第47話 女子会2

 夜、子どもたちが寝静まった頃にそれは幕を開ける。

「酒が飲めるぞー♪北部の酒は魔界一♫」

 即興で作った謎の歌を口ずさみながら通りを上機嫌で歩いていくのはナタリーと

「もう遅い時間なんだから静かにしなさい」

 それを咎めるのはサニーだった。

 色々やらかすサニーではあるが一応良識みたいなものはちゃんとある、あるけど加減をするのが死ぬほど下手くそなせいで結局やらかすのである。

「お姉さまは嬉しくないんですか?久しぶりに北部の酒が飲めるっていうのに」

「そりゃ嬉しいけど騒ぐのはダメ」

「はーい」

 まだ肌寒い夜の通りを二人並んで歩いて行く、目的地はすぐそこだ。


「北部の酒が飲めると聞いて!」

 ナタリーが勢いよく店のドアを開ける、飲む前から出来上がってるこの娘は一体何なんだろうか?

 サニーが呆れた目で見ていると、店の中から予想もしていなかった声が返ってきた。

「あら、ナタリーちゃん」

「ローザさん!?」

「どうしてローザがここに!?」

 ローザ・シュヴァリエ、今は養成所に通ってるクロエの代わりに西部領を任されているはずの彼女である。

 わざわざ中央までなにをしに来たのか、片道4時間程度となれば流石にふらっと遊びに来る距離ではない。

「視察よ視察、今は西部領が色々と大変な状況でしょ?状況の報告だって必要だし、中央に来てめぼしいものに話しつけるのも必要。で、諸々が終わって休憩中ってわけ」

「それならクロエと一緒に来ればよかったのに」

「今はあの子にあんまり気を使わせたくないの、長いこと苦労かけちゃったしね。私が動いてる姿見せたら、あの子また気にしそうだから。こういうのは見えない所でやるのよ」

「……そっか」

 それも一つの親の愛情なのだろうか、サニーは実感のない概念を飲み込むほかなかった。


「それで、酒飲み二人はなににす……」

 カウンターの向こうにいる店主のケイシーが注文を聞く。

「とりあえず生です!」

「あとおつまみ頂戴!温かくてしょっぱいやつ!」

 判断が早い。

 酒飲みの呼吸、一の型:とりあえず生!

 そう、ここは王都中央にある食堂で働いているケイシーが個人的に開いている店である。

 彼は糧食班として軍の施設である食堂で働く他にこうして店を構えている。

 店というよりかは自宅を開放して親しい友人を招いて飲み会を開いているといったほうが正しいが、料金はきちんと取っているのでどちらかと聞かれると判断に困る。

 そんなケイシーから『久しぶりに北部の酒が入った』と連絡を受けたサニーがナタリーを引き連れてやってきたのが事の経緯である。

 ステラとレイヴンも誘ったが自宅で二人で飲むとのことで連れてこなかった、ナタリーの母と祖父であるスカーレットとジョージにはお使いを頼まれたので後で忘れないように買っておこう。

「ほらよ、生二つ。つまみは……賄いが残ってたな、ちょっと待ってろ」

 と言い残してケイシーは店の裏口から出て行った。

 ケイシーの自宅を兼ねているこの店、店と言って良いのかは微妙なところだが、家の立地としては割と不便な位置にある。なにしろ住宅街からは遠く離れた位置、最寄りの建物は軍の保有する食堂、それも従業員用の入り口に近いところだ。

 ケイシーがここに自宅を建てると言い出した時、サニーは料理好きが行きすぎてついに頭がおかしくなったのかと思ったが、こういう真似をしたいのであればなるほど納得といったところであった。

 そんなケイシーが軍の食堂から賄いの残りを持ってくる頃には、サニーとナタリーのグラスは空になっていた。

「待たせたな……って相変わらず飲むの早いな」

「ビールは飲み物!おかわりください!」

 酒飲みの呼吸、二の型:おかわり!

「私も。あと、いつもの作っといて」

 酒飲みの呼吸、三の型:いつものアレ!

