第84話 東部領〜人間界・黒峰邸
ステラはキリコを連れ回していた理沙を見つけると即座に捕獲し、そのまま東部領へと連行した。
理沙にしては珍しく従順に付き従ったのには訳があり、ステラを力づくで追い返すのが難しいことや、ステラがいわゆる軍属で彼女を追い払ったとしてもその先があると判断したためである。
黒峰理沙、極めて理性的で打算的で迷惑な女である。
そんな迷惑な彼女を目的としていた東部領で魔導列車から降ろすと妙なことを口走った。
「東部領でしたっけ?どうしてわざわざこんな所まで来たんでしょうか?」
「……?こちらに来る時にここを通ってきたはずでしょう?」
日本から魔界に連れてこられたならば、必ずこの東部領を通過するはずである。
ステラは理沙の発言の意図を読み取ることができずに聞き返した。
「初めてですよ、西部領に直接行きましたので」
「その話、ちょっと詳しく聞いても?」
理沙の口から発せられる常識破りの発言に対して詳細な内容を求めるステラ。
その内容を聞いていると次第に彼女の表情が露骨に曇り、歪んでいくのが見て取れた。
「……はぁ~、サニーはともかくリリーさんまで一緒になって何やらかしてるんですか」
ひとしきり内容を聞き終えた後でステラは深く重い溜息を吐き出すと愚痴をこぼした。そうでもしないとちょっと流石にやってられなかったから。
「アレやばいとは思ったけど、やっぱり駄目なやつだったのね」
『勘づいていたなら止めてくださいよ』と言いたくなる気持ちを堪えて、ステラは諸々の追加報告をリーゼロッテに投げる。
それからしばらくして彼女からの通話が返ってきた。
「ちょっと失礼……ええ、はい、分かりました。まったくもう、後始末をする人のことを少しは考えてくださいよ」
案の定、リーゼロッテから追加の指令を受けたステラは見るからに不機嫌であった。厄介者を引き連れて送り届けたその先で、さらなる厄介者を捕まえて連れて帰らないといけなくなってしまったから。
「真面目な人が大変なのはどこ行っても変わらないのね」
さすがに彼女のことが可哀想に思えた理沙はステラに労いの言葉をかける。
「……そのぐらいしか取り柄がありませんから」
かけた言葉の何に反応したのか、ステラの表情が一瞬曇った理由を理沙はついぞ知ることができなかった。
東部領にある魔界と人間界をつなぐゲートをくぐってからは、理沙の先導に従い黒峰邸へと向かう。事前にサニーから黒峰邸の場所を聞き出していたステラであったが、理沙を連行するような真似はしなかった。
当然だが、魔界には魔界の、人間界には人間界のルールが有る。
それを強引に無視するだけのトラブルが起きていなかったのが、ステラがそういう態度を取った理由であった。
「ただいま戻りました、お父様……って、なんですかその顔?」
黒峰の屋敷に到着し、父であり当主である徹心に丁寧な挨拶をする理沙を目にして、ステラは苦い表情をした。
これには頭を下げていたはずの理沙も思わず顔を上げる。
「いえ、姉さんもこれくらい丁寧な態度が取れると私の苦労が少しは楽になるなと思いまして……」
ステラの脳裏に浮かんだのは今もなお彼女に面倒事を押し付け続けているサニーの姿。
正直な所、ひょっとして故意にやっているのではと思わなくもない。
「ほう、似ているとは思ったがお前、あいつの血縁か。立ち話もなんだ、上がっていけ」
隠しきれない疲れた様子とため息まじりにこぼした愚痴に徹心が反応した。
ステラに興味を示した徹心は彼女を屋敷の居間へと案内する。
それからしばらくステラは、理沙を魔界へ連れて行った理由や、魔界での騒動の顛末などを説明するのだった。
実行時に本人の同意を得ているとは言え、実際にやっていることはほとんど拉致に近い。
それ以外にも理沙が魔界でやらかした事など、余計なトラブルに繋がりそうな事実を隠しながら喋るのは大変に精神が擦り切れるものだったと後にステラは夫であるレイヴンに明かしている。
そんなこんなで苦痛でしかない時間も終わり、残す所は形だけの挨拶である。
「この度はご迷惑をおかけしました。お詫びの品としてこちらをお納めください」
「頂戴しよう。菓子か、酒のあてにはならなそうだな」
ステラは持参していた手土産を渡す。
魔界で取り扱っている品には、いわゆる禁輸品の様な人間界への持ち込みが禁止されている物もある。魔法技術が組み込まれている物、魔力を保持している物、人間界の生体に影響をもたらす物、その他各種危険物など、移動時に持ち込めるものに関してはかなり厳しい制限が設けられている。
そういった厳しい基準をクリアしたのが今回ステラが持ち込んだ手土産なのだが……
「こちらの縁起物でして、不死鳥の幼体を模した饅頭です」
魔界において不死鳥は長寿繁栄のシンボルとして扱われている。
それを模したものを食べることによって恩恵を受けようという文化的背景らしい。
もちろん、そんな効能はないのだが。
「これ、人間界向けの土産には向いてないわ」
「儂は気にしないが、余計な火種にはなりそうだな」
だかしかし理沙や徹心の反応を見るに、どうみてもそのビジュアルからは権利的に危うい雰囲気が漂っている。東京や福岡方面からの視線が痛い。
「ところで、リリーはいませんか?こちらでお世話になってると聞いたのですが……」
自身の持ち込んだ手土産で悲惨な空気を作ってしまったステラは強引に話題を転換した。
彼女が抱えているもう一つの案件、リリーを魔界に連れて帰る事である。
サニーの話ではこの家に厄介になっているはずであったが、到着してから一度たりとも顔を合わせないのは流石におかしい。
不審に思って聞いてみると予想外の答えが徹心から返される。
「なんだ、聞いておらんのか。やる事ができたと言って山へ向かったぞ」
「山……ですか?どの辺りかお聞きしても?」
嫌な予感がステラの脳裏をよぎる、この後に及んでまた何かやらかすつもりなのだろうか?
「ここからだと結構遠いな。いまから向かってもおそらく入れ違いになるぞ、待っていた方がいい」
リリーが向かった先に急行しようとするステラを徹心が制止する。
「そうですか。では、しばらくこちらで厄介になります」
もとより土地勘のない地域であり、抵抗されることはないだろうがこれから対峙するであろうリリーが厄介なこともあり、ステラは徹心の薦める通りに黒峰邸でしばらく世話になることを決めた。
「構わん。その代わり、赤子の世話を頼めるか?」
「承知しました」
「何があったのか知らんが、穏便に頼むぞ」
「……善処します」
徹心の要望にハッキリしない答えを返すステラ。
今はただ、リリーと敵対関係にならないことを祈るのみである。
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