第94話 いずれ空へと至るもの
イライラした時は身体を動かすと良い。そのような事を何処かで耳にした記憶がある。
リーゼロッテとの会談を終え望んだ成果が得られなかったサニーは、フラストレーションを抱えたままその日の仕事を終えて帰宅する羽目になった。
そうだ、全力を出そう。
どこかの広告で目にしたような事を思い立って庭に出る。
じきに夕飯の時間だ、鬱屈とした気持ちのままその時間を迎えたくはない。生きる為には食べる必要があり、どうせ食べなければならないのなら楽しい気持ちで美味しい物を食べたい。
だからこれは私のストレスを発散する為に必要な事。
体内を巡っている魔力を放出する。
私にとって一番簡単で一番身近な固有魔法という形で。
右腕の先に現れるのは剣のような形の銀の光、サニーが扱う固有魔法、“銀閃”その威力は他の追随を許さず、万象を切り裂くと言っても過言ではないほど。ただしその魔力消費は尋常ではなく激しく、各個人において最大効率である固有魔法であるにも関わらず、大規模汎用魔法を軽く凌駕するものである。
こればかりは、おおよそ全ての魔法を再現してきたリリーでさえ『燃費が悪すぎる。再現しても小さく一瞬だけ、接敵の瞬間に発動して抉るように使うぐらいしかできないよ。少なくとも彼女みたいに剣のように振り回すような真似はできない』と諦めたようなコメントを残している。
サニーは銀の光を維持したままの右腕を空へと向けると、魔力の消費量を増やして剣を模した光のサイズを大きくしていく。“銀閃”は発動しているその体積に比例する形で魔力を消費する。打ち負けるどころか鍔迫り合いのような事態にも陥った事がないので、普段は薄く伸ばすような形に展開して剣を模した形にしているものの、魔力を消費するという目的であれば立体的な光の柱のようにしてしまうのが都合が良い。この状況の彼女の魔力消費量は王都内で扱う魔導機器、その全てを動かしてもなお余りある。
だがしかし、これが彼女の全力というわけでもない。
しばらくそのままエンジンを吹かすだけ吹かして何もしないような贅沢な魔力の使い方をしていると、じきにサニーの魔力が切れかかる。他者と比べて圧倒的な魔力量を誇る彼女であってもその容量は無限ではない。
サニー・アージェントは自身の固有魔法である“銀閃”をきちんと理解していない。
魔力をなんか良い感じに放出すれば出来るくらいのあまりにも雑な認識である。その性質についても同様といえよう、極端な性能をしているがなにかと便利な剣ぐらいの意識しかない。
固有魔法の反転運用に関してさえもまあ大体似たような感覚でやっているという有様だ。
実際はリリーからとても詳しい解説を受けた事があるのだが『要は逆方向の魔力の流れを作ってあげれば良いんでしょ?』と呆れるほどの雑な解釈をした後でしれっとそれをやってのけるあたり彼女は天才なのだろう。
右手から伸びる“銀閃”を維持しながら今度は左手で固有魔法を反転させる。
左手の先から闇のような黒い空間が広がる。
闇のようでいて闇ではない黒い暗い空間。それは先に展開した“銀閃”同様に薄く剣のような形をしているものの、それでいて向こう側が透けるようなことはなく、また鏡のようにこちら側を映し出すようなこともない。
反転させた固有魔法が何かを消費してサニーの魔力へと変換される。そうして回収した魔力を“銀閃”に叩き込む。
まだだ、まだ回収する魔力のほうが多い。回収される魔力量に合わせる形で“銀閃”を更に大きく広げる。
上へ、更に上へ。高く、もっと高く。いずれ空に届くまで。
吐き出す魔力が多くなれば、吸い込む魔力も多くなる。
入り口と出口を繋いで私の中を濁流のように駆け巡る魔力。
まだまだ、私の中を駆け巡る魔力はもっともっと多くできる。
上へ、更に上へ。高く、もっと高く。いずれ空を貫くまで。
あるいは、私が壊れるまで。
……誰に請われるまでもなく、そうしなければならない気がするんだ。
日が暮れて夕闇に包まれていく王都を照らす場違いなほどに明るい銀に光る柱、そしてそのすぐ横にそびえ立つ黒い暗い柱。
柱に引き込まれるように吹き込む異様な風と、その馬鹿げた魔力量に王都の住人は自身の行動を中断してでも食い入るようにそれを見つめていた。
そんな異常事態であっても成すべき事を為せる者は多くはないが少なからずいる。魔王軍の実働部隊トップである第一部隊隊長、ステラ・アージェントもその一人。
帰宅途中と思しき私服姿の彼女は騒動の現場であり自宅でもあるアージェント邸へ全速力で急行すると騒ぎの原因となっているサニーの方へカツカツと歩み寄り、あまりにも平坦な抑揚で声をかけるのだった。
「……サニー・アージェント、少々お話があります」
ステラの微笑むような笑顔の端で口が微かに怒りで震えているのを見て、サニーはやり過ぎてしまったことをようやく自覚した。
「……ごめん」
「謝罪は後で受けます。さっさと物騒なそれをしまって家に入ってください」
ステラは冷徹な態度を崩すことなくサニーを屋内へと誘導する。
騒動の原因が見えなくなったのを確認してから、ステラは作り物の笑顔を浮かべて野次馬に呼びかけるのだった。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。沙汰は後ほど公的に発表しますので、今日の所は一旦解散とさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
それは提案のようでいて提案ではない圧力によるゴリ押しであったと、現場を見ていた者は後に語った。
ステラによるサニーへの説教は当然のことながら長いものだった。
今回の騒動だけではなく、それ以前にやらかした様々なことも、なんなら普段の生活習慣から、ありとあらゆる項目に至るまで。
怒るでもなく嫌味でもなく、ただただ淡々と。
一通りの説教が終わると、ステラは紅茶を淹れてサニーの話を聞き出す。
「あの時以来ですね、何があったんですか?」
ここまでの規模ではなかったものの、過去にサニーはこれと同様の行為をしたことがある。あれは確か西部領で騒動が起きてローザが死んだと報告があった時だ。
だからきっと今回も自身の無力さに憤りを感じたサニーがこのような行動に出たのだとステラは思っていた。
「あの馬鹿……リーゼロッテが北部の偵察に行くって、止められなかった」
「……ああ、突然流れてきた長期不在の理由はそういう事だったのね。気持ちは分からないでもないけど騒ぎを大きくしすぎです。それなりの罰は受け入れてもらいますよ」
「分かった」
ステラは紅茶の空になったカップを置いて深く長く息を吐いた。
「いい加減、姉さんには自立してほしいんです」
「うぅ……」
出来の悪い妹の行く末を案ずるような声にサニーは言葉を詰まらせてしまう。
「さあ、遅くなったけど夕飯にしましょう」
ステラは話を切り上げて立ち上がるとキッチンへと向かう。
その日の夕飯はとてもじゃないけど味なんて分かるものじゃあなかった。
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