第83話 会議室(王都)、アージェント邸
「魔獣愛護団体ぃ?」
真面目な会議中だというのに素っ頓狂な声を上げたサニーを咎める者は誰も居なかった。
それはつまり、会議に参加していた誰もが口には出さなかったものの、同じ事を考えていたからに他ならない。
魔獣。
魔神出現後にその存在が確認され出した、おそらくは魔物の一種だと思われるもの。その全身は黒一色に染まっていて一目で判別がつき、どういう訳かその全てが魔界の住人に対して強い殺意を持っている。
ハッキリ言って厄介この上ないのだが、全く利益がない訳でもない。
魔獣は死ぬと元の魔物の色合いに変化し問題なく利用できる。食用だったり、あるいは革製品や王芸品だったり、薬の材料にされたり、そういう風にして魔界の生活文化を支えている。
だがしかし、愛玩動物としてどうにかできるような物では断じてない。それ故に魔獣愛護団体なるものは筋の通らない存在を疑いたくなる代物なのだ。
「サニーくん、気持ちはわかるが落ち着きたまえ」
座席から立ち上がったサニーをリーゼロッテが嗜める。
「たとえどんな連中でも馬鹿をやる自由はある。その手の連中が手の込んだ自殺をするのは構わないが、民衆を巻き込むのは見過ごせない。ということで先手を打って叩き潰すことにした。これが現時点で確認している連中の拠点のリストだ。さて、誰が……」
実質的に魔界を統治する責任をになうリーゼロッテにとって、この手の問題は幾度となく経験して来た事である。そのリーゼロッテが叩き潰すと明言した以上は、件の団体は今の魔界では許容することが出来ない物なのだ。
排除することを決めたとはいえ、彼らですら曲がりなりにも魔界の住人であるはず。
「こういうのはウチの仕事でしょ?言われなくても分かってるわ。魔獣は退治、馬鹿な連中は……捕まえて来れば良い?」
少なからず汚れ役になってしまうであろう仕事を先手を取って引き受けたのは、サニーだった。
「そうだね、まだ情報を集めたいから可能なら捕まえてくれると助かるよ」
「分かった、早速動くよ」
ざっくりとした確認を済ませると、サニーは未だ会議中の部屋を一足先に抜け出そうとする。
「サニーくん、やる気に満ちているのは結構だけれどくれぐれも一人で先走ったり……」
「あれから何年経ったと思ってるの?頼れる仲間ぐらいちゃんといるわ」
「それは結構」
既に成人した子供に気を回す様な態度のリーゼロッテにサニーはあしらう様に応えて会議室を後にした。
「残りはいつもの定期報告だね。特筆すべき様なこともないから、各自報告書に目を通して気になる点があれば担当に問い合わせてくれたまえ」
特別な議題が終わってしまえば、後に残るは何の変哲もない、いつも通りの定期報告。
そんなものに長ったらしく時間をかけてやる義理もなく、リーゼロッテは素早く会議を締めくくる。
その途中で何かを思い出した彼女は、今まさに退室しようとしているステラを呼び止めた。
「そうだ、ステラくん。彼女を人間界に送ってくれないか?」
リーゼロッテが示した資料に記載されていたのは、キリコの治療のために魔界に連れてこられた理沙だった。
「よろしいのですか?」
つい先日、キリコ本人から一連の騒動の顛末を聞いていたステラは不安げに聞き返した。
キリコ自身の症状は一時的に治まったとはいえ、その原因故に再発しないわけではないのだ、もしもの時に対応できる人材を手放してしまうことに躊躇するのも当然と言えるだろう。
「緊急事態だから大目に見ていたが、ちょっと目に余るからね」
「かしこまりました」
とはいえステラとて魔界の治安維持に務める身の上である。
理沙が今までにやらかした事を思い起こすと、そう強く反論できるものでもないなと考え、リーゼロッテの指示を引き受けるのであった。
「それじゃあ改めて、解散!」
終わり際が妙に弛んだ雰囲気になってしまった会議を改めて締め直すと、リーゼロッテは会議室で誰にも聞こえることのない独り言を漏らす。
「まだ君を自由に行動させるつもりはないんだ。すまないね、サニーくん」
その言葉の意味するところが何なのか、知っているのはリーゼロッテのみである。
呼び出された武具商に向かうため朝早くに家を出たキリコが帰宅したのはその日の夕方、それも夕飯前ギリギリの時間であった。
武具商以外にも理沙の興味の赴くままに王都中央をくまなく連れ回されたキリコは心底くたびれた様子でアージェント邸へと戻ってきた。
「ただいまー」
帰宅を告げる挨拶もどこか間延びしていて元気がない。
「おかえり、キリコ。それ、どうしたの?」
そんな彼女を受け止めるように出迎えたアイギスは、キリコが持っていた棒状の物が入っているであろう包みを見て問いかける。
「んー、貰った?」
「どうして疑問系なの……」
「色々あったんだって、あとで話すよ」
だが、すでに疲労困憊で色々なものが面倒に感じていたキリコは、ひとまず一息つきたいという欲求を優先してその場の会話を打ち切った。
夕食後のゆったりとした時間に改めてキリコは武具商で遭遇した事の顛末をアイギスに語った。
自らの魔法に格納できなかった神様から譲り受けた槍を見せながら。
「なるほどね。それで、こう……」
アイギスは興味深そうに槍を見つめながらキリコの話を聞いていた。
キリコの話がどこまで事実なのかは分からないが、たしかに目の前の槍にはなんと言い表せば良いのか強烈な何かを感じる。
「アイギスも挑戦してみる?」
半ば夢中になっていたアイギスをキリコが唆す。
得意とする武器種は違えどほとんど共通の固有魔法を有している二人だ。
二人とも自らの内側に所有する空間、当人の感覚上にしか存在しない部分にオリジナルとなる武器を格納し、魔法によってそれらを複製する形で利用している。
無論、アイギスがその格納に成功してしまえばキリコはそれを扱うことができなくなる。
「いいの?」
「いいよ、たぶん無理だから」
せっかく譲り受けたはずの上等な武器を横取りするような形になっても良いのかと確認するアイギスに対し、キリコは挑発的な笑みを浮かべながら促した。
二度三度、挑戦した後でアイギスはその槍を手放した。
「……やっぱり駄目」
「でしょ?」
諦めて弱音を吐き出したアイギスにキリコは同意する。
「魔力の通りが極端に悪い……というか通らない場所があるの、今までのやり方じゃ無理ね」
アイギスは試行結果から成功に至らない理由に仮説を立てて言語化する。
そうしてみても、一体何をどうしたら成功するのかは検討もつかないのだが。
「やっぱりかー。まあ、振り回す分には困らないけど……」
一方のキリコも同じような結論には至っていたらしい。
もっともこちらは格納することを一旦保留して、普通の武器として取り回すことを考えていた。
「ところで理沙は?一緒に行ったんじゃないの?」
キリコが持ち帰ってきた槍についての話が一段落すると、アイギスはキリコと一緒にでかけたはずの理沙が帰ってきていないことに疑問を呈した。
「ステラさんに連れてかれた」
「えぇ……」
母であるステラから今日の帰りが遅くなる連絡をすでに受けていたアイギスだが、その理由を意外な形で知ることになり疲労感を感じた。
理沙とは先日顔を合わせたばかりのアイギスだが、方々の話を聞く限りではサニーに負けず劣らずのトラブルメーカーらしい。
アイギスはその夜、母の無事を念入りに祈ってからベッドに横たわった。
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