第43話 焦燥

「兄上!この言葉の意味を教えてください!」

「どうしたリュウガ?兄ちゃんに任せてみろ……お前また親父の書斎から持ってきたな?」

「へへへ……」

「まあそれはいい、これは生き様を大事にしろって意味だな」

「生きざま?死ぬことなのに生きることなの?」

「そうだぞ、まだリュウガにはわからないかもしれないが、生まれてきたものはいずれ皆死ぬ、俺もお前も親父もお袋もだ。親父が死ぬところは想像つかないけどな」

 そう言って苦笑する兄上の顔を未だに覚えている。


 ああ、俺が約束を守っていれば兄上を失うことなんてなかったのに。

 全部俺が悪いんだ。

 だから、この罪は俺が一人で背負わなければならないんだ。


 シノノメリュウガは焦っている。

 つい最近まであったはずの余裕が今はない。

 それは突然の仕様変更のように理不尽なもので。


「若様、いい加減切り上げないと養成所での活動に支障をきたしますよ?」

「リュウガくん、あまり無茶な鍛錬をするべきではないわ。怪我でもすればかえって逆効果よ」

「シノノメ、戦場では常に平常心だ。心がブレたやつから死ぬ。訓練のときもそれは同じ、普段の自分を徹底し、普段の自分を鍛え上げろ。もちろん例外もいるが、お前はどうもそっち側ではないようだからな」

 付き人のアヤメ、訓練を担当するステラ、同じく訓練を担当するステラの夫であるレイヴンから三者三様に窘められるリュウガ。

 窘められている理由は言うまでもなく訓練のやり過ぎによるものである。

 リュウガだって内心わかってはいるのだ、このままのペースで続ければ自身の身体が危ういことなど。

 それでも鍛錬を止められない、自身の体を執拗に痛めつけることから逃れることができない。

 きっと自分を許すのは、いつだって自分自身なのだ。


 養成所の休み明けまであと2週間ほどになった頃、ステラはついにしびれを切らしてリュウガの付き人であるアヤメを呼び出した。

「アヤメちゃん、リュウガくんがなにに焦っているのか教えてくれないかな?」

 昨年末の養成所の期末試験で行なわれたチーム戦でリュウガはステラの娘であるアイギスとチームを組み戦い、そして負けた。

 悔しい、勝ちたい、もっと強くなりたい。

 まだ諦めを知らない年頃ならばそういう感情が強いことにも頷ける。

 だが、最近の彼から感じるのはどうにもそういった意志だけではないように思える。

 もっとなにか切羽詰まったような……

「あの、私が話したこと若様には言わないでくださいね?」

 アヤメは暫くの間悩んだあと、ステラに秘密を守るよう約束を取り付けた。

「……そうね。今の様子見てると余計に気負いそうよね」

「えっと、どこから説明しましょうか……東部領の領主がどのように決定されるかはご存知ですか?」

 いつもより慎重に丁寧に言葉を選んで発するアヤメを見て、ステラはこの問題がリュウガの根本に関わるものであろうことを察する。

 ひょっとすると私にも……いや、私であるがゆえに解決できない問題かもしれない。

「なんだっけ、学生時代に習った気がする……確か一番強い人がなるんだよね?」

「あはは、おおむねその理解で間違いではないですが」

 どことなくあやふやな回答をするステラにアヤメも苦笑いを隠せなかった。

 東部領。

 魔神出現以降、観光地と居住地が徹底的に分けられ閉鎖的になってしまった地域。

 そのため魔界大陸で事実上の公務員にあたるステラでさえも東部領の内情をよく知らない。

 東部領出身のものから聞いた話をまとめてなんとなくぼんやりとしたイメージがあるだけなのだ。

 そんなステラに対しアヤメは次期領主を決める戦いについて丁寧な説明を始める。

 ・各派閥から代表者を一人選び出場させること

 ・代表者の年齢は15~20歳であること

 ・代表戦は一対一で行うこと

 ・代表戦の開催時期は現領主以外の派閥の合議で決定すること

 などなど、雑な言い方をしてしまえば『一番強いやつが次のトップな!』というものであった。

「聞いてる感じだと特に気になることはなさそうなんだけど」

 アヤメの説明を一通り聞いたステラは特にルール上の不備に思い当たるようなこともなく、漠然とそう返した。

 なんてことはない、できることをやるだけやって開催日に備える他ないとしか考えようがなかった。

 アヤメの次の言葉を聞くまでは。

「その、開催予定が一年早まりまして」

「そういうのありなんだ!?」

 予め決めていたであろう開催日を前倒しにして準備期間を減らすだけでなく相手にプレッシャーを与える。

 盤外戦術もいい加減にしろと言いたくなるような手法にステラも驚きを隠せない。

「なるほどねぇ、そりゃ焦るわけだわ。私だって同じ状況に立たされたらやばいなって思うもの」

 なるほど確かに、そういう真似をされれば私だって焦る。

 それでもどうにかできるのかと聞かれればどうにもならない、なるようになることを受け入れるしかないという結局は当人の内心の問題に行き着いてしまい、ステラは具体的な解決策を思いつけないでいた。

 ただそれでも、どうにかしたいと思うのが付き人のアヤメの心情である。

「ですが!今のままのペースでは……」

「壊れるでしょうね」

 無茶な訓練を続けてきた。

 誓って言うが、ステラやレイヴンがそうさせたのではない。

 むしろ彼自身の状況を鑑みて無理はさせないながらも最大効率で強くなれるような訓練を施してきたつもりである。

 きっと、いや確実にリュウガは目の届かない所で自主的な鍛錬を積み上げてしまっている。

 それは、バランスの悪い積み荷のように。

 いつか必ず彼自身の身体へと降りかかるのだ。

「どうにかならないのですか……?」

「要は同世代の相手に勝てれば良いんでしょ?」

「……はい」

「それならサニーに任せなさい。あの子の方が得意よ、そういうの」

 ステラは歯痒い思いをしながらもリュウガの処遇を自らの妹であるサニーに託す。

 彼の内心を他人がどうこうすることは出来ない。

 誤った判断の末、痛い目を見ることも時には必要なことなのかもしれない。

「分かりました。その……訓練の方は?」

「どのみち今日でおしまい。明日から養成所の試験準備だからね、こういう風に時間取れないの」

「面倒見れない間の訓練メニューは考えておいたから、アヤメちゃんにお願いするのは……」

「やり過ぎないように監視すること、ですね?」

「その通り」


 もうすぐ冬があける。

 その後に芽吹くものに致命的な瑕疵がないことを祈りながら。

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