第97話 総合演習・2
「無事に拠点設営の目標地点へとたどり着きましたね。皆さん、お疲れ様です……と言いたいところですが、まだ拠点設営が残っています!もうちょっと頑張ってください!」
結構な距離を移動して演習で目標としている拠点設営地点にたどり着いた。ここからだと王都の城壁も、その反対側に見える森林もどちらも水平線上にかすかに見える程度でしかない。本当に何もない草原が広がるばかりの空間だった。
いや、何も無いというのは言い過ぎだろう。こうしている間にも魔獣は散発的に発生しては狩られている。出現した瞬間に多人数からの飽和攻撃で散らされる魔獣、若干可哀想な気持ちにもなる。
「半数はこのまま周囲の警戒と魔獣討伐!もう半数で設営を開始!まずは照明と簡易結界の設営から!日没までが勝負よ、急ぎなさい!」
サニーの指示に合わせて拠点の設営作業が始まる。屋外での魔獣討伐において照明の設置は文字通りの生命線だ。なにしろ相手はどいつもこいつも真っ黒で突然発生するというおまけ付きだ。この状況で日没を迎えて辺りが暗くなればその危険度は改めて言うまでも無いだろう。
資材運搬用の魔導車から照明用の機材を下ろして等間隔に並べていく。内蔵された魔石を動力にして発光するタイプなので面倒な配線をしなくていいのがとても便利だ。それと並行する形で簡易結界の設置作業も行っていく。金属製で出来た杭の頭に青い石を取り付けたような形のそれは照明と同じように等間隔に並べることで、周囲のエリアから魔獣の発生を抑える効果があるらしい。
要するに休息場所である拠点を安全にするための物なのだが、魔獣の侵入を防ぐまでの効果は無いので過信は禁物である。
「こんなに便利なものがあるなら大陸全部埋めちゃえば良いのに」
簡易結界の設置作業中にキリコがそんなことを言う。
「それが出来るならとっくの昔にやってるわ。詳しいことは分からないけれど発生エリアを絞った分だけ発生する魔獣が強くなるらしいわ」
作業を続けながらクロエが答えた。
「ええ……何それどうなってるの?」
つまり今設置しているこれには魔獣の発生を抑制する効果があるが、発生そのものを打ち消しているわけでは無いらしい。どういう仕組みでそうなっているのかキリコにはさっぱり分からなかった。
「どうもこうもそういうものだから受け入れるしか無いってやつね。今の魔王様、リーゼロッテはこれを創ったから魔王になったようなものだし」
クロエは言う。リーゼロッテのした事は我々の感覚で言えば治水工事の実行に必須となる重要な物資の開発に成功した偉人と言えよう。あるいは各種インフラに置き換えても良い。発明から創造、大規模な施工計画まで立て続けに活動した彼女は周囲に推されるようにして現在の位置に就いている。
「これが作れるなら魔王になるのも納得よね。ところで王都で暮らしていたときにこれと同じような石は見た覚えが無いんだけど、あっちはどうなってるの?」
考えても埒があかないであろう問題を頭の隅に追いやって、キリコは別に浮かんだ疑問を口にする。拠点設営で使っているこの青い石が簡易結界の核であるならば、王都の至る所でこれと同じような石を見かけなければおかしいはずだ。だが、キリコは王都でこんな石を見かけた覚えが無い。これは一体どういうことなのか?
「言われたでしょ?これは簡易結界だって。居住区域にあるのはまた別、といっても地中に埋まってるらしいから見る機会なんてないと思うけど」
「ああ、地面を掘り返した時の罰則がやたらと重いのはそういう理由なのね」
「恐らくそうでしょうね」
座学に関してはわりかし適当な扱いをするキリコであったが、戦闘技術に関することや驚くべきことに法規関連、とりわけ罰則規定に関しては異様とも言える集中力を見せていた。これは彼女に西部領を率いて行く者としての自覚が芽生えたのではなく、いざという時に比較的罰則の軽い違法な手段を選択できるようになる為のものであった。
周囲の大人の薫陶を受けてキリコもまたろくでなしへの道を歩み始めていた。
「……ようやく終わった」
「規模が増えるとそれなりに面倒ね」
「お疲れ様、この様子だと設営組の方が大変だったみたいね?」
設営を終えてくたびれた姿を隠さないキリコとクロエの元に拠点防衛が終わり休息に入ったアイギスが声をかける。警戒さえできていれば発生した魔獣を多人数でボコボコにするだけの半ば作業と化した防衛班と、それなりの重量がある資機材を持ち運んでは設置してを繰り返す設営班では疲労の度合いが違った。
朝に王都を出発して午前中のうちに現在地に到着、交代で昼食や休憩を取りつつ設営が完了したのはもうじき日が暮れようという所だった。命綱とも言える簡易結界と照明、それから休息はもちろん医療施設にもなる仮設テント、仮設トイレ、仮設浴場、水道、炊事場などなど。全て魔石を動力にしていて配管や配線の必要がないとはいえ、それはそれで結構な重労働だったのだ。
「飯だぞー!順番で食いに来い!」
拠点全体に男の声が響き渡る。拡声機から発生する音割れが耳に痛い。
ともあれ休憩中であった三人は夕食を取る事にした。炊事場に併設された仮説食堂で受け取った夕食は、カレーだった。
「まあ……知ってた」
「大量調理だもの、仕方ないわ」
予想が当たって若干落胆するキリコを慰めるクロエ。大量調理の性質上、献立を予想するのはそこまで難しくない。調理工程の複雑化を考えれば出来上がるメニューはだいたい絞り込める。予想が当たったからと言って手放しで喜べる程の事ではないのだ。
「食べれるものが出るだけマシじゃない?」
その一方でアイギスは淡々としていた。この女、そのうち『栄養が補給できるなら食事の形式に拘りはないの』などと言い出しかねない危うさがある。
「そっか、嬢ちゃんはあいつの娘だもんな。最近のあいつはどうだ?少しはマシなものが作れるようになったのか?」
黙々とカレーを口に運ぶアイギスに語りかけてきたのは、演習の教官役として同行して来たケイシーであった。サニーやステラと同期のこの男、普段は軍が運営する食堂の料理長だが、その肩書は糧食班の班長でもある。割と凄い男なのだ。
「全然。この前なんかパスタを茹でたら乾麺が出来上がったわ」
アイギスは首を横に振りながら答えた。周囲で話を聞いていた何人かがその内容の奇妙さに首を傾げていたが逐一説明してあげるだけの義理はない。身内の恥なんて聞き流してくれた方が嬉しいものなのだ。
「はっはっは……そうか、相変わらず大変そうだな。まあ、困ったらウチに来い。飯を食わせるだけなら俺でもできるからよ」
「……ありがとう」
妙に気になる会話を繰り広げる二人の間に一体何があったのかをキリコは結局聞きそびれてしまった。
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