹心の呼吸音が変化していく、書き起こすならばコオォーとかカハァーとかそういう表現になるだろうか、本来ならば通らないはずの部分に圧力をかけて無理やり通したようなそんな空気の流れる音。
「なによあれ……」
すでに知っている理沙を除いてリリーがその異質さに気づく。
「ひょっとしてそちらでは知られていない技術ですか?」
「ないわね、あったとしてもあんな物騒な真似を自分に向けたりはしないわ」
「先輩!あれ止めなくて大丈夫なんですか!?」
徹心の異質さに気づいたリリーと理沙が意見を交わす一方で連れてきたキャサリンが慌てふためく、止めたほうがいいのではと提案を受けるリリーだが今の距離では魔法でどうにかするよりも向こうの打撃のほうが早く届きそうであることに思い至り静観に徹した。
「ちぇすとー!」
徹心が動いた。一閃、気迫と共に放たれた正拳はいったいどういう理屈なのか、ものの見事に鉄板を撃ち抜いてみせた。こぶし大より少し大きめに撃ち抜かれた鉄塊が地面に叩きつけられる。
その瞬間、確かにありえない光景は存在したのだ。
「これだ、この考えが最後のピースだ……は、ははは」
ただ一人、青ざめながらも興奮した表情を隠せないリリーがそれを証明していた。
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