第95話 訓練風景・3年目後半

 今日も今日とて訓練日和。

 養成所の中でも飛び抜けてバトルジャンキーと噂されているキリコは今日の組み手の相手であるリュウガと戯れていた。

「そういえば聞いた?期末試験の噂」

「いつもの模擬戦じゃなくて総合演習ってやつになるらしいな」

 訓練用の刃引きされた得物とはいえ防具もろくに付けずに打ち合うのを戯れると称するのは疑問が残るが。

「えー、模擬戦やりたかったのに」

「キリコはなんというか戦闘狂だよな」

 ちなみにキリコがバトルジャンキーと称されるようになったのも理由がない訳ではない。養成所の正規の訓練科目が終了した後の自由時間で、誰彼構わず組み手の相手を探し回ればそう呼ばれるようになるのも時間の問題だった。

「組み手が嫌いな人なんていないでしょ?」

「……そういうとこだと思うぞ」

 その欲望の餌食になったのは特別クラス同期の面々に留まらず、多対一の練習と称して他クラスの生徒や、はたまた王都内で訓練中の軍属の者まで多岐に及ぶ。その暴れ具合は「目を合わせるな、組み手相手にさせられるぞ」などと密やかに噂される始末である。

 どいつもこいつも乙女の純情を何だと思っているんだ。

 純情と書いて戦闘欲と読むのは秘密だ。


 いくら好きでやっているからとはいえ、訓練場を占有するのはあまりマナーが良いとは言えない。

 二人は打ち合いを一時中断して休憩する。

「何で模擬戦中止になったんだろう?」

 一番楽しみにしていた期末の模擬戦が中止となった事にキリコは若干の悲しみを覚えながらも疑問を呈した。

 例年通りの慣習で言えば、実技の期末試験代わりに模擬戦を行なってその年の訓練は終了という流れだったのが、その模擬戦が使用する会場の不具合により中止となったのだ。

 だが、そんな説明で納得するような慢性組手中毒者のキリコではない。

 山林なら山林の、海岸なら海岸の、市街地なら市街地の、それぞれに良さがあるのが模擬戦というものの素晴らしさなのだ。会場が使えないなら別の場所でやれば良いじゃない。なんなら模擬戦の開催権を賭けて模擬戦をしたっていい。これならどちらに転んでも最低一回は出来るじゃない、わたしったら天才ね。

 などとくだらない自画自賛を脳内で始めたあたりでリュウガの声が聞こえた。

「聞いたところによると設備の不具合らしい」

「不具合?ただの会場で何がおかしくなるっていうの?」

 いつもの会場はいわゆる闘技場とか最近ではスタジアムなんて呼ばれる開放型の会場だ。模擬戦を中止せざるを得ないような設備の不具合とは一体?

 床……は別にどうでもいいな、むしろ不整地の方が戦略が広がる。

 客席……もどうでもいいな、観客入れてお金を集めたいのはサニーの都合だし。

 水回りはちょっと困るかも、トイレとかシャワーが使えないのは嫌だ。

 柱……模擬戦どころの話じゃないわね、それなら工事中になってるはずよ。

 再び思考の渦に囚われたあたりでリュウガがまた答えを述べる。

「保護用の魔道具が使えないそうだ」

「ああ、あの不思議なやつ。あれも結構謎よね、致命傷に反応して転移させるとか」

 模擬戦や例年の養成所入所試験で使われる会場には不思議な魔道具が設置されている。会場の戦闘エリアそのものと利用者が装備する形で運用するその魔道具は、戦闘エリア内で魔道具の装備者が致命傷を受ける直前の段階でその装備者を戦闘エリア外へと転移させる物だ。

