第79話 魔導列車(西部領→王都中央)

「いやー、無事に出発できてよかったですね」

 西部領から王都中央に向かう列車の中、理沙が道中に起きたトラブルを振り返っていた。

「原因は色々あるにせよ、問題を大きくしたのは理沙さんでしょ?」

 トラブルの原因は理沙にある、それを大きくした原因も理沙にある。

 魔導列車に乗って移動する際、他領へ向かう場合は身分証の提示を求められる。

 領地同士で争い事が多かった時代の名残で今となっては厳密なものでもないのだが、それでも形式的に身元の確認があるのだ。

 キリコを助けるための緊急事態だったとはいえ、密入国に近い形でやってきた理沙には身分証がなかった。

 後から発行する手段もあったのだが、提示を求められるまですっかりその事が頭から抜け落ちていたというのが正しい。

 こうして出来上がったのが身分証もなければ入国履歴ない人間界出身を自称する不審人物である。

 窓口で止められてしまうのも当然と言えよう。

 事情聴取のために別室へ連れて行かれた理沙だが、その退室は異様なほど早かった。

 密室になるや否や聴取の担当者を素早く絞め落として気絶させ、平然とした顔で出てきたのだ。

 そのまま素通りしようとする理沙をキリコがどうにか宥めてその場でクロエに連絡、彼女は西部領領主の肩書でもって理沙の身元保証人を引き受け、身分証を仮発行することでどうにか無事に収まったのだ。

「国家が私を守らないなら私だって国家のルールに従う必要はありません」

 胸を張ってそんな事を言い放つ理沙にキリコは頭を抱えた。

「私の保護者で同行してること、忘れてませんよね?」

「名目上はね」

 悪い笑みを浮かべてそう答える理沙に、どうして私の周りの大人達は揃いも揃ってロクデナシなのだろうとキリコは自身の生まれを呪った。


 それからしばらくして、キリコ自身のことに話が及んだ。

「そういえば、キリコはいつから魔法が使えるようになったの?」

 話を向けられてからキリコは自身の身の上についてろくに話をしていなかったことに気づいた。

 修行に掛かりっきりで話をする余裕がなかったといえばその通りなのだが、説明したことといえば、未来から来たこと、魔法が使えること、黒峰の教えを受けていたことぐらいだろうか。

 なんならそれらの話題すら理沙に問われて初めて口にした程度であった。

「ええっと……だいたい2年前です」

 記憶を振り返り自身が初めて魔法を使ってしまった日のことを思い出して、キリコは少し憂鬱な気持ちになった。

 友人を刺した記憶なんて忘れられるはずもない。

「それ以前はまったく使えなかった?」

「使えることすら知りませんでした、両親もそうです」

「そう……」

 落ち込んだ様子を隠さないキリコに対して、理沙はどうにもなにか別のことを考えている様子であった。

 彼女が得られた情報を元に頭の中でパズルを組んでいる間、重苦しい時間だけがただ経過していく。

「……あの」

「……どうにも腑に落ちない」

 良心の呵責に耐えかねたキリコと推論を組み上げた理沙が言葉を発するのはほぼ同時だった。

 タイミングが重なったことに顔を見合わせた二人だが、何かを察した理沙がキリコに先手を譲った。

「……私、人を刺したことがあるんです」

「それで?」

 キリコの意を決した告白に淡々とした答えを返す理沙、あまりに浮世離れした感覚にキリコのほうが呆気にとられた。

「驚いたりしないんですか?」

「驚く訳ないでしょ、どこでも武器を取り出せて五体満足な人間が事故にしろ故意にしろやってないはずがないでしょう?起こり得る事が起きた、それだけ。それで、どうなったの?」

 能力がある、可能性がある、起こり得る事が起きて何がおかしなことがあるものか、そう断言するかのような理沙にキリコは少しだけ勇気づけられた。

 そうだ、私の友人は謝れとも金を出せとも言わなかった。

 二人の間にあったのはもっと根源的な武人としての欲求。

「再戦を約束しました。今度は全部ありでやろうって、次は負けないって宣言までされて」

「なんというか、変なのに目をつけられたわね」

 実はその相手があなたの孫なんですとは最後まで言えなかった。


「一体何が腑に落ちないんですか?」

 自身の心中に折り合いをつけたキリコが話題を切り替える。

「魔力」

「へ……?」

 理沙が示したのはこの世界の根幹、もはやキリコにとって当たり前となった魔力そのものだった。

「詳しく教えてもらってもいいですか?」

 当たり前のようにそこにあって、それがあるが故に魔界が存在している。

 あまりにも核心的な部分に疑いの目を向ける理沙に対してキリコは思わず居住まいを正した。

「魔力と気は相反するエネルギー、これは間違いない。キリコは最初両方を体内で扱おうとして自傷したし、訓練中にも確認したからこれは正しい」

「じゃあ何が引っかかってるんですか?」

 理沙の説明にキリコは頷き、改めて聞き返す。

「あの手錠……というより魔力の流れ自体かな、魔力は体の内側から外に向かって流れるって話だったでしょ?」

「そうですね」

 一つ一つ確認するように言葉を積み上げていく理沙に同意するキリコ。

 確かにそうだ、魔力は体内にあるらしい魔石から体の末端に向けて流れている。

 そのことはキリコ自身が身をもって実感している。

 今だってそうだ、だけど。

「あの手錠がそれを阻害するものなら体の内側から手錠までは魔力が流れていないとおかしいはず。でも、そんなことはなかった」

「言われてみれば確かにおかしいかも?」

 改めて問われると何かがおかしいような気もする。

 魔力が体の内側から出てくるものならば、両手に輪っかをはめた程度でそれを塞き止めることが出来るのだろうか?

 だが手錠をつけていた間、魔力を一切感じられなくなったのは確かなのだ。

 何かがおかしいような気もする、だが確証が持てるわけではない。

「嘘なのか間違った認識が広まっているのかは知らないけれど、たぶんそこに気と魔力の両方を扱う方法があるはず。注意して探ってみなさい」

 迷い悩むキリコに理沙は一つの道を示した。

 推論が外れている可能性もある、実践にも危険がついて回るだろう。

 それでも力を求めるならば、そこを乗り越えなければならないことは明白だ。

「分かりました、頑張ります」

「よろしい。それじゃあ、私の子供が魔法を使えるようになった時はよろしく頼むわね」

「えっ!?」

 覚悟を決めて答えたキリコに、理沙はとんでもない条件を突きつけてきた。

 いい年した大人に子供が居ることは何も不思議じゃない。

 だけど、どうして黒峰の血筋で魔法が使えるなんてことが起きるのか。

「ただで教えてくれる親切な人なんていないのよ」

 理沙がその疑問に答えることは最後までなかった。

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