第82話 武具商(王都中央)

 キリコと理沙が西部領から王都中央へ到着したのは昨日の昼過ぎだったが、それから色々あって結局自由に動ける様になったのは翌日の事だった。

 二人は王都中央へやって来た理由である武具商へと向かっていた。

「行政の手続きってどこも時間が掛かるのね」

「それはだいたい理沙さんのせいです」

 道すがら昨日遭遇した行政への不満を垂れ流す理沙。

 まるで向こうの対応に問題があるような口ぶりの理沙だが、色々あった原因は間違いなく理沙当人にある。

 魔界への不当な侵入、行政に無断での長期滞在、おまけに役人への傷害事件。

 これらを問題視するなという方が無理がある話であるのは間違い無い、むしろ捕まらなかっただけマシとも言える。

 実際、拘束時間のほとんどは理沙に対する教育時間だった。

 魔界における一般常識から法令集を通した一通りのやってはいけない事まで、丁寧に分かりやすく。

 そんな状況だったのだから理沙の愚痴をキリコが冷たくあしらうのも致し方ない。

「こんなに理性的なのに?」

 とはいえ理沙だって人の言う事を聞かず、分別もなく暴れ回るような人物という訳でもない。

 むしろ本人が茶化して申告する通り、ここぞという時に武力を持って自身の行動を押し通す大変に理性的な人物である。

「理性的に暴力を振るうから尚更タチが悪い」

「話し合いを押し通す野蛮な連中よりマシだと思うけど?」

「……どう答えてもババを引くやつじゃん」

 結局、我を押し通すのに用いられる手段が違うだけで碌でもない人物である事に変わりは無いのだが。

 店が近づくにつれ、明らかに理沙の機嫌が良くなっている。

「それにしても武具商ですか、とても楽しみですね」

「なんか私よりも楽しみにしてません?」

 いい歳した大人がここまで露骨に上機嫌だとむしろ不安な気持ちにさせられる。

 呼び出された当人であるキリコは、昨夜のうちに一通りの記録と記憶を遡ってみたものの、代金の未払いや武具の発注記録などもなく、一体どうして呼び出されたのかモヤモヤとした心持ちでいるというのに。

「当然です、日本ではそれなりに面倒ですから」

「聞かなかったことにしたい」

 いい笑顔で応える理沙を見てキリコは『この人を連れてくるべきではなかった』と結構強めに後悔した。

「しばらく物色してるねー、終わったら呼んでー」

 店に入って早々、理沙がキリコを放って店内を物色し始めた。

 キリコの保護者として同行していたはずの彼女だが、あまりのマイペースっぷりにキリコは理沙の行動を修正するのを放棄した。

 ぶっちゃけめんどくさい、どうにでもなれ、自分に何かあったら流石に駆けつけてくるだろう。というのがキリコの思う所である。

「キリコか、よく来てくれた!早速だが鍛冶場の方で師匠が待ってる。そっちへ向かってくれ」

 呼び出された武具商に到着して早々、店主に鍛冶場へと送り出される。

 今でこそ武具の卸売として王都内で確固たる地位を築いているこの店、元々は現在の店主が立ち上げた鍛冶屋であった。

 魔神の襲撃で被災した後、北方山間部の孤児院で鍛治について学び、復興後の王都で小さな鍛冶屋を立ち上げたのがその始まりである。

 師が良かったのか、店主の腕が良かったのか、はたまた運に恵まれたのか、いずれにせよ小さな鍛冶屋は大店の武具商へと成り上がった。

 それでも未だに山奥でひっそりと鍛治に勤しむ師匠に頭が上がらないのは、かつて教えを請うた鍛治の腕で師匠を越えられていないと自覚しているからなのだろう。

 かくして類稀な才覚を持つ店主が作り上げた大店は店主の師匠が興味を持ったキリコを呼び寄せるための場として利用されるのであった。


 燃える炎、赤熱する金属、鍛治というのは対話の場所だと誰かが言っていた様な気がする。

 しかし、槌の音は一向に響く事がなく。

 それが対話に不要な物だからなのかは人の身には解る筈も無い。

「頼むから妙なもの作ってくれるなよ?」

 一心不乱に武器になる前のそれと向き合う女に横槍を入れるのは、本来その鍛冶場を借りたはずの男だった。

 その心根にはせっかく自分が借りたはずの場所を奪われてしまった事に対する恨みなんかも含まれていたかもしれない。

「失礼だな小僧、未だに私の権能が信じられんのか?」

 対する女は男のちょっかいに反応しつつも手元に意識を向けている。

 赤熱する金属を曲げたり延ばしたりしながら徐々に形を望む方向へと整えていく、炎と金属と女の素手、明らかに人の業とは思えないそれは不気味を通り越していっそ神々しさすら感じさせる。

