第96話 総合演習・1

「お前たちー!総合演習に行きたいかー!?」

 養成所の演習場にサニーの声が響き渡る。

 それなりに広い演習場に並んだのは養成所の3年次を迎えた生徒と、総合演習における採点役と引率役を兼ねた軍所属の人員、併せて二百名ほど。その他に運搬用の魔導車やら拠点用の資材やら設備やら諸々。

「まあ、行かなかった場合は留年なのでもう一年頑張ってください」

 最初の呼びかけに期待していたような返事がなかったことに気を悪くしたのか、サニーはそんな暴論をふっかける。さすがにこれには初めての総合演習で緊張していた生徒たちからも非難の声が上がった。

 もはやおなじみの光景になってしまった自身へのブーイングを落ち着かせると、サニーは例年通りの予定を変更してまで旧課程である総合演習をねじ込んだ経緯を説明する。

「皆も知ってる通り例年模擬戦をやってる会場が使えなくなってしまったので、今期は旧課程を引っ張り出してきて実地での総合演習を行います。毎回けが人やら死人やらが出る危険な演習なので覚悟して臨むように!」

 危険だから廃れた、安全だから流行った。ごく当たり前の話ではあるのだが、それでもすべての危険な行為を回避して生きていくことはできない。生活に必要なエリアを確保するために行う魔獣の討伐もその一つ。

 それを体験するための総合演習。元々サニー達が軍学校に在籍していた時代の恒例行事なのだが、実地演習であること、生徒達にとって初めて経験する魔獣討伐であることも相まって毎年のようにけが人はもちろん酷いときには死人も出た。

 はっきり言ってその危険性に対してメリットはさほどない。それでもサニーはここ数年の情勢のきな臭さを鑑みて、リスクを冒してでも総合演習を行うことを決めた。

 サニーと入れ替わるようにして、軍所属の人員が大まかな説明を行う。上層部というわけでもなければ新兵というわけでもない。いい感じにベテラン感がただようイケオジである。

「行動スケジュールは事前に配布した物の通り、行軍、拠点設置、夜間警戒。夜明けから交代で魔獣討伐と拠点防衛および休息、続けて夜間警戒。次の夜明けから撤収作業、王都へ帰還となる。各種行動規範については訓練での行動を基準とし、別途指示がある場合はそれに従うこと。……とまあ、堅苦しくなったが魔獣を討伐して五体満足で帰ってくる事が第一目標でそれができれば十分及第点だ。決して実力を過信せず安全を最優先に行動して欲しい。準備はいいな?出発!」


 合図とともに行軍を開始し、演習場を後にして王都を囲う城壁の外へ向けて出立する。

 総合演習、それは二泊三日の修学旅行。というのは非常に誤解を招く表現なのだが概ねそのようなものである。

 養成所のある王都を出発し、都市圏の外にある仮拠点を構築するエリアまで行軍、魔獣討伐用の仮拠点を設営の後、拠点の警戒と休息を交代で行う。

 翌日は魔獣討伐、拠点警戒、拠点運営、休息の4班に分かれて交代しながら一日を過ごす。さすがに夜間に討伐に向かわせるのは危険なので日が落ちる頃からは討伐なしの3班編制になるが。

 最終日の夜明けとともに拠点の撤収作業、そのまま王都へ帰還という流れだ。

 確かに日時だけ考えるならば二泊三日の小旅行なのだが、その危険度は段違いのものになる。

 移動を開始してしばらく、ようやく王都の城門をくぐり抜ける。

 魔界の住人にとって都市圏の外に出るということは非常に貴重な経験である。魔神によって旧市街地が滅ぼされてから三十数年、一度も都市圏の外に出たことのない者の方が多い。魔獣を討伐して生きて帰ってくるというのはそれほどまでに危険なことなのだ。

 そんな非常に貴重な経験の最中だというのにキリコはいたって平常心だった。周囲を警戒しても緊張するべきではない、そう分かっていても体が硬くなってしまう者の多い中、興味深そうに周囲を観察している。その様子は年を経て初めて都会に登った田舎者のようで、若干の興奮も含まれていた。

「びっくりするほど大自然」

 右を見て、左を見て、もう一度右を見てキリコは言う。

 初めて経験する王都を囲う城壁の外、地平ギリギリに見える森林以外には何もないと言っていいほどの草原しか見当たらない。魔神の出現によって元々の生活圏を引き払うしかなかったのだから、もっと殺伐として荒廃した環境を予想していただけに、アテが外れてちょっと残念ではある。

「この辺は元々草原だったはずよ、旧市街地があるのは遠くに見える森林を越えた先ね。屋敷に残ってた古い資料によれば、だけど」

 少なからず気落ちするキリコを慰めるクロエ。知ってたのなら先に教えてくれてもいいじゃんと言わんばかりのキリコの視線がクロエを見つめる。


 王都を出立してさらにしばらく進んだところで行軍の停止指示が出た。

 何事かと思い周囲を警戒する生徒をよそにサニーが声を上げる。

「みんな注目!この境界を越えると魔獣が発生するエリアになります。ここから先は十分に周囲を警戒して行軍するように!」

 そう宣言して再び行軍を開始する。

 サニーが指し示した地面をよく見ると等間隔に石材のような物で出来た杭が埋まっている。ほとんど凹凸が分からない程度まで埋まっており、防壁やトラップとして役に立ちそうではないが、おそらくはこれが境界線なのだろう。

「これ、どういう仕組みなんだろう?」

 埋め込まれた杭を興味深そうに見つめるキリコがそう口にする。

「詳しいことは何も。境界の内側には魔獣が発生しなくなることと、これを作ったのが魔王様だってことぐらいしか分かってないわ」

「ふーん、妙なの」

「何が?」

 得体の知れない物であってもそのおかげで少しでも安定した生活が送れるのだから余計な手間をかけるべきではないと考えるクロエと、今でこそ安定しているものの得体の知れない力に振り回されるような人生を送ってきたキリコでは捉え方が異なるのも当然だろう。

「今のところ引っかかっているのは二つ、魔獣が発生する仕組みが分かってないのに対策が打てることと、こんな便利なものがあるならさっさと大陸全部に適用すればいいのにってところかな」

「……キリコ、あなたやっぱり授業をちゃんと聞いてないでしょう?」

「と、ところで魔獣って少なくとも生き物よね、発生するって何?」

 クロエがお説教モードに突入したのを見て、キリコは慌てて話題を切り替えた。

「はぁー、……見てればわかるわ」

 キリコによる急な話題転換はおそらく幾度となく繰り返された手段なのだろう、クロエは深くため息をはくと雑に会話を打ち切った。

 タイミングが良いのか悪いのか、次の瞬間キリコの視線の先に真っ黒い獣が現れた。物陰に隠れていたとか伏せていたものが突然立ち上がったようなものではなく、先程まで何もなかったはずの所にそれは忽然と現れたのだ。

 だが、たった一体の獣など行軍中の集団の前では無力である。

「敵発見!迎撃用意!」

「撃てー!」

 過剰すぎる遠距離攻撃で即座に対処される獣、生存競争のため仕方ないとはいえ若干可哀想ではある。

「反応速度も迎撃も初回であることを鑑みれば十分及第点でしょう。さて、今回の演習では引率役で対応するけど、魔獣を討伐したときは体内にある魔石の処理を忘れずに!これを忘れると別に現れた魔獣がこいつの魔石を食べて強化されます。過去に何度か大きな騒動に発展してるので、絶対に忘れないようにね!」

 そう言ってサニーは討伐した魔獣を焼き払った。


 依然として行軍は続く、その先に待ち構えるものを誰も知らないまま。

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