第102話 総合演習・7
来ないと思っていたセレスティアが加入して以降、戦闘は圧倒的に楽になった。たった二人で戦っているはずなのに多人数で交代しながらの時より楽になったと思えるのは敵の勢いが明らかに弱まっているからだろう。
それにもかかわらずセレスティアの表情は渋いものだった。
「……やはり私では倒しきれないか」
なにかを再確認するかのように呟くセレスティア。
その様子はまるで以前にも経験したことがあるかのようだった。
「だいぶ弱ってるしこのまま続ければ倒せるんじゃないの?」
「それは違うわ、サニー。アレを滅ぼすにはもっと大きな力が必要なの」
攻撃が有効ならいつかは倒せるのでは?と楽観的な考え方のサニーをセレスティアは諌める。
「……?」
「アレが何なのか既に目星はついているのでしょう?」
表情だけでどういう事かと問いかけるサニーに対し、目を逸らしているだけで本当は気づいているくせにと問い返すセレスティア。
「魔神だった何か。おそらくは不滅の魔女本人かその一部」
実物を目にしたことはないが、伝え聞くその姿と有り様からして魔神に類するものなのだろうとサニーは推測を立てた。あとはそこからあり得そうな可能性を繋げていけば自ずとその解答に辿り着く。なにも不思議ではないが、認めたくない解答に。
「上出来。魔女は誰に願いを託されて生まれてくるんだった?」
サニーの出した答えに満足そうに応じるセレスティア。どうやら先の時代に魔神を撃退した彼女はサニーよりも先にこの答えに辿り着いていたらしい。
とはいえ御伽噺になるような存在であろうと魔女は魔女、いかに不滅の魔女であろうとその仕組みは変わらない。
「母親」
魔女は母親の願いを核に、その存在を代償に産まれる。
「じゃあ、その願いを叶えるのは?」
かけら程の倫理感もない話だが、その工程において命は通貨でしかない。請い願い命を捧げるのが母親の役目ならば、その願いを受け入れ成就させるのは。
「……そっか、彼女の不滅性を担保する世界ごと壊さないといけないんだ」
「その通り」
サニーはそれを世界と仮定したが、それが定かである確証はない。それでもアレの不滅性がその外側に起因するものならば、それごと破壊しなければ終わりが訪れる事は永遠にないだろう。
「母さんでも無理そう?」
サニーは淡い期待を持って訪ねた。それが無理な頼みであろう事はとっくに自覚していながら。
「……そうね、ピークを過ぎた……いいえ、私では無理でしょう。だからサニー、貴女に託します」
セレスティアの雰囲気が変わった。
なにを決意したのかサニーの方へと向き直し、今迄誰にも触らせる事のなかった彼女が愛用していた魔剣を差し出す。
「良いの?」
借り物の仮面を剥いで素顔を見せるようなその振る舞いにサニーは戸惑いを隠せない。
「良いのです。それに、貴女であれば喜んで力を貸してくれるはずですよ」
この後に及んでセレスティアはなにかを隠している。それが何なのかサニーにはさっぱり見当もつかなかったが、どうにもそれが悪いもののようには思えなかった。
「……流石にそれは言い過ぎじゃない?」
故にサニーは自身の持ち得る情報で答えを練り上げるに留まった。魔剣に限らず力ある武器というのは主人を選ぶ性質がある。これと言った武器を持たないサニーは伝え聞いた話しか知らないが、使い手の技量云々ではなく単純な好き嫌いのようなフィーリングによるものがある……らしい。
もし仮にそうだとしてもセレスティアが魔剣を手にしたのはサニーが産まれるよりももっと昔の話だ。その頃からずっと付き合いのあるセレスティアよりも自身の方を選ぶというのはちょっと考えづらい。
「一つだけ、約束してください。何があっても手を止めないで全力を尽くすと」
そんなサニーの胸中など知った事かと押しつけるようにして魔剣を差し出すセレスティア。その要求は明らかに何かがある事を示唆している。
「……それ一つじゃなくない?」
「よろしいですね?」
不服な態度を示すサニーの否定的な意見をセレスティアは自らの圧で強引に封殺した。
「……はい」
渋々承諾してセレスティアから魔剣を受け取るサニー。英雄が振るい続けたそれは予想以上に重たかった。
「後を頼みます、サニー・アージェント。あの人の……私の愛娘」
そう言い残して敵を押し留めるために駆け出すセレスティア、明らかに言い直したそれが何を意味するものなのか彼女の口から語られることは終ぞなかった。
武器を手にすればその扱いが自然と分かる人がいるらしい。そんな噂を耳にしたことはあれどまさか自分がそうだとサニーは夢にも思わなかった……いや、きっとこの魔剣と私の関係性が特別なものだからに違いない。何をすれば良いかは全て魔剣が教えてくれる。それはまるで幼子の手を引く母親のように優しく、丁寧で。
「魔剣セレスティア、起動」
剣に魔力を通し必要な言葉を語り掛ける。
初めまして、たった一度きりだけどよろしくお願いします。母さん。
「天よ、地よ、人を育むあまねく全てよ。我が願い、我が選択を受け入れたまえ」
それは魔剣にかけられた枷を解放するための言葉。極地に至った剣士が己の望む物だけを断ち切るように極地に至った魔剣もそれと同様に魔力を糧にして主人の望む物だけを断ち切るという。
それが、母セレスティアがその身命を賭してサニーに遺してくれた魔剣の能力。これ以上望むべくもないと言わんばかりのそれをサニーは贅沢にも自らの魔力で塗りつぶすように踏みつけて更に上へ。
「天を喰らえ、地を喰らえ、我が道を阻むあまねく全てよ。終焉を受け入れろ」
大上段に構えた魔剣にサニーは己の全ての魔力を注ぎ込む。魔剣から発する銀の光が天を貫こうと、彼女の背中から生える闇の翼が地を抉ろうと、戸惑うことなく全力で。
「これなるは魔剣、万象切り伏せる剣の極地」
起源から続く全ての因縁に終止符を打とう。
それこそが私、サニー・アージェントに課せられた願いだから。
「セレスティア・オーバードライブ!」
そうして振り下ろした剣の先には敵はおろか、空も大地も何一つ無い空虚な世界が広がっていた。
全部終わったと思い感慨に浸っていたらその人はひょっこりと姿を現した。剣を振り下ろす前に目線で合図したとはいえしっかり退避できる辺り流石は英雄というかなんというか。聞きたい事もあったから都合良いと言えばそうなのだろうけど。
「……なんて呼んだら良いのかな?聖女様?」
今の今まで母親を騙っていたその人に声を掛ける。外見も面影無いしなんか妙だなと思ってはいたんだけれど、まさか魔剣そのものが自分の母親だとは思わないじゃん?
