第81話 備品庫(王都)、???
「改めてやるとこの作業怠いわ」
独り言が倉庫に響く。
その主であるサニーはいわゆる職業軍人である。
魔界の治安維持のために居住区の外から押し寄せる魔物を討伐したり、ごく稀に現れる犯罪者を締め上げたり、それら諸々に付随する業務が彼女の仕事であり、その中には備品の管理などもある。
元々サニーの仕事ではなかったのだが、東部領の一件で嫌な予感を覚えた彼女は担当者にちょっと無理を言って変わってもらった。
担当者は面倒な仕事が減ってハッピー、私は疑念を解消できてハッピー、というのがサニーの言い分だが傍から見れば怪しい事この上ない。とはいえ秘密裏に解消したい疑念の為にやるべき在庫管理に手をつけていくのであった。
「目当ての物までまだだいぶあるんだけど……一人でやらなきゃ良かった」
始業と共に作業を開始して既に4時間弱、ようやく折り返し地点を迎えた照合用のデータを手にしたサニーに空腹感と共に軽い後悔が押し寄せる。
「予感が外れてくれると良いんだけど……」
作業に区切りを付け、昼休憩を取るために倉庫を離れようとするサニーの前に一番出会いたくない人物が現れた。
曲がりなりにも魔界の王として君臨するリーゼロッテである。
「おや?サニーくんじゃないか。自ら倉庫整理を買って出るとは感心感心」
どうしてコイツは人の神経を逆撫でするような言い回しばかりするのか?
もう何度か切り捨てて解らせてやるべきだろうかと思うサニーを押し留めたのは先日のスカーレットとの会話だった。
『魔王リーゼロッテはサニーに切られて行方不明になる』
不吉な予言めいたそれを元に考えを修正して、サニーは思い切り不機嫌な表情で応えた。
「こんな所にまで出張ってきて、暇なの?」
言外に含むのは『とっとと帰れ、お前が暇かどうかは聞いていない』という意思。
だがそれは無情にもあっさりと無視される。
「暇なわけないじゃないか、今日もやる事が盛り沢山だとも。だからそれはもう獅子奮迅の勢いで業務を消化して、こじ開けた時間にやって来たというわけさ、こんな風にね」
大袈裟な身振りを交えて一方的に話を進めるリーゼロッテ、まるで大勢の聴衆に向けて語りかけるようなその様は一体何なのだとサニーは思う。
「それで?わざわざ時間を作ってまで何しに来たの?」
「重要な、とても重要な事だよサニーくん。君を……からかいに来た」
念押しするかのように繰り返した前置きから続いた全くもって無意味な発言にサニーの堪忍袋は粉微塵になった。
「手伝わないなら帰ってくれる?」
「おおう、怖い怖い。倉庫を地の海に沈める訳にもいかないからこの辺で失礼するとしよう」
結局今回もサニーが銀閃を突きつけてリーゼロッテを追い返すのであった。
「何がしたかったのよ……」
愚痴をこぼしながら食堂へ向かうサニーの背中が煤けて見えたのは倉庫の埃のせいだけではないだろう。
その後、サニーが目当てにしていた備品のチェックに取り掛かったのは終業間近の頃であった。
記憶の片隅に引っかかっていたそれの意匠を確認するとサニーはため息をこぼす。
「当たってほしくない予感だったんだけどな……」
最悪の予想に繋がってしまうそれをあるべき場所にしまうとサニーはどうか外れてくれますようにと心の内で祈りを捧げるのであった。
一方その頃、王都から遠く離れた地で、配下から報告を受ける男が一人。
「そうか、東部も対処されてしまったか」
男は忌々しげだが落ち着いた様子で感想を口にする、報告を受ける前からある程度結果を予想していたからかもしれない。
「やはり素体が上物でも死んでいては効果も半減といった所か」
実験を兼ねて東部領で使用した素体は領主の息子であった。
他領にいてもその優秀さは耳にすることが多く計画の障害となるかと思われたが、弟を守るために命を投げ出したと報告を受けて呆気にとられた事を覚えている。
実験用の素体の選定に難航している時に奇妙なツテでその遺体が手に入った。
もっとも遺体として引き受けたそれにすでに肉体はなく骨だけの存在であったが、今なお男が手にしている秘宝の力を持ってすれば生前の姿を呼び戻す事など造作もない。
かくして東部領の平穏な存続を誰よりも願った男は、自ら騒乱の原因となってしまった。
「中央のアレはどうなった?」
知ってか知らずか彼の想いを踏み躙った男は計画の続行に向けて思考を切り替える、そこに自らが利用した人の想いなどまるで無いかのように振る舞いながら。
「隠蔽は滞りなく、既に制御化を離れています。解放しますか?」
東部領での実験を済ませた後、並行する形で中央にも種を蒔いてきた。
配下の話ではすでに一定の成果を見込める様子だが、先んじて手を回そうとする配下を男が制止する。
「いや、まだだ。面白い情報が入ってきてな、ヤツが近くに来るかもしれん。解放はそれまで待て」
「そこまで持ちますかね?」
制止を指示する男に対し、配下が疑念を口にする。
現時点で既にアレの能力は予想を遥かに上回っており、このままではアレの隠蔽に携わる自分達にも被害が出る事が容易に想像がつく。
もしかすればそれ以上の事態に発展するかも知れない。
「持たせるんだ。何をやっても構わん、くれぐれも英雄様にだけは見つかるんじゃないぞ」
しかし男はその予想をなかった物として捩じ伏せる。
男が警戒しているのはただ一人、たった一人で魔神を斃した英雄だけ。
「かしこまりました」
明らかに無理がある男の指示だが、配下は首を縦に振ることしかできない。
男の手に力をもたらす秘宝が握られている限り。
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