「お前さっき飯食ってただろ、太るぞ?」

「たくさん動くから良いの」

 ケイシーに慣れた様子で何かを注文したサニーは、ナタリーと一緒に賄いを摘みつつ2杯目のビール。酒好きなのは北部の血筋に刻まれた遺伝なのだろうか?もしかすると肝臓かもしれないが。

 ローザはチーズとクラッカーを齧りながら赤ワインを嗜んでいた、こちらのペースは二人に比べるとだいぶゆっくりとしている。

「そういえばお姉様も北部の出身なんですよね?ヴァーミリオンの家にいた頃はステラ姉様しか見かけませんでしたけど……」

「あー……」

 言うべきか言わざるべきか、それが問題だ。

「サニー、ひょっとしてあなたナタリーちゃんに話してないの?」

 そんなことを考えていたら怪訝な態度のローザに突っ込まれた。

「わざわざ言うべき事でも無いかなって」

 別に面白い話ではないのでサニーは率先して語るつもりはなく。

「言っておきなさい。それが彼女の責任でなかったとしてもヴァーミリオンに属してたなら知っておくべきよ」

「お姉様の過去話!知りたいです!」

 二人に押し切られるようにして問題はそうそうに解かれてしまった。

 しかし、どこから話をするべきだろうか?

「私とステラが双子なのは知ってるでしょ?」

「初めて会った時はステラ姉様が二人いるって混乱してました」

 ナタリーの言葉を聞いてローザは何故か爆笑している、いったいなにが彼女のツボに入ったのかは知る由もないが。

「あの時はパーティー用のドレス着てたからね……」

「言ってくれればあたしのやつ貸したのに」

「断る。赤いドレスなんて二度とごめんだわ」

「赤のドレスを纏ったお姉様!見ておきたかったです!」

 興奮するナタリーをよそにサニーは心底嫌そうな顔をしていた。

 親友の形見みたいな物に袖を通すのは本当に気分が悪かった、それに赤い色はステラによく似合うのだ、私が着るべきじゃない。

 ナタリーと初めて出会ったのはステラとレイヴンの結婚式の日だ、そこから一悶着あって現在の形に落ち着くのだけれど、今はその話じゃなくて。

「私達二人は生まれてすぐにヴァーミリオン家に預けられたの」

「……つまり、お姉様は私が産まれるより前に独り立ちしていたんですね!?さすがお姉様です!」

 明後日の方向にすっ飛んだ回答を披露するナタリー、サニーの事が好きなのはわかるけどそれは買い被りすぎでは無いだろうか?

「独り立ちって言うか捨てられた形でしょ?」

 ローザが言う。

 そう、固有魔法が発現しなかったサニーはヴァーミリオン家を追い出され、北方山間部の孤児院に預けられた。

 環境の厳しい北部ではよくある話なのだ、固有魔法継承不全、いわゆる出来損ないを家から追い出す事など。

 ちょうどあの頃は魔神による被害から立ち直りかけていた時期で、そこかしこに孤児院が出来ていて、そこに都合よくねじ込まれた形になる。

 王都中央にあるアージェントの家に返されなかったのは、きっとセレスティアとの敵対を恐れての事だったのだろう、その当時はまさか後年になってアージェント家そのものを敵に回すなどとは夢にも思わなかっただろうが。

「まああれは捨てられたってやつよね」

「そんな……お母様は止めなかったのですか?」

 まさかの事態に衝撃を受けるナタリー。それもそのはず、自らが親愛してやまないお姉様が、よりにもよって自らの実家から捨てられていたなんて。

「スカーレットさん?あの頃はまだヴァーミリオン家にいなかったはずよ」

「よかった……いやなにも良くないですよ!なんかムカついて来ました……おかわりください!」

 ナタリーが勢いよくビールを飲み干しグラスをテーブルに叩きつけ、さらにおかわりを要求する、飲まなきゃやってられない時もあるのだ。母親が関与していなくて少しだけ救われた気がするのは心の内にしまっておくとして。

「そこからどうなったんですか?まさかそのままって事はないですよね!?」

「しばらくしてローザの父親に連れてかれたのよ、誘拐よ誘拐」

「こらー?人聞きの悪いこと言わないでもらえるかなー?」

 ローザに指摘を受ける、実際のところは保護されたのだろう。

 それもそのはず孤児院のような施設に馬鹿みたいな魔力を垂れ流す幼少期の子供がいれば誰だって不審に思う、北方山間部に酒を届けに行っていたローザの父親がたまたまそれを発見、素性を確認して西部領で保護という流れである。

