第44話 焦燥2
最後の言葉を今もまだ鮮明に覚えてる。
「お前が無事で良かった。可愛い弟を先に死なすわけにいかないからな」
そう言って微笑んだ兄上の顔をいまだに夢に見る。
かけられた祝福は呪いとなって少年の心を蝕むのだ。
「馬鹿なんじゃないの?」
病室で横たわるリュウガを前にサニーが心底呆れた表情で吐き捨てる。
養成所の長期休暇中に自身が受け持つ生徒の一人であるリュウガが病院に搬送されたと聞いて駆けつけて事情を聞いてみればなんのことはない、自主鍛錬のやり過ぎで潰れただけであった。
心配して損した。
そう安堵したサニーが周囲に訓練を任せていたステラやリュウガの周囲に事情を聞いて回ったところ、原因のあまりのしょうもなさに安堵から落胆へ変遷を遂げた結果が冒頭の発言である。
正直、負傷した相手に対して掛ける言葉でないことくらいはサニーだってわかっている。
それでも、あまりの愚かさにそう言ってやらねば気がすまなかった。
鹿を鹿だと言ってやらねば、馬鹿はいつまでもそれを馬だと言いはるのだ。
あるいは、過去の自分を見ているようでひどく気分が悪かったからかもしれない。
「だいたい全部話は聞いたわ。その上でもう一度言うけど、リュウガ、馬鹿なの?」
「……返す言葉もない。だけど俺は強くならねばならないんだ」
身体をを起こし病床から抜け出そうとするリュウガを見てサニーは咄嗟に
「寝てろっ!」
リュウガを殴った。
負傷者に対しあるまじき暴挙である。
「ちょっとサニー、なにやってんの!?」
これには病室に付き添っていたステラも慌てて駆け寄ろうとする。
「いいからステラは黙ってて」
だが、そんなステラをサニーは視線だけで押し留めた。
「そんなに急いで強くなる必要があるの?」
そしてサニーは続ける。
シノノメリュウガの彼自身を突き動かす感情の源泉がどこにあるのか、それを知らなければきっとまた同じことを繰り返すから。
「すでに聞いてるんだろ?今強くならなきゃ、俺に生きる価値はない」
リュウガの返答を聞いて、サニーはこの問題の原因がリュウガの根幹にあることを察した。
それでもなお、彼の心に踏み込まなければならない。
血反吐を吐いてでも直視しなければ問題は一向に解決しないのだ。
「そもそもそこからね。あんた、自分が弱いと思ってるの?」
まずは自己認識の確認、強くなりたいのは自分が弱いと感じているから。
リュウガの自意識とその実力と目指している目標をすり合わせる。
「弱いだろうよ。クロエとキリコにも負けた、今ここでこうして潰れている。見た目通りの雑魚じゃあないか、俺は」
自虐的な笑みを浮かべリュウガは吐き捨てる。
サニーが想像していた以上に彼の認知は歪んでいた、少しばかり厳しい環境に放り込みすぎたかもしれない、ある程度の成功体験を与えておくべきだっただろうか。
「まったく周りが見えてないじゃない。あんた、ほんとに自分が弱いと思ってるの?」
「何を……」
とりあえずは歪んだ認知を立て直す、基準となるものがブレてしまっていては正確に測ることなど何一つできないから。
こればっかりは私のせいでもあるなとサニーは心のうちで反省する。
「いい?あんたはね、中央の養成所で試験を受けてあんたより3年間先に訓練してきた相手を打ち負かし、この私が……英雄セレスティアの娘が率いる特別クラスの訓練に一年付いてきた男なの。東部の連中のレベルがどうだかは知らないけれど、同年代の相手なんかに今更後れを取るわけないじゃない」
サニーは自身の強さを自負している。
負けた覚えがあるのなんて自らの母であるセレスティアと、幼少期にローザの父親と……ああ、養成所の頃にリリーに一回だけしてやられたことがあったっけ。
この両手は壊すことしかできないけれど、それなら私はきっと負けない。
そんなバグみたいな特異な相手に鍛えられた貴方がその辺の相手に負けるほど弱いはずがないでしょう。
「それでも俺は……」
それでもなお食い下がるリュウガを見て、サニーはこの男がまだなにか隠しているんじゃないだろうかと感づいた。
「ひょっとして、まだ話してないことがあるでしょ?」
カマをかける。
「……ああ」
少し間をおいて出てきた返事に、サニーの怒りは一気に氷点下へ。
ガキのくだらないプライドで周囲を振り回すんじゃない、これ以上続けるようなら容赦なく見捨てる。
「言え」
「……っ!」
「いま言えって言ってんのよ、ここで。そうでなきゃ私はあんたの面倒を見ない。勝手に生きて、勝手に死ね」
サニー・アージェントは自らが何も守れない事を身をもって知っている、痛いくらいに。
だから、あんたを悩ませる原因をここに引きずり出して。
この両手は壊すことしかできないけれど、それすら私は壊してみせるから。
しばらく、長く短い沈黙の後、リュウガは自身の過去を語り始めた。
宝箱にしまっていた大事なものをゆっくりと取り出すように。
そして外気にさらしてしまえば風化は免れないことに覚悟を決めて。
リュウガに兄がいたこと。
その兄は強くて、優しくて、東部の皆に好かれて、そんな兄をリュウガは誇りに思っていたこと。
本当ならば東部領を継ぐのは兄だったこと。
そして、リュウガをかばって戦死したこと。
「俺がっ!俺が兄上を殺したんだ!俺よりできの良い兄上を!俺より強い兄上を!俺より皆に好かれ、なにより俺が大好きな兄上を……俺が、殺したんだ」
嗚咽混じりの声で叫ぶリュウガ。
後悔と懺悔と怒りと不甲斐なさと悲しみと、ぐちゃぐちゃに混ざり合って何がなんだか分からなくなった感情が彼の喉を通って吐き出される。
悲痛な叫びは死者にも届いたかもしれない。
それでも死の理が崩れることはあり得ないのだけれど。
「それで?」
だから。
「何が言いたい……」
だからこそ生きている私達は。
「大好きな兄上を殺してまで生き残った貴方は何がしたいの?」
生き延びたその証を世界に刻まなければならないのだ。
「俺は強く……いや、違うな。俺は認めてほしいんだ、東部の皆に。俺は安心してほしいんだ、俺の代わりに死んだ兄上に」
リュウガは覚悟を決める。
きっとこれから先も苦しんで、悩んで、その度に過去に苛まれることがあるだろう。
それでもこの覚悟と誓いが折れない限り何度でも立ち上がるから。
だから見ていてくれ兄上、今度こそ貴方の死を受け入れてみせるから。
「それで良し。ちゃんと向き合えば恐れることなんてなにもないんだから、サニーさんにどーんと任せなさい」
リュウガの覚悟を聞いてサニーは微笑む。
それは厳しい冬の空に差し込む陽の光のように暖かく。
「ああ、どうかよろしく頼む」
「それじゃあ、休み明けに養成所で。アヤメちゃんもしっかり休むように、見張り役はこっちで用意しておくから!」
もうじき冬があける。
厳しい環境を耐え抜いた芽は今よりももっと強く立ち上がるのだ。
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