第45話 2年目
「たっだいまー!」
「お邪魔しまーす!」
「ただいま」
キリコ、クロエ、アイギスの三人が王都中央にあるアージェント家に戻ってきたのは養成所の入所試験前日のことだった。
西部領を満喫したようでなによりというか実態はおよそ10年ぶりに再開した娘と離れたくないと駄々をこねるローザをなだめるのがほとんどであったことをここに記しておく。
元々クロエは今年も王都のホテルを借り、養成所の入寮と同時にそちらへ移動しようと計画していたのだが、シュヴァリエ家の財務状況を気にかけたアイギスが声をかけて今に至る。
シュヴァリエ家にも色々あるのだ、主にサニーが壊した城の建て直しとか。
その日の夜は西部領での土産話に花が咲いた。
サニーが一番驚いたのはコーイチが嫁と娘と一緒に嫁の実家へ帰省していたことだった。
記憶を辿ってみればコーイチの娘はそろそろ4歳になる頃だ。
ちょうど魔法が使えるようになる時期で、たしかに人間界で育てるのはちょっと無理がある。
娘さん可愛かったなーなんて感想をもらすクロエに写真を見せられてサニーは絶句した。
角も羽も尻尾も生え揃った立派なサキュバスだった、よくもまぁこれを人間界で育てようと思いましたねという感想しか出てこなかった。
「コーイチがこっちに来たってことはリリーはどうしたの?」
サニーが疑問を口にする、どうせ帰ってくるならリリーも一緒に帰ってくればよかったのに。
「リリーさんはまだ人間界でやることがあるから残ったってコーイチさんに伝言を頼まれました」
キリコがメモを読み上げながら答えた。
「やることって……むこうでなにか事件でも起きたの?」
サニーには思い当たる節が何もない、あるとすれば何らかのトラブルに巻き込まれてるパターンだけれど、リリーをもってすればその程度の些事はすぐに片付けるだろう。
「個人的な興味って言ってたわ」
クロエが割って入る。
リリーには研究者的な求道的なというか興味のあるものに熱中するクセがある、どうやらなにか興味のそそられるものを人間界で見つけてしまったらしい。
「あー、そっちかー」
サニーは頭を抱えた、親友との再会にはまだしばらく時間がかかりそうだ。
翌朝、子供達3人は試験会場へ。
去年は試験を受ける側だったが今年は観る側だ、観客席で。
サニーが『子供達だけで行かせるのは不安が〜』とかなんとか言っていたけれど、最終的にステラに引きずられるようにして会場警備の仕事へ連れて行かれた。
なんでも去年、子供達をダシにして多額の儲けを出したのがまずかったらしい。
残念ながら擁護する点は見当たらなかった。
「なんかいまいちパッとしない……あっ!あの子とか良さそうじゃない?いけっ!そこだっ!させっ!……あ、ダメかー惜しかったなー」
ついつい受験生の応援に熱が入るキリコ、誓って言うが賭博には手を出していません。賭けるなら成人してから。
対照的にクロエやアイギスは冷静だった、淡々と結果だけを見つめている。
「だいたい例年こんなものよ、受験生が勝つ方が例外なのよ」
受験生の中から西部領出身者にチェックを入れながらクロエが言う。
「そうなの?」
だが、割とあっさり勝ててしまったキリコにはいまいち実感がわかない。
「勝てないのが普通、私達の代がむしろおかしい」
「そうなんだー」
アイギスにも説得を受けてそういうものなのかなと飲み込むキリコ、それなら少しくらい褒めてくれても良かったのにとも思ったが、サニーの底知れない実力を目にしてしまうとそうそう褒めることでもないよなと独り合点する。
「ひょっとしてキリコ、ニュース見てないでしょ?」
「み、みみ、見てないこともないかな?」
「すぐバレる嘘はつかなくてよろしい」
「だってぇ~」
ひょんなことから自身の情報収集に関する意欲の低さが露呈するキリコであった。
その理由は魔界共通語にある。
英語ベースで構築されたそれは発音こそ変わらないものの、スペル周りが発音基準に変更されており合理的と言えばその通りだが、そのことが逆に元々英語話者であるキリコにとってとっつきづらい部分になってしまっていた。
つまり会話に関しては支障をきたさないが、読み書きが異様に苦手なのである。
それは一年を経過してもあまり改善しなかった。
一方その頃。
「暇なんだけど」
サニー・アージェントは暇を持て余していた。
彼女の名誉のため言及しておくと一応は仕事中である。
養成所の入所試験、会場内で受験生を対象にした公営の賭博が行われることもあってそれら含めた警備に駆り出されているのが彼女なのだが、配置された場所が問題であった。
「行政地区とか休みなんだから誰も来ないに決まってるじゃん……」
サニーが配置されたのは行政地区、試験期間中は住民向けの窓口がどこも停止しているエリアであった。
当然利用者もいなければそれに対応する職員もいない。
自らの仕事が残っていたりして事務作業にくる職員はいるものの、それ以外の者など両手の指で事足りる程度の人数しかいなかった。
「私が悪いからこういう場所に配置されても文句言えないんだけどさ……にしたってやりすぎじゃない?」
元はと言えばサニーが去年やらかしたせいである。
そのため懲罰にしか思えない無駄な配置を回されても従うほかなかった。
「あれは……マーク?」
サニーが見覚えのある人影を見つけてつぶやく。
マーク・ヴァーミリオン、ナタリーやレイヴンの兄であるダニエル・ヴァーミリオンの息子、つまるところアージェント家とヴァーミリオン家の抗争後、北部に残ったヴァーミリオン本家の跡継ぎである。
特徴は……特徴と呼べるような特徴がない、強いて言うならいまいちパッとしないが悲しいことに彼の特徴であった。
そして去年、養成所の入所試験に3年連続で見事不合格を果たし、養成所への入所資格すら失った哀れな青年である。
サニーからみれば彼がこの時期に王都中央のよりによって休業中の行政地区にいる理由がまったくない。
不審に思ったサニーは彼を遠目で追う事にした、私がアージェント家の一員でなければとっくに捕まえてしまっているのになんて思いながら。
おおよそ他人の作ったルールなど平気で踏み越えてしまいそうなサニーだが、彼女の中にもルールを無視する基準のような物はある、それはルールを無視した結果、得られるリターンが大きそうな時である。
さすがに懲罰扱いの配置場所で、そのうえ当日朝にステラに怒られながら引きずり出された身としてはこれ以上やらかすわけにもいかなかった。
結局のところ、ここに訪れる理由がなく疑わしいという事だけで手を出すことはできず、何かを手にしたマークが北部領行きの列車に乗るのを見送ることしかできなかった。
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