 なんでも昔はその場で治癒する仕組みだったが、精神を病む者が後を絶たず今の形に変化していったらしい。

「言われてみればな。どういう仕組みなんだ、あれ」

「さあ?」

 一体どういう仕組みで稼働しているのかわからないがそういう物なのだから仕方がない。


 楽しい楽しい自主的な組み手の時間も終わりを告げ寮に戻る最中、リュウガはキリコが3年になって持ってきた槍に興味深い視線を向けていた。

「ところでキリコ、その槍は消せないのか?」

 そう、今年の初めに鍛治の神を自称する女神?から貰った槍である。

 オシャレな呼び方をするなら鍛治する女神の不思議な槍といったところだろうか。

「消すというか収納する感覚なんだけどいまだに出来ないのよね」

 せっかく貰った槍なのだが、キリコはこれを未だに扱い切れていない。刃先の切れ味はいい、鋭く頑丈でもある。重量に関しても重くも軽くもなく丁度良い。おおよそ武器としては文句の付けようがない逸品ではあるのだが、どういう訳かキリコの魔法はこれを武器として認識する事ができない。

 故に、いままで使っていた槍のようにキリコの魔法の中に取り込む事ができないでいる。同種の魔法を有するアイギスやステラにも試してもらったが結果は同じだった。

 最初は持ち運ぶのが面倒と思っていたキリコだが、よく考えれば普通の武器は持ち運ぶ必要があるのだ。慣れると次第にそのうち気にならなくなってしまっていた。

「今までのやつは問題なく出来るんだろ?何が違うんだ?」

「たぶん武器の素材かな?魔力が通りづらいのかモヤモヤした部分があるんだよね」

 リュウガに問われて改めてキリコはその奇妙な感覚を口にする。

 キリコの知覚している魔法の感覚では、まず手にした武器に魔力を通して理解する。次に固有魔法を反転させる形でその武器を取り込む。使用する時は魔力を消費して固有魔法で武器のコピーを作り出す。

 そういう流れだと思っているのだが、キリコを含めて皆その第一段階で止まってしまっているというのが現状である。

「モヤモヤ?見せてもらっても良いか?」

「いいよ、ほら」

 リュウガの求めに応じて槍を手渡す。

 似たようなやり取りもすでに何人目だろうか、ここまでくると特に感慨というものも浮かばない。

「……似てるな」

 持ち手を変えたり回したりしてしばらく槍を眺めていたリュウガがふと感想を口にした。

「何に?」

「前の刀……そういえばキリコは見た事がなかったな、それによく似てる」

 明らかに違う武器種に似ているとなれば、それはおそらく性質的なものだろう。

 リュウガの発言に興味を示したキリコはその続きを促す。

「ふーん、それはどういう物なの?」

「東部の領主に受け継がれる宝刀でとにかく頑丈で一部を除いて魔力を通しやすいのが特徴だな。荒っぽい使い方をしたせいで駄目にしてしまったが……」

 彼の話を聞く限りでは確かに似ている。いや待て、駄目にした?こんなに頑丈で壊れるどころか傷つきそうもない物を?それも家宝ではなく地方に代々伝わる銘刀を?お前は何をやっているんだという文句をグッと堪えて疑問の形に変えて吐き出す。

「それ、結構やばいんじゃないの?」

「やばいな。東部に打ち直せる職人がいないからどうしたものかと思っていたが、これを打った者が居るんだろう?伝手はつくか?金に糸目はつけないから依頼を出したいのだが……」

 どうやらキリコが想像していた以上に事態は深刻な状況らしい。興味を持って眺めていた理由も本当はこっちなんじゃないかと思う。

「打った人?は知ってるには知ってるんだけど伝手がつくかどうか……」

「この通りだ、頼む!」

 打った人?を知らない訳ではないが、あの手の存在に伝手というものがあるのかどうか曖昧な返事をするキリコに勢いよく頭を下げて頼み込むリュウガ。

 来年から彼が東部領を率いるはずなのだが、なぜだかとても不安になってきた。


 ちなみに、アイギスとの関係性については未だに答えが出せずにいた。

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