第80話 墓前(東部領)

 リュウガは探していた人物を見つけるとその背後から声をかけた。

「やはりここに居たのか、義姉さん」

 だが声をかけられた人物は振り返らない。

 耳を伏せ、尻尾を力なく垂らしたまま、墓前に祈りを捧げている。

 女は振り返ることなく言葉を紡ぐ。

「それに応える権利はもうありませんよ」

 二人の間に重苦しい空気が漂う。

「俺がそう呼びたいんだ。駄目かな?古都子義姉さん」

「それはずるいですよ」

 リュウガがそう問いかけると、古都子は涙を浮かべて答えた。

 もう二度と戻らない、ずっと続くと思っていた幸せだったあの日々に思いを馳せながら。


 二人は兄が眠っている墓を離れて、近くの休憩所に腰を下ろす。

 古都子が落ち着くのを待ってリュウガが口を開いた。

 あの日からずっと心に引っかかっている、兄の死の真相を聞き出すために。

「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」

「分かりました、お話ししましょう。いままでの事、そしてこれからの事を」

 そうして古都子はゆっくりと語り出した。

 誰よりも優秀だった兄が、リュウガを生かすために死んだ、その理由を。

 古都子もリュウガの兄と同じように幼い頃からその才覚を見出された人であった。

 占事を得意とする彼女の血族には稀に古都子のようなとんでもない才覚を持って生まれる者がいる、その結果が未来を見るという能力だった。

「あの頃の私は愚かでした。未来を知れば避けられぬ凶事などないと信じるくらいには」

 後悔と共に吐き出される言葉にリュウガは心の内で異を唱える。

 もし仮に自分が同じ能力を持っていたならば、同じ事を考えるはずだと。

「あの人との婚約が決まったその日から東部領の未来を占うのが日課になりました。いずれ背負って立つことになるのですから、それが正しい行いだと信じていました」

 それはそうだろう。己の能力を持って自領に尽くそうとするのはむしろ理想的とすら思える。

「ある時、崩壊していく東部領を見るまでは」

 あんな事になるのなら未来など見えなければ良かったのに。

 想いを吐き出しているはずなのに、心がどんどんと重く締め付けられていく。

「どうにか避けられないかと繰り返し何度も未来を見ました。結果はなにも変わりませんでしたが」

 仮定の未来とはいえ悪夢のようなそれを繰り返し見続けるのは相当に堪える。

「もっと早く自分に目を向けるべきだったのでしょう。隠していたつもりでしたが、日に日に憔悴していく私にあの人が気づくのは時間の問題でした」

 あるいは気づかれなければ別の現在もあったかもしれない。

 だが、そうさせないくらいにリュウガの兄は優秀で優しかった。

「全部話してしまいました。最悪の未来も、それを回避する唯一の手段も」

 そうして今があります。

 たったそれだけを口にすると古都子はしばらく口を閉じた、そこから先を口に出せば泣き崩れてしまいそうだったから。

 あの人が選んだとはいえ、その選択肢を提示したのは私で、その責任は私にあるのだから。

「本当に兄上は死ぬしか無かったのか?」

「あの人が生きていたとして、あなたが表立って活動することを領民が認めたでしょうか?」

 兄を惜しむリュウガに対して仮定を提示する。

「……ないな。そういうことか」

 しばらく考え込んだ後、リュウガは古都子の言わんとする事を理解した。

 記憶の中で美化されている可能性もあるかもしれないが、リュウガの兄はそれは圧倒的に他を寄せ付けない程に優秀だった。

 それこそ、父の存在が霞んで見えるくらいには。

 故にリュウガに日の目が当たることはなく、東部領はその気質もあってさらに閉鎖的に。

 他領で起きた騒乱が取り返しのつかない所まで拡大した後、魔界に唯一残っていた東部領は飲み込まれるようにして消えて行く。

 どれだけ関係性を絶ったところで地続きの大陸、それは避けられない未来なのだ。

「あの人は自身よりも領民を選びました」

「そういうことだったのか。辛い思いをさせてすまない」

「お互い様ですよ」

 敬愛する兄を、親愛するあの人を失った。

 誰かに悪意があった訳でもなく、生き延びるのに必要な能力がなかった訳でもない。

 可能性をあげるならば、生まれた場所と時代に恵まれなかった。

 惜しんだところで何かを得られる事もない、それでも残された人は故人を惜しまずにはいられないのだ。


 十分に時間をかけ感情と現実に折り合いをつけるとリュウガが口を開いた。

「それで、俺は何をすればいい?」

 未来へ進む意志、兄の死への疑念がなくなればリュウガに残っているのは東部領を率いる者としての覚悟とも呼べるそれだけだ。

 兄の命を対価に得られた可能性、それを少しでも現実に近づけるべく。

「サニー・アージェントと縁を、そして彼女の支えとなってください」

「あれに支えが必要か?」

 意を決して問うたリュウガに返ってきたのは、思わず聞き返してしまうような予想外の内容だった。

「その時が必ず」

「わかった」

 あれに解決できなくて自らに助けを必要とする事態というのがリュウガには思いつかなかったが、それでも古都子がそう言うのであればきっとそれは起こり得る事態なのだろう。

 だから、今はただ決意だけを胸に前へ進もう。

「ところで、乱入してきたあの娘はリュウガくんの彼女だったりしますか?」

「アイギスか?養成所の同期ではあるが、それだけだぞ」

 色恋沙汰を聞き出そうとニヤついた顔で問いかける古都子にそっけなく返すリュウガ。

「本当に?義姉としてはその辺気になるんですが?」

 リュウガの態度に何を見出したのか、ニヤけた表情を隠そうともせず詰め寄る古都子。

「何もないって言ってるだろ!……まあ、欲しい人材ではある」

「あらあら」

 リュウガは観念して本心の一部を吐き出した。

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