第103話 凱旋
結局、サニーは自らの足で待機していた部隊の元へ辿り着いた。
疲れや負傷ではない別の理由で重くなった足を引き摺るようにして歩みながら。
明らかに無防備で不用心で茫然自失とした様子の彼女がそれでも無事に帰還できたのは、魔神を討伐して魔獣の新たな発生を止めることが出来たからに他ならない。
「サニー!……おい!サニー!大丈夫か!?しっかりしろ!……俺だ、レイヴンだ。分かるか?」
心ここに在らずといった様子で部隊が用意していた拠点をそのまま歩いて素通りしかねないサニーにレイヴンは幾度となく声をかけ彼女の意識を取り戻させることに成功した。
「……そっか、帰って来ちゃったんだ。ごめん……ちょっと疲れちゃったから……後にしてくれる?」
しかし、返り血も負傷も見当たらないが、ただひたすらに憔悴しきった彼女は目に涙を浮かべながら報告を後回しにして欲しいと懇願した。
「分かった。アレは倒したという事で良いんだな?」
故にレイヴンは軍を率いる上で必要なたった一つの事を問いかけた。
「当然。私を……私を何だと思ってるのよ……」
それが彼女の壊れかけの心にヒビを入れる行為だと知っていながら。
「いいから寝てろ。王都に着いたら起こす」
今はまだ彼女を人目に触れさせない方が良い。
そう判断したレイヴンはサニーを軍の物資運搬用魔導車、その貨物室へと押し込んだ。
「……寝れる訳ないじゃない」
今寝たりなんかしたら夢見が最悪になりそうで。
積荷に囲まれたサニーの呟きは誰に知られる事もない。
臨時で編成された部隊を率いて王都へ帰還する。
表向きの表現をするなら凱旋という形になるだろうそれではあったが、その空気は重く沈んだ物だった。
そんな中、部隊を率いているレイヴンに話しかける者がいた。
彼の同期で第二部隊から第七へ異動したちょっとばかりおかしな男である。
「レイヴン……ステラの事は……」
探さなくて良いのか?
そう口に出しかけた言葉はレイブン自身に遮られた。
「いいんだ。死んだ者が帰って来ない事ぐらい俺たちは分かってるはずだろ?」
軍属であるからして、親しい間柄が怪我人や死人になる事は当然ある。
しかしながら、嫁であるはずのステラの捜索も救援も最初から諦めているようなレイヴンの態度にはどこか違和感があった。
「だが……」
せめて形だけでも。
そんな他者の想いにすら蓋をしてレイヴンは王都へと軍を率いて行く。
「俺の家族でもあるが、あいつの家族でもある。……何があったのかは知らんが、そうなった。今はそれで充分だ」
吹きこぼれる様にして溢れ出した言葉すら押さえ込む様にして。
「……酒なら付き合おう。俺の奢りだ」
大人の男ならば涙を流せない時もある。
そんな時は酒を浴びたと嘘を吐き影に隠れて大泣きしよう。
その為の金なら喜んでだすさ。
「そうか……なら、3本頼む」
俺の分とお前の分と、俺の愛した女の分。
レイヴンの浮かべた意地汚い笑顔は先程までより少しだけ晴れやかだった。
王都に到着してもサニーは魔導車の中から姿を現さなかった。
いつもの彼女であれば「つっかれたー!」などと意味のない叫びをあげそうなものだが、それすら無いとなればどういう状態であるかは容易に察しがつくだろう。
このままでは埒が開かないと考えたレイヴンは帰還の簡易報告を副官に任せると単身魔導車の中に足を踏み入れた。
一口に魔導車と言ってもその形は様々ある。一般的な乗用車タイプから輸送用の大型車両まで、数は少ないものの用途の限られた特殊車両のような物もある。
この時サニーが乗っていた……いや、載っていたのは軍が所有する資機材運搬用の車両、その貨物室であった。
「いい加減返却したいからな、入るぞ」
「……そのまま返せばいいじゃん」
「あのなぁ……」
あまりにも投げやりな彼女の言葉を受けてレイヴンは一旦魔導車を離れると備品管理担当に話をつけてから再び魔導車の中へと戻って来た。延滞である。今季の査定に響いてしまうが仕方ない。今はそれよりもこっちをどうにかする方を優先すべきだろう。
「……結局なにがあった?」
ゆっくりと歩み寄って彼女の横、少し離れた位置に腰掛ける。
「何から話せばいいのか……」
サニーはそこまで口にしてふたたび言い淀んだ。話をすることではなくその内容に。
セレスティアを名乗る母親だと思っていた人物がそうではなかった事、実の母親が魔剣とという形で存在していた事、そして、妹であるステラが今手にしている魔剣へと姿を変じた事。
一体どこから話を始めるべきか、感情も相まって整理がつかない。
「実はな……知ってたんだ」
そんなサニーを差し置いてレイヴンが驚くべき暴露を始めた。
「何を?」
血の繋がったはずの家族ですら知り得ない事柄の一体何をこの男は知っていたというのか。
疑念に駆られるサニーが大事そうに抱える剣にレイヴンは視線を向けた。
サニーが抱える剣、控えめな装飾の施された銀に輝くそれは柄の先端に彼女の瞳を想起させる赤い宝石が埋まっていた。
「ステラがこうするつもりだった事。それなんだろう?」
彼女の夫であるレイヴンならば彼女がこうする事を知っていたとしても確かにおかしくはない。だがそれならば。
「……どうして止めてくれなかったの?」
自ら命を投げ出す様な真似をすると知っていてどうして彼は彼女を引き留めなかったのか。
「惚れた女の頼みだったからな」
サニーの疑問にレイヴンは恥ずかしそうにそう答えた。
そうか、それならば彼に否はきっと無いのだろう。
男というのはどうやらそういう生き物らしいから。
「そっか。一体どこで間違ったんだろうね?分かんないや」
ならば、
それだけがサニーに残された気掛かりであった。
「たぶん、最初からだろうよ。あいつは死にたいと思っていて、お前はそれを生かした。だからきっとこれは最初からこういう終わりを迎えるものだったんだ」
レイヴンは答える。
星は空の向こう、遠く離れたその先で輝く太陽なのだと。見えるだけで精一杯のそれを無理をして引き寄せた以上、こういう結末を迎えるのは必然だったのだと。
「……私には終わらせることしかできないのかな?」
「……たぶんな」
終焉の魔女の哀しみは未だ終わりそうにない。
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