第16話 打ち上げ
「入所試験お疲れ様でした!乾杯!」
入所試験が終わってその日の夜、私達―――桐子とアイギスとクロエとリュウガはサニーとナタリーに連れられて王都の食堂にやってきた。酒場も兼ねた大衆向けの食堂に見えるがサニーが言うにはこの店が一番オススメらしい。
「今日は私のおごりよ!いっぱい食べてね!」
元々一緒に夕飯を取る予定だった私とアイギスはともかくとして急遽参戦したクロエとリュウガの分まで奢る宣言を立てるサニーさん、太っ腹だなぁ。
「ねぇサニー、あたしたちで一山当てたからついでに奢ってやろうなんて考えじゃないわよね?」
「そ、そんなことないよ?クロエは倍率が低くて儲けが出ないなーなんて思ってないよ?」
試験会場で行われていた受験生の勝敗を対象にしたギャンブルに言及するクロエとそれを指摘されて弁明のようなそうでないような返答をするサニーさん。ギャンブル……なるほどそれでただの試験にしては観客の熱気が妙にすごかったんだ。
「それで?サニーはいくら儲けたのかしら?」
「年収ぐらいかな?アイギスと桐子がいい感じにつり上がってくれたのよ、えっへっへ」
私の試合も賭けの対象になってたんだ。というか自分で育てた教え子を送り込んでギャンブルで儲ける……八百長なのでは?
「みんな聞いた!?今日は高いメニュー頼みまくりなさい!すいませーん!魔猪のスモークハムくださーい!」
開始からテンションの高いクロエとサニーさん、初対面かと思ったらどうやら以前からの知り合いだったみたいです。
「そういえばクロエとサニーさんはどこで知り合ったんですか?」
「私の母親がサニーの友人だったのよ、生まれた頃からの付き合いになるわね」
なるほど、それなら友人のようなくだけた振る舞いも理解できます。でもそれなら娘の晴れ舞台と言えなくもないこの場に、古くからの友人に出会えるはずのこの場にその人がいないのはなにか理由があるのでしょうか?
「お母様は今はどちらに?」
「死んだわ。10年前にね」
過去に思いを馳せるような素振りも見せず淡々と答えるクロエ、対してサニーさんの方は未だに引きずっているなにかがあるみたいで。予期せぬものであってもこれはお祝いの席で出すべき話題じゃなかった。
「その……なんか……ごめんなさい」
「キリコが謝ることじゃないわ、もう10年も経つのにあの時こうしていれば~とかこの時ああしていれば~とかウジウジしてるこいつが悪いのよ」
「川魚の塩焼きを一つ。……10年前の西部領というと魔神教団の件か?」
リュウガが口を挟む。
「あら、東部に籠もりっきりのシノノメにしてはよく知ってるのね?」
「東部領が閉鎖的なのは認めるが報告書ぐらいは目を通してるさ、結局関係者を全員処分しても首謀者が見つからなかったんだろ?」
「そうね。あんがい東部領に隠れ……」
「それ以上は手が出るぞ、言いがかりはそこまでだ」
初対面のはずなのになぜか出会ったときからずっと喧嘩腰なクロエとリュウガ、お互い理由はないはずなのになんだか気に食わないらしい。なんなのそれ。
「トマトとチーズの冷製パスタ下さい。ところで魔神教団って一体何なんですか?」
魔界に来た初日に役所で情報提供を呼びかける広告を見た気がする。
「ちょっとサニー、あんたそんな事も教えてないわけ?魔神教団っていうのは……あれは、なんていうのアレ?」
「クロエちゃん……公式には魔神による破滅を望む人々ということになっていますね、教団というと少し語弊があるかもしれません。生おかわり下さい」
クロエの説明になってない説明を引き継いで解説するナタリーさん。
「教団と名前は付いてるけれど組織や施設があるわけじゃないのよね、おばあちゃんもあれ以来全然帰ってこないし。水棲魔物のソテー一つ」
「アイギス、心配しなくても母さんなら大丈夫。私より強いのなんてあの人ぐらいなものだから」
「お姉様、ひょっとしてまたセレスティア様に勝てなかったんですか?」
「そう、狩りに行ったついでにね。今回はかなり惜しいところまで行ったんだけどなー、銀閃を使ったら私が勝ってたのに」
「さすがに銀閃を使ったらセレスティア様もアークを出してくると思いますよ?」
「うぐぐ……それは勝てない」
リュウガが少しだけ眉根を寄せたような気がする。私の気の所為かな?それにしても私やアイギスを赤子同然にひねる人よりさらに強い人がいるの?ちょっと考えたくないなぁ。
「ところで狩りってなにを狩ってきたんですか?」
「そういえばそろそろ出てきてもおかしくないはずだけど……」
出てくる?ひょっとして食用のなにかを狩ってきたの?
