第46話 女子会

「ははっ、はははっ、ふははははっ!やった、やってやったぞ!ついに手に入れた!死の理すら覆す不滅をもたらす秘宝を!これさえあればなにも恐れるものはない!裏切り者どもも!アージェントも!シュヴァリエも!魔王ですらも!……だがしかしテストは必要だ、まずは東、そして中央……」

 なにか宝石のような物を手にした男は興奮を抑えられずに饒舌になる、それがなにに由来する物なのか知らないまま。


 養成所の入所試験の観戦を終えたキリコ、アイギス、クロエの3人組は試験会場を離れて周辺にある飲食店へと向かった。

 通りに面したオシャレなテラス席のある、ちょっと小洒落たお店だ。

 そして甘味が美味しい店でもある。

 心の健康に甘味はとても有用だ、身体の健康に関しては……若いからきっと大丈夫だ、見なかったことにしよう。

「いらっしゃいませー!3名様でよろしいでしょうか?」

 入り口で店員の明るい声が響く、通りのいい声はそれだけで店の印象を向上させる。

 しかし店員はなにかに勘付いたのか急に声のトーンを落とし、こう案内するのであった。

「……奥の方に個室もございますが、いかがなさいますか?」

 だが悲しいかな、キリコにはその配慮の理由がわからなかった。

「今日は天気も良いしテラス席にしようよ!」

 後ろにいたアイギスとクロエは唖然とする店員と目を合わせると何かを諦めたように

「まあ、キリコがそう言うならそれで良いんじゃない?」

 と言ってテラス席に向かうのであった。


「日替わりランチでお待ちのお客様ー!お待たせいたしました、日替わりランチ3つになります」

 注文を受けてほどなくランチが提供される、今日の日替わりランチのメインはグラタン皿に入ったパスタにクリームソースとチーズをたっぷり掛けてオーブンで焼き上げたものだった。