 どういうわけか保護の報告を受けたセレスティアが鬼のような形相でシュヴァリエ家に乗り込んできた時のことはいまだに酒の席でネタにされている。その話題が出るとセレスティアは決まって『だから早とちりしたって何度も言ってるでしょ!よりによってシュヴァリエに引き取られたらそう思うじゃん……』とバツの悪い表情をするのだ。

「うぅぅ……お姉様が無事で本当に良かった」

「でも、本当に大変だったのはその後よね」

「あはは、その節は本当にご迷惑をおかけしました」

 酒が回ったせいか大袈裟に感動してボロボロと涙を流すナタリーと昔を懐かしんで感傷に浸るローザとサニー。

 ローザとサニーとリリーとケイシーと、あの頃は本当に毎日騒がしかった。どちらかといえば優等生側のリリーが愉快な性質になってしまったのはだいたいサニーのせいだと思う。

「なにがぁ大変だったんですかぁ?」

「ナタリーちゃんも気になるでしょ?今よりもっと加減が下手くそだった頃のサニーの話」

「あーあー聞こえない」

 若干呂律が怪しくなり始めたナタリーと気分が上がって昔話に花が咲くローザ、サニーはといえば都合の悪い話から顔を背けて一人で飲み始めた。

 今よりも力加減が下手くそ、というよりも一切の調節が出来なかった幼少期のサニーが毎日毎日城の備品を壊しまくっていたから。

 成人して以降の稼ぎの大半をシュヴァリエ家へと納め、ようやく支払いを終えたと思った頃につい最近のシュヴァリエ城半壊である……これに関しては半分くらいサニーのせいだが。

 たぶん今までに払った金額で城がもう一つ建つような気がする。


「待たせたな。いつものやつと……お目当てのコイツはどうする?」

「ロックで」

 ケイシーが注文した料理と一緒に北部領で少量だけ出回るブランデーのボトルを持ってきた。

 サニーの好きな酒だ。

 元はエルフ酒と呼ばれる西北部の森で作られる果実酒を北方山間部の施設に運び込んで蒸留した物、生産量が少ないのは西北部の森と北方山間部の関係性が悪いからだ、流通経路がないのだ。

 流通経路がないものをどうやって作っているのかと聞かれれば人力での輸送である、酒樽を担いでえっちらおっちら雪山を乗り越えていくのである。

 控えめに言って頭がおかしい、危険が危ない。

 サニー達も西部領にいた頃にローザの父親に連れられて酒樽の運搬の手伝いをしたことがあるが、二度とやりたくなくなるくらいには大変だった。

 振動を加えないように運ぶのもそうだが、中身が変質しないように樽の周囲の空間を一定の温度と湿度に保つ魔法をかけ続けるのもどうかしてる。

 ただ、そうまでして運ぶだけの価値があると思わせるほどに、とにかくエルフの酒はうまい、それで仕込んだブランデーもまた然り。

 この味を知った今ならもう一度くらい手伝いをしてもいいかとサニーは思った。

「ケイシーさぁ〜ん!わたしソーダ割りで!うへへへ、お姉様ぁ美味しそうな物食べてますねぇ、わたしにも一口くださぁーい」

 酔いの回ったナタリーが上機嫌で絡んでくる、好みのソーダ割を頼みながらサニーの前に置いてあるつまみを一口。

「あんたそれ好きよねぇ、私にもお湯割りで一つ。ついでに一口ちょうだい」

 ついでにローザもサニーの頼んだつまみに手を伸ばす。

「私のつまみだぞー!欲しかったら自分で頼めばいいじゃん」

 サニーがつまみを横取りする二人を威嚇する、どうして二人して他人のつまみに手を出すのだ。

「食べ過ぎになるから却下」

「えへへ、お姉様これ美味しいですねぇ」

 きっぱり否定するローザと会話が噛み合ってないナタリー。

「収集がつかなくなって来たな……ステラに一報入れておくか」

 姦しい飲み会から離れて、ケイシーがステラに連絡を入れる。

 今夜もまた朝日を拝むことになりそうだ。


 翌朝、3人を回収しに来たステラに後でしっかりとお説教を喰らうのもお馴染みの光景なのであった。

「姉さん、もう少しぐらいしっかりしてくれませんか?これじゃあ私……」

 酔いつぶれた3人を回収するステラが漏らしたつぶやきを聞く者は誰もいない。

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