第19話 養成所初日

 週が明け、短い休暇が終わり、養成所の入校日がやってきた。

 これから始まる寮生活に必要な衣服や日用品を詰め込んだトランクを引っ張りながら養成所へと向かう。必要なものは購買部でも買えるのでやろうと思えば手ぶらで向かうことも出来なくはないらしいんだけど、流石にそんな剛の者はいたことがないみたい。

 あと、外観より多くの荷物が入ったり重量が不思議と軽くなるトランクもないんだって、魔力を利用して浮遊するものはあったんだけどね。ちょっと物欲をそそられたけど結局質量が変わらないからタイヤ付きのモデルよりちょっと楽かな?程度の違いしかなかった、残念。

 養成所に到着すると荷物を寮行きの貨物便に預けて入所式へ、その後クラス毎に分かれて初回の説明、入寮の流れらしい。


 入所式の会場に到着するとすでにそれなりの人数が集まっていた。座席数をざっくり数えた感じ同期の人数は100名余りだろうか?この内何人が特別クラスに振り分けられているのかはちょっと気になる。

 予定していた時刻になり入所式が始まる。養成所の所長の挨拶やら来賓からの祝辞やら新入生代表の挨拶やらそれっぽいことが行われたのだが、魔界に来て3ヶ月、そのほとんどを戦闘訓練に費やした白銀桐子は『なんかそれっぽいことをやってる……知ってる人ロクにいないしとりあえず周りに合わせておこう』という気持ちでいっぱいだった。新入生代表も学科試験のない推薦組ではなく一般試験組のトップから選ばれるのでこれもまた桐子にとっては『なんか知らない人がそれっぽいこと言ってる……』という印象でしかなかった。


 そんなこんなで入所式も終わり、特別クラス初回の顔合わせと説明会へ。同じく特別クラスに振り分けられたアイギスやクロエと一緒に教室へ向かう。

「やっぱりあんたらも特別クラスか、よろしくな」

「やっぱり出たわね、シノノメ」

 出会い頭に喧嘩腰になるクロエ、なんなのこれ?

「出会って即喧嘩売られる理由がわからねぇ、一体俺がなにをしたんだよ……」

「なんとなく気に食わないのよ」

「八つ当たりじゃね―か!」

「そうよ!なにか文句ある!?」

「文句しかねぇわ!」

 どうしようもない理由で騒ぐ二人を放っておいて席につく、座席に名札とかは見当たらないので多分自由だと思う。しばらくして特別クラスに振り分けられた生徒が揃う。私とアイギス、クロエ、リュウガと一般試験から成績上位者6名の計10名……学科試験込みの成績上位者ってひょっとすると私より優秀なんじゃないの?などと桐子は思ったが、魔界の一般常識が欠落している桐子と比べれば誰だって優秀である。


 生徒が揃ってからさらにしばらく時間が経って。

「教官来ないね?」

 言葉にしたのは誰だっただろうか、その場にいた誰しもがそう思っていた。

 予定表を見る限りではすでに初回の説明会が始まっているはずの時刻になっている、なにかトラブルでもあったのだろうか?

「アイギス、親のツテでなにか連絡取れないかしら?」

「その必要はないみたいよ?」

 現状の打破を試みようとするクロエとそれに答えるアイギス。言われて耳をすませばなにやら教室の外が騒がしい、なにかを引きずる音と声……これは説教?

「今日付で特別クラスの担当になったサニー・アージェントです!よろしく!」

「お姉様の嘘つき……今日はデートの約束だったじゃないですかぁ……」

「こんな仕事が入るとか思ってなかったんだからしょうがないでしょ、いい加減にしなさい」

「だってぇ……」

 腰に抱きついたナタリーを引きずりながらサニーが教室に現れる、なにこれ。

「これから3年間、徹底的に鍛えてあげるから気合い入れてついて……」

 アイギスとキリコの脳裏によぎるここ3ヶ月の訓練の記憶、特に最初の2ヶ月半。二人は特に示し合わせることもなく教室からの逃亡を図る。

「逃がすわけ無いでしょ」

 サニーに首根っこを捕まれ逃走劇は始まる前に終了した。

「あんなの3年も続けたら死んじゃいます!」

 逃走には失敗したけど抗議はする、それで訓練が軽くなるかどうかは分からないけれど。

「大丈夫、あれよりだいぶマイルドだから」

「本当ですか?」

「ほんとほんと、サニーさん……たまに嘘つく」

「信じていい部分が何一つない!」

 訓練中の事故で死人が出る、二人はそう確信した。


「さて前置きはすっ飛ばして3年後、養成所を出た君たちは魔物を駆除したり魔神の脅威に備えたりするわけだけれど、この中で魔物を実際に見たことある人は?」

 教壇に立つサニーが問いかける、魔物は列車の中からだけど見たことある。列車に巻き込まれて死んでいく魔物を見たとカウントしていいのかどうか微妙だけれど手を挙げる。周りを見るとアイギスとクロエ、リュウガはもちろん入所式で代表の挨拶をした主席ともう一人が手を挙げていた。

「ひーふーみー、6人かー。あとの4人は見たことないのね。よし!それじゃあ見に行きましょう!」

 勢い良く教室の窓から飛び出すサニー、その勢いのまま建物の屋根を飛び移って移動していく。

「各自私のあとに続いて城壁の上まで移動!ナタリー!人数分の望遠グラスよろしく!ついてこれない人はナタリーと一緒に来ること!」

 2つ先の建物の屋上から指示を飛ばすサニー、だいぶマイルドとは一体何だったのか問いただしたい。

「先に行くわ!」

「クロエ様、お供します」

 腰からコウモリにも似た翼を生やし窓から飛び立つクロエとそれに付き添う主席。そっかー、吸血鬼って飛べるのかー、ずるじゃん。

「若様、お先に失礼します」

「ああ、気をつけてな」

 こちらは肩のあたりからカラスのような翼を生やし飛び立つ少女、リュウガと親しいみたい。というか空飛べる人多くない?

「キリコは無理しないで」

「え?うん」

 軽く助走してから飛び出すアイギス、明らかに飛距離が足りず落下するのではと心配になったが、次の瞬間盾に乗って空を飛んでいた。なにそれ、盾ってそういう使い方をするものだっけ?

「さてキリコ嬢、飛べない俺達は残されてしまったわけだがどうする?」

 リュウガに問われる。これはきっと『仮にも推薦組で受かったのだから失望させないでくれよ』と聞かれているのだ。

「当然、挑戦するでしょ」

「その意気だ」

 全身に魔力を回す、魔力が使えるようになって飛躍的に身体能力が上がった今なら屋根を飛び移って移動するくらい造作もないはずだ。

 教室の床を全力で踏みしめて空中へ飛び出す、力加減と目測が噛み合わず隣の建物の屋上を通り越して落下しそうになる。慌てて槍を顕現させ屋上に引っ掛け予定より一つ先の屋上に着地する。

「危なっかしいな」

 後を付いて来たリュウガに心配される。

「なにぶん初めての経験なので」

 精一杯強がり、再び走り出す。

 空を飛べるほど自由ではないけれど地を這うよりかはずっと楽しい、魔法が使えるようになった自分を少しだけ認められる気がした。


「残りの君たちは荷物持ちねー、ついてきてー」

 教室に残された4人とナタリーが遅れて移動を開始した。

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