第93話 執務室(王都中央)
「さすがにこれだけの疑惑があれば北部の調査を認めてくれるでしょ?」
サニーはそう言うと束になった資料を魔王であるリーゼロッテの机に叩きつけた。
その資料には正常化する以前の西部領へと人身の売り渡しを示す帳簿や、北方山間部との武器の取引に見せかけて東部領へ送金していた資料、そして現在、北部出身の生徒が実家と連絡がつかないことなど、いずれも北部を中心とした奇妙な動きがあることを示す内容がまとめられていた。
それらが意味するものは西部領の騒動でサニーが相対した人型の敵性存在は北部の領民が含まれているということと、東部領で起きた騒動の裏にも北部が一枚噛んでいたこと、こうしている今現在も北部で何かが起きているということなのだろう。
だが、明らかに異常事態を示す資料を提示されても、リーゼロッテの回答はサニーの望む内容ではなかった。
「何度言っても分からないようだからもう一度言うけど……駄目だよ、サニーくん。君やアージェント側だと判断される人物を北部に向かわせる事は認められない」
「だからってこのまま指でもしゃぶって見逃せって言うの!?正気とは思えないわ!」
納得行かないリーゼロッテの答えに苛立ちをあらわにするサニー、そんな彼女を宥めながらリーゼロッテは話を続ける。
「なにも見逃したい訳じゃあないのだけれど……もし仮にサニー君が北部へ赴いたとしよう。まず間違いなくヴァーミリオン家の連中とは真っ向から対立する事になるだろうね。君も知っての通り……いや失礼、君は知らないかもしれないが、北部の統治は複数の派閥から成り立っていてね。ヴァーミリオンの阿呆どもはともかくとして、他の派閥がどっちにつくか読めないのさ。最悪を想定するとなると北部全体と中央の戦いになるだろう?もちろん我々の背後から魔獣が襲い来る状態でね。どうだろう、勝算のほどは?」
リーゼロッテは想定している最悪のパターンを述べた。
自陣の背後を魔獣に脅かされながら、どれだけの規模になるかどうか判らない相手と事を構える。軍略なんて知らなくてもそれが良くない状況だという事はわかるだろう。
「……勝てるわ、全員ぶっ殺していいなら」
サニーは少し考えた後で物騒な答えを出した。
戦後処理を一切考えずに暴れ回れば勝つ事は難しくないだろう、勝つ事だけならば。
「おいおい、駄目に決まっているだろう?」
流石にその方針は止められたが。
「逆に、私が行っても何も起きないとかは?」
サニーは逆の考え、自分にとって都合のいいそれを持ち出す。
「ないだろうね。君、ヴァーミリオンの連中にどう思われてるか自覚あるのかい?」
リーゼロッテは馬鹿にするかのようにそれを否定すると、問題の根幹であるサニーがヴァーミリオンにどう思われているかを問いかけた。
「他人の考えなんか知ったこっちゃないわよ。せいぜい学生時代の逆恨み程度じゃないの?」
さすがのサニーでさえ軍学校時代にナタリーやレイヴンの兄にあたる現ヴァーミリオン当主をボコボコにしたのはやりすぎだと思っている。
「やっぱり何も分かっていないようだね。君はヴァーミリオンの勢力を分割して、その没落を決定づけたんだよ。恨まれていて当然じゃないか」
だが、リーゼロッテの考えは全く別のものだった。
そのきっかけになったのはステラとレイヴンの結婚、ステラを嫁入りさせることで家の勢力の増強を考えたヴァーミリオン当主が、こともあろうに式の当日にレイヴンを監禁した。その行為に反対したスカーレットとナタリーも一緒に。
そのうえ、要求を飲まなければ婚約を破棄するという一方的な通達も合わせて。
結局その騒動はヴァーミリオン本邸にステラとセレスティアが襲撃を仕掛ける形で終息したのだが、大いに荒れたのはその後の処罰だった。
なんやかんやあってナタリーとレイヴン、先代第二婦人のスカーレット、先々代当主がヴァーミリオン家と離縁する形で王都に移動、彼らに付き従う北部の人員も王都で暮らしている。
家の勢力を増そうと考えていた者達からすれば、たまったものではないのだろう。立場が変わればそういう考えもあるだろうとサニーはそれを受け入れる。
だがそれでも己の半身とでもいえる双子のステラが大切でないはずなどなく。
「可愛い妹なのよ、守って当然じゃない」
「それ、言ってしまって良かったのかい?」
ステラとはどちらが姉になるか……いや、どちらが妹になるかで揉めた事がある。対外的にしっかりしている方のステラを表向きでは姉として、姉妹の間でだけサニーを姉として扱うことに決めたのだ。
こんな風に時折うっかり漏らしてしまうこともあったりするのだが。
「どうせ知ってるでしょ」
「ああ、よく知ってるとも。君のことは生まれる前からね」
「え……気持ち悪い」
サニーはどうせリーゼロッテの事だからそのくらい知っているだろうと投げやりな発言をすると、リーゼロッテはどうにも粘着質な気味の悪い発言をするのだった。
「それで結局どうするのよ、他に手でもあるの?」
それからしばらくして、横道に逸れていた話題を修正する。
疑惑のある北部領の偵察を誰が行くのかという話だ。
「私が行く」
「……はぁ!?」
リーゼロッテの発言にサニーは驚く他なかった。
曲がりなりにもリーゼロッテは魔王である。しかもそれもただ強さを持って呼称されるそれではなく、魔界における王、最高権力者としてのそれである。
そんな彼女を不明瞭な地域の偵察に赴かせるのは正気の考え方とは思えない。
「だから私が行くと言ったんだよ。聞き取れなかったかい?君が向かって全面戦争に発展するか、私が赴いて穏便に収めるか。考えるまでもない問いかけだとは思わないかい?答えなんて幼児に聞いたってわかるはずさ、価値観が歪んでいなければね」
驚いたまま固まるサニーにリーゼロッテは自身の計画の正当性を畳み掛けるように訴える。
「護衛ぐらいは連れてきなさいよ」
その勢いを前にしてサニーは妥協点を持ち出すことしか出来なかった。
「護っても護らなくても結果が同じなら護衛なんて居ないほうが良いだろう?いくらでもある私の命と一つしかない彼らの命は価値が違う。守る必要性もない私に大事な護衛の命をかける事はない、そうだろう?」
だがその妥協点すらリーゼロッテは否定する。
リーゼロッテは不死身だ。いや、残機が無限にあると言った方が彼女の実態をよく表しているだろう。たいして強くはない彼女(そうは言っても一般兵より二回り程度は強いのだが)は死亡すると死体を残したまま、その周辺に新しく出現する。まるで無限にポップするモンスターのように。
唯一の対応策は拘束しておく事ぐらいしか無いのだが、それはそれで攻撃を仕掛ける口実にもなる。故に不死身のリーゼロッテはこういう場面でどうしようもなく有用なのだ。
「だからって死ぬのが辛くないわけじゃないでしょうに」
「散々私を殺した君がそれを言うのかい?」
だからリーゼロッテ本人が北部偵察を決意した時点で、サニーにそれを止める手段は既になかったのだ。
「言うわ……私は我儘だからね」
退室するリーゼロッテを見送って、サニーは捨て台詞を呟いた。
ああ、腹が立つ。
ままならない現状に。
ああ、腹が立つ。
自由に動けない自分自身に。
ああ、腹が立つ。
リーゼロッテが誰かに殺されることに。
ああ、この怒りをどこにぶつけてくれようか。
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