「待たせたな。ご注文のドラゴンステーキだ」
コック帽をかぶっているものの料理人と呼ぶにはちょっとガタイの良すぎる男性がテーブルにステーキ肉の乗ったプレートを並べていく。肉、デカくない?一人一枚みたいな感じで並べられているが500gはありそう。私さっきパスタ食べたんだけど?
「遅いぞー、ケイシー」
「うるせぇサニー、テメェが仕込み中に突然ドラゴンを持ってくるのが悪い」
「でも久しぶりにドラゴン捌けて楽しかったでしょ?」
「まぁな」
料理を持ってきてくれたのはケイシーさん。後で聞いた話だけどサニーさんが養成所に通ってた頃の同期の友人だそうでサニーさん、リリーさん、ケイシーさんの三人組で色々とやんちゃしたのだとか。
「ドラゴンの肉……前に東部領に侵攻してきたのを討伐したことがあったが、あまりにも硬い肉でとてもじゃないが食べられるようなものじゃなかったぞ?」
「小僧、四の五の言わずにいっぺん食ってみろ」
「嘘だろ!?フォークも刺さるしナイフで切れる、これが本当に同じ生物の肉なのか?」
いちいち大げさな反応を示すリュウガをよそに黙々と食べ進める皆。私も頂いちゃいましょう、食べきれるかどうか不安だけど。
「うまい!」
叫ぶリュウガ、その反応にケイシーさんも満足げな表情をしている。実際美味しい。牛とも豚とも違う風味、強いて言うなら鳥に近いような、でも独特の癖というか旨味が強い。あとなんかすごく活力が湧いてくるようなきがする、そんなに早く消化されるはずもないので多分プラシーボだけど。
「疑ってすまなかった。どうすればこんなに美味く調理できるのか教えていただけないだろうか?」
「気になるだろう?ドラゴンは怒ると魔力を全身に回して身体を硬化させるだろ、一度硬化してしまうと首をはねても魔力が抜けるまで肉は硬いままなんだ。魔力が抜けるまで放置すると腐ってしまうし、魔力を強引に吸収するとなんの旨味もないパサパサした肉のなり損ないが出来上がる。連中を美味しく食べるには一撃で首を撥ねる、これに限る。なんていう魔物の狩り方からおすすめの調理方法をまとめた書籍『美味しい魔物』が今なら店頭で販売中だ」
途中まで真面目に説明してたと思ったら妙なレシピ本?の宣伝が始まった、ちょっと気になる。
「出たわね欠陥書籍、まだ売れ残ってるの?」
「おいクロエ、そういう事言うんじゃねぇって」
横からツッコミを入れるクロエ、話を聞いた感じまともそうな気がするんだけどなにがダメなんだろう?
「欠陥でしょ。サニーが狩りに行く前提で討伐方法を書いてあるんだもの他の誰が真似できるっていうのよ」
「リリーは大丈夫だったぞ?」
「あんたらを基準に考えたらダメなんだって……ところでドラゴンの血って残ってないかしら?」
「製薬用に卸す予定のがあるぞ、飲むのか?」
「少し頂戴、前から飲んでみたかったのよ」
呆れ果てたクロエが話題を打ち切りドラゴンの血に興味を示す。吸血はクロエにとって嗜好品みたいな扱いなのかな?今度聞いてみよっと。
ドラゴンの血の感想は私も聞きたかったんだけど、会食はこの後早々にお開きになった。
理由は……クロエが色々と乱れたから。
ドラゴンの血を飲んだ直後、後方に勢いよく倒れたかと思うと呂律の回らない舌で奇妙な声を上げ始めた。なにが起きたのかをいち早く察知したサニーさんが素早くクロエを抱きかかえて店外へ連れ出すとしばらくして店のすぐ近くから雷鳴が轟く。
クロエ……酔って魔法をぶっ放すとかめちゃくちゃ質悪いじゃん。
「悪酔いだな。あいつの親そっくりだよ」
「ケイシー先輩、こうなること知ってて飲ませましたね?」
「知るわけ無いだろう、なんとなく予想はしてたが」
なにかを懐かしむような目で眺めるケイシーとそれを咎めるナタリー、二人も未だに10年前に亡くなったクロエの母、ローザのことを払拭しきれないでいた。
久しぶりに出会った彼女の娘があまりにも似ていたから。
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