誤解のないように言っておくと、母は私とステラを産んだ後に固有魔法をゴニョゴニョして魔剣へと姿を変えたらしい。ちなみに私は固有魔法の軸が違うから出来ないんだとか、なんとなく分かってはいたけどさ。
聖女様って呼んだのは半分くらい推量、魔界で親しまれている『聖女伝説』っていう御伽噺の一節に不滅の魔女の不滅性を嘆くシーンがあるんだけど、魔神が不滅の魔女のなれ果てならそれを倒そうと決意するのは彼女じゃないかなって思っただけ。親類縁者って線もあるけどさ。
「呼び名など望める立場ではありません。私の贖罪を手伝って頂きありがとうございます、魔女様」
一瞬驚いた表情を浮かべた彼女は首を振ってそう答えた。どうやら当たりだったらしい。仕返しとばかりに向けられたその呼び名は既に私が捨てた物だった。
「やめてよ、縁起でもない」
あの子に生きてて欲しかったという気持ちも勿論ある。しかしそれと同じくらい魔女になりたくなくてステラに私の身体を押し付けたのに。
「縁に感謝を。貴女の母君と友人であれたことをとても嬉しく思います。それと、私と母君の因縁を終わらせて頂いたこと、心より御礼申し上げます」
私は私のエゴで今の私になる事を選んでステラに重荷を背負わせた。それが良い事かと問われるとたぶん違うだろう。
「そっか、それなら良かった」
それでも正面からお礼を言われると全部が全部悪い気にはならなかった。
「彼女はお預かりします」
借り受けていた魔剣を彼女に手渡す。それは母親ではあるけれど私ではないし私のものでもない。たまたま縁があって力を貸してくれたに過ぎず、役目が終わったのならば返さなければならない。
ふと見れば剣も彼女も崩壊を始めている。名残惜しいけれどそろそろお別れの時間だ。
「そうそう、お供物にはアレをお願いしますね?」
粒子のように崩れゆく彼女が要求したのはお世辞にもお供物とは呼べないような飲み物、むしろ学生時代の罰ゲームに適している物だった。
「……マジ?普通もっとマシなやつ選ぶでしょ」
お金ならあるから遠慮なんかしないでなんて言うと、むしろこれが良いのだなんて答えが返って来る。そう言われればそうせざるを得ないのだが、英雄の墓場にこんな物を供える私の身にもなってほしい。
「この人との思い出ですから」
一瞬魔剣に目を落とした後で最後に見せた彼女の笑顔は英雄の物でも聖女の物でもなくて、透き通るような朗らかな笑顔だった。
「……さようなら、母さん。あなたの娘で幸せでした」
起源から続く因縁に終止符を打った後、私は何も無い空に向かって母への別れを口にした。
「……いい夢は見れましたか?」
それからしばらく感慨に耽っていた私に声を掛ける人が居た。1人で決着をつけると飛び出した後で、あんだけ大規模な一撃をぶっ放せば状況を確認しに誰かしら派遣されるのは当然だろう。
ただ、予想外だったのはその声の主だった。
「ステラっ!?」
どうしてここに?後を頼んだはずなのに。狙われているのはあなただと言い含めたはずなのに。なんで?どうして?
混乱する私を差し置いてステラは言葉を続ける。
「私はとても良い夢を見させてもらいました。ですが、目が覚めたのなら夢は終わりにしないといけません。そうですよね、魔女様?」
……なんで?……どうして?
誰にも告げたことのない私の秘密をいったいどうやって彼女は知る事になったのか?
「誓いをここに、
思考を優先してしまった私の手を取りステラは魔法を発動してしまった。ステラ・アージェントとしての最後の魔法を。
止められない。終わらせる事しか能のない私には彼女が行使する魔法を止める手段がない。
「姉さんの妹であれて楽しかったです。本当に幸せでした。ありがとう。終焉の魔女、サニー・アージェント」
たったそれだけを言い残して、こっちの返事なんか聞く事もなく、本当に何ひとつ曇りのない笑顔のまま、ステラは魔剣へと姿を変じてしまった。
こんな結末を迎えるならば、魔法なんて使えなければ良かったのに。
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