第3話 はじめてのまほうつかい

「それじゃあ、魔法の練習を始めましょう!」

 河川敷に到着して桐子に呼びかけます。事務所で練習ができないわけではないですが、万が一への対処がしやすいのと彼女の体力不足を懸念してちょっと歩いてみたのですがその心配はなさそうですね。魔石が臓器の一種である以上、体力に問題があるとまずは体力をつけるところからになってしまうのでとても面倒なんですよね。

 まぁ、魔界に行ったら基礎体力からみっちりしごくことになるわけですが!


「まずは一体……なにを?」

「まずは魔石の自覚と魔力の流れを整えるところから、桐子の魔石がお腹の下のあたりにあるのは教えたでしょ?そこから……」

 河川敷の地面に棒人間をちょっと太らせたような絵を書いていきます

「本来、魔石から発生する魔力は体の内側を通って末端まで向かったあと、余剰分を放出しながら体の表面をなぞるように魔石のある部位に向かって収束するんだけど……」

 もう一体、今度は桐子の現状を説明するために人型の絵を描いていきます

「今の桐子は魔石が半端に覚醒……寝ぼけたような状態になってるから、魔石を中心にぐちゃぐちゃと渦を巻いているような感じね。まずはこれを正常な状態に持っていきましょう」

「どうやるんですか?」

 本当に未経験の人間をちょっと甘く見積もっていました。実践させながら適宜修正していきましょう。

「イメージすること……かな?」

「どうして疑問形なんですか!」

「うーん、なんて言ったらいいのかな?魔力の制御から固有魔法の行使まではイメージの勝負よ、できないことはできないんだけどね?とにかくチャレンジしてみましょ、危なそうだったら止めてあげるから」

「……本当ですね?」

「ほんとほんと、サニーさん嘘つかない」

「うさんくさいなぁ……」


 どことなく腑に落ちないといった表情をしながら桐子が呼吸を整える、足を開き両手を開いて前へ。大事なのはイメージ、魔力があることを受け入れてそれを動かすイメージを持つこと。

「そうそう!その調子!そのまま続けて!」

 だんだんと魔力の流れる経路が大きく長くなって肘や膝のあたりまで伸びてきました。桐子、初めてのはずなのに魔力の操作がとても上手です。驚きました。これ、わざわざ教える必要なかったんじゃないの?

「あっ……!」

 桐子がなにかを感じ取ったようです。魔力が体の末端まで行き渡ったみたいですね、懸念していた暴発とかも特にないようです。

「上出来ね、この調子ならもうちょっと先まで進めてしまっても……」

 ポーン!

 私の携帯になにか来ましたね、なんでしょう?……なになに?私の交代要員が明日の午前中に到着するとのこと、入れ替わる形で魔界に移動するとして、先に桐子に固有魔法の感覚だけでも掴んでおいてほしいのですができそうですかね?いやきっとできると思います、根拠はないけど桐子を信じることにします。


「桐子、明日の昼前には魔界へ行くことになったから。その前に固有魔法の練習をしましょう!大丈夫、すぐできなくても今日は一日中付き合えるからね?」

「固有魔法……その前にマカイってどこですか?聞いたことない場所なんですけど」

「ひょっとして、リーゼロッテから聞かされてない?」

「ええ、サニーさんにあって教えてもらえということ以外はなにも」

 リーゼ……それなりにいい立場のくせしてなにやってるんですか。今度あったら気が済むまで殴ります、あんたが泣いても殴るのをやめない。


「魔界は行けばわかるからその話は向こうに行ったときにしましょう、それより今は固有魔法のことね。さっき桐子の体の中に魔石があるって話はしたよね?その魔石に依存する形で発現する桐子だけが使える魔法が、固有魔法」

「ひょっとして私、特別な存在だったりしますか?」

「いや全然。固有魔法の固有なのは発現する魔法の種類のほうね、ぶっちゃけ魔石があるなら誰でも固有魔法が使えるはずよ」

「そんなぁ……」

 落胆する桐子。自分に特別ななにかが無いと知って落胆する気持ちはわかるけど、そんな事を言ったところでどうにかなるわけではありません。


「特別な誰かになれなくても、すごい誰かにはなれますよ。そういうわけで固有魔法の練習をしましょう!私の子孫なら何かしらの武器を作り出せるはずです」

 固有魔法は種族特性、つまり血筋による遺伝の影響を強く受けます。あくまでも遺伝なのでうまく発現しない場合もありますが。

「武器……ですか?」

「剣とか、槍とか、斧とか、そういった物が多いかな。持ち運ぶ必要がなくなるから結構便利よ」

「銃とかは作れたりしますか?」

「銃かぁ……できないことはないけど、複雑なものほど魔力消費が多くなるから、他の魔法を使ったほうがマシみたいな感じになる……かな?」

「そうですか。」

 大きいもの、重たいもの、構造が複雑なものほど魔力消費が多くなるので銃なんかはかなり相性の悪い武器種と言えるでしょう。それならクロスボウでも別に用意して弾の代わりになるものを創造したほうがずっと強力だと思います。


「気持ち切り替えて固有魔法の練習しましょ!なんかこう、外に出した魔力をギュッと圧縮して固める感じ?でいけると思う!」

「……なんかすごいアバウトですね」

「大丈夫!桐子は魔力操作が上手だからきっとできる!たぶんだけど!」

 桐子のこちらを見る目が冷たいです。どうして……?

「魔力を放出して圧縮……魔力を放出して圧縮……」

 桐子がブツブツと呟き始めます。両手を向かい合わせるようにして胸の前へ、次第に銀の光が現れます。先程まであまり実感がなかったのですが、やはりこの子は私の血縁ですね。銀の光はそのまま桐子の胸の方へ伸びてきて

「ストップ!そこまで!」

 後ろから桐子の両腕を掴んで左右に開くと、銀の光は霧散し空中へ消えていきます。

「えっ!?」

「なに呆けてんのよ。そのままだと胸に刺さって死ぬとこだったのよ?縦に伸ばしなさい、縦に」

 ひょっとして未来人は包丁とか使ったこと無いのかな?なんて思いましたが知る必要のないことですね、未来の生活様式に興味がまったくないわけではありませんが。

「それじゃあもう一回」

「魔力を放出して圧縮……放出して圧縮……縦に伸ばす……縦に……」

 桐子の両手の間に銀の光が再び現れる。それは上下に伸びていき地面から頭の上を超えるくらいの長さに達すると収束し、やがて一本の棒のようなものが形作られる。

 空中に出来上がった棒が地面へと落下し乾いた金属音を響かせた。

「……ほんとにできた」

「はーい、よくできました!今の感覚忘れないようにしておいてね、今日やることはこれでおしまいです!」

 未だに実感のわかない桐子に対し予定していたタスクの終了を告げます。今日は申請を出していたとはいえ、本来人間界での魔法行使はご法度。本格的な訓練は魔界に移動してから。

「やることやったので帰りますよー。……ん?どうしたの桐子?」

 なんだか桐子からやらかしてしまったけど素直に報告できない、言わなきゃいけないことがあるけどあと一歩勇気が足りない。そんな空気を感じます。しかしながら出会ってから数時間しか経ってないし、目を離した覚えも無いのですが。

「あの、サニーさん……言いにくいんですが……明日着る服がありません」

「あー、帰りに買っていこうか」

 確かに、事務所に来た時、桐子は特に荷物を持っていませんでしたね。タイムトラベルものは衣類が足りなくなりがちなんでしょうか?未来からサイボーグが来る話も確か全裸でしたし、ひょっとして桐子も?

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