「逆だよ!お前が本気で作ったものなんか市場に流せるわけねぇだろ!」

 神が戯れに作った逸品など市場に軽々しく流して良い物ではない、その事を男は身を持ってよく知っている。

 なにしろ男が鍛治を学んだのは目の前で武器を作っている女を模した人ならざるものだったのだから。

「市場に流さなければよいのだろう?」

 興に乗った神の戯れなど人一人の想いで止められる様な物ではない、男の忠告を意図的に曲解し無視する女の浮かべる笑みはひたすらに狂気的で不気味であった。

「……寒気がする」

「風邪か?」

 久しぶりに目にした己が師の狂気に当てられて寒気を覚える男にどこかズレた指摘をする女。

 人が神と同じ視座に立てない様に神もまた人と同じ視点を持ち得ない。


「鍛冶の神って男だと思ってました」

 見入っていたのか見入られてしまったのか定かではないが、キリコがふと何かを思い出したかの様に口を開いたのは彼女が鍛冶場に入ってからしばらく後のことだった。

 無意識に出てきた言葉の意味を後から把握したキリコは思わず口を閉じた、閉じたところで発した言葉が消えてなくなる事などないのだが。

 まるで場にそぐわないキリコの発言に、先ほどまで赤熱した金属を素手で弄んでいた女が応えた。

「棒を入れて、熱く溶かして、生み出す。これが女神の領分でなくてどうする!」

 なにやら言い回しに妙なものを感じるが、堂々と胸を張り答える女の言い分から察するにどうやら神であることは間違いではないらしい。

 甚だ妙な心地ではあるが、キリコは少しだけ安心した。

「ふざけてないで本題に入れ。時間、残ってないんだろ?」

 先程から女の作業を見守りつつも口を出していた男、状況を察するにおそらくキリコをここに呼んだ張本人が奇妙に弛んだ場の空気を締めなおした。

「キリコとか言ったな、小娘。お主にコレをやろう」

 急かすような男の発言に押される様にして、女は先ほどまで手元でいじり回していた武器をキリコに押し付けてきた。

「えっ、ちょっ、いきなりなに!?」

 細く長く、それでいて棒状の武器、改めて言い直すまでもなく槍である。

 華美な装飾はないが、さりとて安っぽく見えるわけでもない。

 むしろ力強そうな、それでいて底の見えない沼のような気味の悪さも感じる。

「ではな!また会える時を楽しみにしておるぞ!」

 特段説明というものもなく物騒なものを押し付けられて慌てるキリコをよそに、その得物を創り出した当人であるはずの女は、一方的な別れを告げると炎の様に燃え上がり消えてしまった。

「貰っていいなら貰うのだけれど……いいの?」

 半ば強制的に押し付けられた槍を手にしたまま、キリコは鍛治師の男に問う。

 男は自らが信奉する神の後始末をするべく、経緯を語り出した。

 以前にキリコが湖から武器を借り受けたこと、それが先ほどの彼女とは別の神によるものだったこと、それを知った鍛治の神が自らが創った武器をキリコに持たせようとしたこと、などなど……

「……とまあ、そういう訳なんだ。受け取ってもらえるか?」

「そこまでいうなら……あれ?」

 自分に目をかけてくれて想いを込めて贈られたものならば、受け取らないという選択肢はない。

 ここで受け取らなかったらもっと厄介な目に遭いそうだと思わなかったわけではないが、キリコは自らに贈られた槍をいつもの様に魔法を使って収納しようとして、失敗した。

 一瞬間を置いて、キリコは思考を切り替える。

 ちょっと面倒だけれど持って帰ればいいのだ。

 気になることはあるけれど、なにも問題はない。


 鍛冶場を出て、武具商に戻ったキリコに理沙が素早く縋りついた。

「キリコ、お土産に一本……」

「買わないよ!持って帰れないでしょ!?」

 武器をねだる理沙に対してキリコはこの日何度目かは分からないが、またしても頭を抱えた。

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