 冬の間、街に積もっていた雪はなくなったものの、まだ少し肌寒さの残るこの時期には嬉しいメニューだ、日替わりランチセットにはこれにサラダとスープがついてくる。


 だが、少女たちの本命は別にある。

 食後のデザート、乙女心を誑かす嗜好品。

 栄養成分表示という経典を持ってしても太刀打ちできない、人をたやすく堕落させる甘い罠。

 もしも悪魔が見えるならば、それはきっとこんな姿をしているに違いない。

 そんな悪魔の到着を食後の珈琲とともに待ち望んでいるときにキリコはようやく気づいた、自分のしでかしたことの重大さに。

「ねぇ、なんかさっきから視線を感じるんだけど?」

 キリコが小声でクロエとアイギスに打ち明ける、理由はわからないけれど事件に巻き込まれているなら用心するに越したことはない。

「いまさら気づいたの?」

「西部領を救った英雄様だものね」

 だが、アイギスとクロエはキリコを小馬鹿にした感じで答えるのだった。

 クロエの言葉を理解するのに幾ばくかの時間を要したキリコは2、3度瞬きしたのち、信じられないとばかりに声をあげた。

「……?私!?なんで!?」

 キリコはニュースを見ていない。

 西武領での事件後、自身がどういう扱いをされていたかすら彼女は知らないのであった。

「西武領でアレにトドメをさしたのはキリコでしょ」

 キリコが事情を把握していないことを察したクロエはざっくりとした説明をする。

「そうだった!えっと……殺人で捕まったりとかするの?」

 すっかり忘れていた事実を指摘されたキリコは途端に慌て始めた。

「なんでそうなるの?」

「アイギス、説明お願い。私はデザートを食べるので忙しいから」

「あんたねぇ……」

 事情を一から説明しないと理解されそうにないことを勘付いたクロエがアイギスに説明を押し付けた、当事者も当事者の立場だが面倒な物は面倒なのだ。

「キリコ、一度しか言わないからよく聞きなさい」

 アイギスがキリコに視線を合わせる、いつになく圧が強い。

「西武領でキリコはクロエの父親だったアレを倒しました」

「うん」

『父親』というフレーズにクロエが顔を顰める、元々の婚姻自体が偽装だったので今となってはアレを一度でも『父親』だと思ってしまったことに嫌気が差していた。

 だからといってすでに終わってしまったことは何も変わらないのだが。

「アレは西武領で起こった一連の事件の首謀者です」

「そうだったね」

 ローザの失踪から続く西部領の事情の悪化、その全てがあの男の仕業だった。

 さらに元はと言えば魔神を信奉する連中を一箇所にまとめて叩こうと画策したリーゼロッテのせいにできなくもないが、さすがにそれを言うのは野暮というものだろう。

「見事に討ち取ったキリコは西武領を救った英雄として周知されるのでした、それはもう大々的に」

「……まじで?」

 ここまで説明されてようやくキリコは自身が置かれている状況を理解した、半信半疑ではあったが。

 確かにアレにとどめを刺したのは自分だ、その後病床で寝込んでいるときに周りが凄く慌ただしそうにしていたことも覚えている。

 魔法が効かない相手にどうやって決定打を与えたのかはなにやら念入りに聞かれた、キリコとしては湖の中にいた人?に武器を借りて倒しましたと答える他なかったのだが、調査の結果そんな人は結局見つからなかった。

「マジよ。ついでに中央とウチからも褒賞が出てるわ」

 さっきまでデザートに夢中だったクロエが口を挟む。

 事件の犯人を見事仕留めたキリコには結構な金額の賞金が出た、しばらくは遊んで暮らせるほどの額だ。

「なにそれ初めて聞いたんだけど」

 ただ、貰った側であるはずのキリコには自覚がなかった、なにしろアカウントに振り込みだったので。

「自分の財布くらいチェックしときなさい」

 呆れた顔で注意するアイギスに対して

「いや、使う機会なかったから……」

 キリコは間の抜けた返答をするのであった。

「あんたねぇ……」

 そろそろアイギスにも胃薬が必要な気がする、食べ過ぎのせいではなくとも。


「そうそう、キリコが養成所でたら西武領でもらう事にしたから」

「へっ!?」

 3人がデザートを平らげ、食後のコーヒーで一息ついていたところクロエが急にとんでもない発言をぶっこんできた。

 なんでも養成所卒業後のキリコの処遇を勝手に決めていたらしい、青田買いもいいところだ。

「あんたが寝てる間に決めたの、お母様とサニーも了承済みよ」

「わたしの意見は!?」

 キリコの意見を聞くまでもなくきっちり外堀を埋めていくクロエ。

「実際、他所の場所に配属されるより良いんじゃない?」

「アイギスまで!?」

 唯一味方になりそうなアイギスまでクロエの側についた。

 しまった、もう逃げられないぞ。

「逃がさないわよ、一生養ってあげるんだから。血は貰うけど」

 クロエの熱烈ラブコール、唯一つ欠点があるとするならば。

「むしろそっちが目当てじゃない?」

「バレたか」

 キリコの指摘に気恥ずかしそうに笑うクロエ。

 ただ、公私共にキリコにそばにいて欲しいと思う気持ちも本当なのだ。

 今はまだその想いを口に出してはいないけれど。


「……どうしよう、やる事なくなっちゃった」

 帰り道、キリコが突然そんなことを口走った。

「そろそろ養成所始まるけど?」

 アイギスがなに言ってんだコイツみたいな視線を向けてくる、心が痛い。

「そうなんだけどそうじゃなくて……人生の目標みたいな?」

 言い回しを取り繕うキリコには魔界に来た当初いくつかの目標があった。

 自身の魔法をきちんと扱えるようになること、自分の居場所を見つけること、そして自らが傷つけてしまった幼馴染、黒峰真希との再戦の誓いを果たすことである。

 自身の魔法はだいたい扱えるようになったと思う、そりゃあ上を見ればきりがないけれど、間違って人を刺してしまうことなんてもう起こらないはずだ。

 居場所は、なんというかいつの間にか決まってしまっていたけれど、別にクロエのそばが嫌いってわけじゃない、今はそれでいいと思う。

 ただ最後の一つだけは……

「言ってたわねそんなこと。でも、幼馴染との再戦はしばらく無理じゃない?」

 クロエが言う。

 キリコをローザに紹介する過程で身の上話は一通りした。

 その上でローザに聞いたのだ、時間を移動するような方法はあるのかと。

 結論から言うと無理。

 理論上は時間を移動する魔法は存在するらしい。

 ただ、使用するのに莫大な魔力が必要とされるのと、必ずしも望んだ未来に移動できるわけではないらしい。

 結局のところキリコにできるのは、いつ未来から来るかわからない黒峰真希を待つことだけだった。

「そうなんだよねぇ……」

 自身ではどうにもならない問題を抱え続けることと、大きな目標を見失ったことで意気消沈するキリコ。

 ただ、そんなキリコの様子などお構いなしにアイギスがこう提案した。

「ニュースを読めるようになる、とか?」

 面倒な説明を押し付けられた恨みを少しだけのせながら。

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