第61話 東部領4
「誰だ、お前は」
警戒心に満ちたリュウガの声が低く響いた。
東部領次期領主決定戦、東部領に属する各派閥から次期領主にふさわしいとされる候補を選出し競わせる。
文字通りの意味でしかないのだが、リュウガはその最終戦で対戦相手に上がった男に見覚えがない。
見覚えがないだけならまだしも、その顔には取ってつけたような狐を模した面を被っており、明らかにその素性を隠している。
そんなおかしなことは起こり得ないはずなのだ、少なくとも各派閥が推薦した代表である、人前に出れないような素性のものに務まるはずがない。
「……」
リュウガの逡巡を断ち切るように相手の男が武器を構える、依然として声を発さないまま。
「小難しいことは叩きのめしてから考えろ、か」
リュウガもそれに応えるように武器を構え、試合開始の合図を待つ。
「最終戦、始め!」
東部領の行く末を左右する戦いが始まった。
リュウガと覆面の男が戦いを始める一方で、観客席にいるアイギスはだいぶ気楽に試合の様子を眺めていた。
自分が戦うわけでもなく、この試合の結果が自分に大きな影響を及ぼす訳でもなければ、見ている側としては娯楽のようなものだった。
傍から見る分にはリュウガのほうがだいぶ優勢に見える。
しかし、あと一手決められそうな相手の隙に攻撃をためらうような素振りを見せるリュウガに彼女は違和感を抱いていた。
「ねぇ、覆面のまま次期領主って務まるの?」
そうは言ってもアイギスに東部領の内情を知る由などなく、ふと気に止まった疑問を口にするに留まるのだった。
隣で観戦しているアヤメに声をかけたはずだが、彼女は試合に夢中になっているようで気づかない。
いや、夢中になっているというのは少し違うような気もするけれど。
「おーい、アヤメさーん?」
アヤメの顔の前で手を振り無理矢理に気づかせる。
「ふへっ!?……ダメですよ。ダメなんですけど、その……死んだ人を生き返らせる方法ってありますか?」
アヤメが言うには覆面のまま東部領の代表を務めることはやはり駄目らしい、当たり前といえば当たり前だが。
「ある訳ないでしょ、そんなの。伝説になってるような聖女ですらそんな事は出来なかったんだから。治療用の固有魔法が使える時点で相当貴重で引く手数多なの、もしそんな奴がいたら今頃大変な騒ぎになってるわ」
それよりもどうしてアヤメは死者蘇生なんておとぎ話にもない夢物語を聞いてきたのか、アイギスにはそちらのほうが余計に気になった。
「そう、ですよね……」
アイギスの切り捨てるような解答に消沈するアヤメ。
彼女だって肉体の損傷を癒やす固有魔法が使える人材がどれだけ希少で、どういう扱いを受けるかなんて知っているだろうに。
どうしてアヤメが今更ありもしない妄想に縋っているのかアイギスにはついぞ理解できなかった。
アヤメに構うのをやめて逆側に座っていたカーラに視線を移すとひどい顔色をしていた。土気色というか青白いというべきか、その表情には恐怖よりも強い忌避感が伺える。
こちらはこちらで一体どうしたの言うのだろうか?
「……カーラ?どうしたの?」
あまりに脈絡のない状況を無視できず声をかけると、カーラは覆面の男を指さしてこう言った。
「あの人……なんなんですか、すごく気持ち悪いです」
覆面の男を指差すカーラの指先は震えていて、目線は本能的に男を視界に捉えたくないのか泳いでいる。
「そりゃ確かに気味が悪いけど、流石に言いすぎじゃない?」
次期代表を決める戦いに覆面で参戦する男はたしかに気味が悪い、それでもカーラの怯えようは異常だと思える。
「……あの男から死にかけの病人みたいな匂いがします」
カーラが震えながらそんな事を言う、試合を繰り広げている場所から観客席までは結構な距離があるので、そんな異臭がするならとっくに他の人も気づいているはずだが。
「匂い?私は感じないけどアヤメは?」
「匂いですか?私も特には……」
二度三度鼻に意識を向けて呼吸をしてもアイギスもアヤメも特にそんな異臭を感じたりはしなかった。
「そんなはずありません!」
それでもカーラは自信を持って言い切るのだった。
「そこまで言い切るほどかな……?」
依然としてアイギスにはカーラのいう匂いが感じ取れない、それでも頑なに言うのであれば何かしらのものに反応しているはずだ。
そう考えたアイギスは普段戦っているときのように自身の感覚を広げる、薄く広く、周囲の攻撃の起こりを捉えるように。
カーラの言う匂いが彼女の感性によって捉えられるものならば、アイギス自身が得意とするものは戦いの中にある。
その途端アイギスは、リュウガと覆面の男がいまだ戦いを続ける試合会場に向けて駆け出した。
ごめんねカーラ、私がこれを見落としていたなんて。
ごめんねリュウガ、勝負を台無しにするような真似して。
ごめんねサニー、後を任せてくれたのに期待に応えられないかもしれなくて。
試合会場に乱入したアイギスが顕現させた盾を操り、覆面の男の首を鋏のように断ち切った。
「アイギス!?お前なんて真似を!」
突然の事態に状況を飲み込めないリュウガが声を荒らげた。
「いいから構えて、来るわ」
だが、アイギスが感じ取ったものが間違いでなければ、むしろここからが本番のはずだ。
「なにを言って……おい、何だこれは」
確かに断ち切られたはずの男の首が断面から黒ずみ、元の身体とくっつき再生を果たす。服の間から見える肌は黒く変色しており、すでに元の色とは異なる異質なものへと変化している。
おそらく去年西部領の一件で対峙した魔神教団の連中と判断して間違いないだろう。
「教団の残党、まだ残ってたんだ。……これはちょっと戦力不足かも」
負けたりすることはないだろうが決定打に欠ける、東部領の中に連中の勢力が潜んでいるならば状況はかなり不利に傾く。
「確かに危ういかもな、後できちんと説明してもらうぞ」
「生き残れたらね」
アイギスは短く応えると盾を構えた。
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