第15話 控室にて~邂逅~

 入所試験での戦闘終了後、試験が終わった受験生を隔離するための控室で白銀桐子は困惑していた。

「えーっと……もう一回言ってもらっていいですか?」

「だからキリコ、あなたの血を飲ませてほしいの!」

 同年代と思しき美少女、クロエ・シュヴァリエに人生で初めて経験する奇妙な要求を突きつけられていた。

 どうしてこうなったんだっけ?


 入所試験の試合が終わったあと桐子は試験を終えた人が集まる控室へ案内された、試験官の情報を漏らさないように要は試験における不正防止施策らしい。しかしながらただ待っているのも何だからということで試験会場で行われる戦闘の様子が見れるようになっている。

 桐子はアイギスの姿を探したが見つけることはできなかった、どうやら会場ごとに別の控室に案内されているようだ。

 その代わりに別の少女に声をかけられる、桐子より先に試験を終えたその人物は……

「はじめまして!私はクロエ・シュヴァリエ。あなたがキリコね?」

「えっと、はい、白銀桐子です」

 不運にも魔法が発現したのをきっかけに魔界にやってきて三ヶ月、ひたすらに訓練を繰り返してきた桐子は人付き合いの能力が著しく低下していた。これまでやってきたことと言えば戦闘訓練が全てで魔界の常識や文化などなにも知らないのである、無理もない。

「ひょっとして東部領から来た人?戦闘訓練はどこで積んだの?アージェント家とはどういう関係?血を吸ってもいい?」

 矢継ぎ早に質問を受ける。東部領……たぶん出身のことを聞いてるんだよね?流石に時間移動の話を含めると面倒になりそうなので、未来から来た曾孫ですなんてことは絶対に面倒なことになるから口にしない、正解じゃないけど嘘を言ってるわけでもない。

「出身は人間界です、訓練はサニーさんと七班の皆さんに、サニーさんとは遠縁の親戚筋らしいです。最後のは、えーっと……もう一回言ってもらっていいですか?」

 血がどうとか言われた気がする、吸ってもいいか?的な。なに?魔界だと喫煙の代わりに吸血が一般的な嗜好品なの?血液パックを人前で取り出すのはマナー違反だったりするのかな?

「だからキリコ、あなたの血を飲ませてほしいの!」

 違うこれ吸血鬼的なやつだ。熱烈ラブコールinファンタジーワールド、私からすればはた迷惑なリアルだけれど。

「え、えっと、なにかデメリットってあるの?」

「えーっと……血が減る?」

 そりゃあそうだろうね!吸われるんだから!そうじゃなくて吸血鬼的ななんかこうあるじゃん!眼の前にいるクロエが吸血鬼なのかどうかはわからないけど!などと逡巡しているとクロエが助け舟を出してくれた。

「人間界出身……あー、ひょっとして血を吸われたら吸血鬼になるとかそういう心配をしてるの?」

「それです!そういう心配をしています!」

「いまどきその認識はナンセンスがすぎるわ。同意も得ずに吸血、同族化なんて下手すれば家ごと潰されかねない大罪よ」

「それじゃあ、人間界に伝わる吸血鬼伝説って……」

 それが本当ならどうしてあんなことになってしまうのか?

「人間界に行く吸血鬼なんて大半は悪さして魔界にいられなくなって逃げ出した連中だからよ、ほんとろくでもない連中なんだから」

 なんというか予想以上に残念な事実を突きつけられてもやもやする。

「うわぁ……そういうことなんだ。でも、それなら私の血を飲んでもいですよ」

「ほんとに!?ありがとう!シュヴァリエ家の名誉にかけて最高の報酬を約束するわ!」

 パァッと満面の笑みに切り替わるクロエ、そのまま私に抱きついて首筋にガブリ。

「えっ!?ちょっ!?んんっ~!」

 まさか許可を出した直後に来られると思わないじゃん。それよりシュヴァリエ家ってなに?ひょっとしていい家柄の娘なの?

「ぷはぁっ!おいしい!やっぱり思った通りね!ねぇキリコ、これからも定期的にお願いしてもいいかしら?」

「えっと、無理のない範囲であれば?」

「ありがとう!キリコ大好き!」

 一旦離れたと思ったクロエがまた抱きついてきた、今度は横から。

 ほんとにどうしてこうなったんだろう、どうして?



 桐子がクロエに抱きつかれている頃、第一会場の控室でアイギスは困惑していた。

「アイギス殿!頼む!この通りだ!」

「あの、お願いですから頭を上げてください。他の人の目もありますし」

 今日が初対面のはずの男に土下座と懇願を受けるアイギスは一体どうやって事態に収集をつけようか悩んでいた。

 アージェント家につなぎを持ちたいのは分からないでもない、家の格はともかく保有する戦力で言えば魔界全体を見てもトップクラスだとは思う。戦力の大半はアイギスから見て叔母に当たるサニーと祖母に当たるセレスティアなのだけれど。

 ただ自身の眼前で未だに頭を下げ続けるこの男、アイギスと同じように受験生のリュウガ・シノノメは確か東部領の次期領主だったはずだ。こうまでして頭を下げる理由が思い当たらない。

 領地にかかわるような大きな問題であれば正規の手続きを踏んで家ごと呼びつければどうにでもなるはずだ。

 それをしないということはひょっとして個人的な問題なんだろうか?などと悩んでいると最後の受験生とともに係員が部屋に入ってきた。

「推薦組受験生の諸君、お疲れ様。これにて試験は終了だ、試験結果は翌日の昼頃に発表されるから各自で端末を確認するように。それでは各自解散!」

 結局、収集がつかないまま解散時間を迎えてしまった。このままにするわけにもいかないしとりあえずの提案をする。

「あの、この後家族で集まる予定があるので一緒に来ますか?」

「ありがたい!アイギス殿、恩に着る!」

 先が思いやられる、アイギスは容易に予想されるこれからの面倒事を考えて憂鬱な気持ちで帰路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る