第101話 総合演習・6
演習における異変の原因らしき敵と交戦を始めて2時間が経過しようとしていた。
「なんとなくそうだろうと分かっちゃいたけど、呆れるほどしぶといわね」
そう言うサニーは戦闘中にも関わらず椅子に座って優雅にコーヒーを嗜んでいる……厳密に言えば彼女自身が戦闘中ではないが故にのんびり休憩などしているのだ。ならばその代わりに誰が敵の相手をしているのかと問われれば、それはサニーが召集をかけた第7隊の面々に他ならない。
実に気の抜けた現状に陥ってしまった経緯を軽く説明しよう。
戦闘開始直後、サニーは人型をしたそれを何度か殺した。基本的に野生動物よりも一回りか二回りほど屈強である魔獣といえど生物であることに変わりはなく、頭を潰したり、胴体を二つにしたり、四肢を捥いだりすれば普通に死ぬ。彼女は一般的なセオリー通り……いや、多少過剰にそれを何度か細切れの肉片に変えた後、当たり前のように再生する様を目にすると、まともな討伐をあっさりと諦めた。
いくら再生すると言えど、なんの対価も無しに無制限に復活するわけでは無いだろう。そう仮定したサニーはすぐさま方針を持久戦へと切り替えた。幸いにして相手が対して強く無いというのもある。万全を期す為に総員を3人ずつ程度のグループに分けて、交代しながら相手を殺し続ける事にした。
そんなこんなで休憩中のサニーは戦場とは思えないほどの実に優雅な時間を満喫しているのだ。
「強くはないけど倒せないっていうのは確かに辛いものがあるな」
そんなサニーにレイヴンが語りかける。
戦力を鑑みてサニーとは別のグループに割り振られている彼だが、その彼もまた休憩中であった。既に何度目かの討伐役を終えて休憩に戻ってきた彼にも肉体的な疲労とは別に、終わりの見えない作業を延々と繰り返すのではないかという不安から来る徒労感が見え始めていた。
「切っても突いても叩いてもダメ、煮ても焼いてもダメ……揚げたらどうにかなると思う?」
そんな徒労感はサニーも同じように感じていたらしく、実にくだらない世迷い事として吐き出される。
「料理じゃないんだぞ。それに……食ったら腹を下しそうだ」
「同感」
どれだけの長丁場になるのか分からないのだ。気を紛らわし緊張を解くことは非常に重要である。二人はそのまましばらくくだらないやり取りを続けるのだった。
戦闘開始から4時間が過ぎた頃。
「……たいして強くないから適当にボコってあとは放置っていう手段が取れたら良かったんだけど」
サニーの発言には後悔の念が籠っていた。
何度も討伐を続ければそのうち再生にも変化が見られるだろうと思って対応方針を決めた彼女だが、一分に一回を上回るペースで殺し続けても変わらずに再生を続ける相手を前にすると、流石に方針を間違えたのではないかと思い始めるようになっていた。
ぶっちゃけるといい加減ケリをつけて帰りたいのだ。だが、それが許されない理由も厄介な事にちゃんとある。
「放置できるような外見だったらどんなに楽だった事か。どう見ても第5の副隊長の背格好な上に当人は前日に出奔してると来た。見つけてしまった以上ここで始末をつけないといけないやつだろう?」
たいして強くもない敵をいたぶるように狩り続ける理由がこれだった。軍属の身でありながら騒動の原因であるヴァーミリオン側と内通していて、事もあろうに発見前夜に出奔した男。今もなお死亡と再生を繰り返す敵は誰がどう見てもその男の姿をしていた。
「それはそうなんだけどさ……」
危険性が低いと判断して放置することもできず。
「まあ、手の打ちようが無いというのには深く同意する」
しかしながら完全な討伐に至るきっかけも掴めない。
実に閉塞感の漂う空気が流れていた。
状況に変化があったのはそれからさらに2時間後、戦闘開始から実に6時間。
依然として執拗に再生を続ける敵だが、再生を繰り返す度にその姿が男のそれから徐々にではあるものの女性らしい物へと変化していった。
「……何か雰囲気変わった?」
普段と変わらず軽口を叩くサニーだが、内心嫌な雰囲気も感じ始めていた。
もし……もしも仮にリーゼロッテが持ち込んだ不滅の魔石が御伽噺の不滅の魔女に端を発する物ならば。
相対しているコレは再生を果たした彼女なのではないか?
そして……ヴァーミリオンの狙いが不滅の魔女の復活であるならば。
サニー個人への復讐やアージェントの失墜は目くらまし、ソレは実に容易に魔王を凌ぐシンボルとなり得る。
読み違えを自覚したサニーの反応が一手遅れた。
「カ……カラダ、カラダカラダカラダァ!」
ただ唸り声を上げるだけだった先程までと変わって意味のありそうな声をあげる敵、その意図は未だ不明だが。
「来るわ!構えて!」
敵の豹変、その異様さに前線を担当していたステラが警戒を呼びかける。
「コムスメガステタウツワヲヨコセェ!」
叫び声をあげてステラへと突撃する敵。
「ステラ!」
一瞬遅れてその意図を理解したサニーがステラを守るべく駆け出した。
サニー・アージェントは魔界最強といって間違いない……ただし攻撃面においての話に限定されるが。
彼女が手を抜いていたという訳ではない。触れる物全てを切り裂く魔剣とも呼ぶべき“銀閃”を手にした彼女が強みを発揮するのが攻撃面であり、その思想は相手より早く相手を殺すという実に単純な物であったのだ。
サニー・アージェントは歪に完成されていた。ただの一人もその歪さに気づかないほどに完成度が高かった故に。
だから、ステラを庇うようにして前に出たサニーが敵を退ける代わりに傷を負っていても何も不思議はない。彼女は根本的に人を守る事に向いていないのだ。
「……人妻の身体目当てはちょっと受け入れ難い性癖じゃない?」
一つ誤算があったとするならば、普段通りに冗談を飛ばす彼女の容態が明らかに致命傷に見えた事だ。
「冗談言ってる場合では無いでしょう!早く手当を!」
「いらないわ。どうせ助からないもの」
いち早く我に返ったステラが治療を指示するが、サニーはそれを拒否した。
「冗談……ですよね?姉さん?」
「さあ?ちょっとアレぶち殺してくるから後始末よろしく」
そう言い残すとサニーは傷の手当てもせずに自らが吹き飛ばした敵の方へと駆け出した。
事ここに至って姉妹は未だお互いの事を理解できずにいる。
吹き飛ばした敵の居場所にサニーが辿り着くと、それは既に再生を完了していた。全身が黒くディテールはよく分からないが、どことなくリーゼロッテの姿に似ているような気もする。きっと血縁関係にあるのだろう。そう考えれば彼女が不滅の魔石を持ち込んだ理由にも納得がいく。
「ここから先はおとなの時間って言ったはずよ。さあ、最終ラウンドといきましょうか?」
いつものように軽口を叩いて戦いの終わりが近い事を告げる。先程負った明らかに致命傷のように見えた深手の傷は既に塞いだ。治癒魔法が使える訳ではないが、元より仮初のこの身体に外見上の傷口など大した意味をなさないから。
「ウツワヲステタノコリカスフゼイガジャマヲスルナァ!」
叫びを上げる敵の発言に内心同意する。
確かに私であったそれを切り離してまで私は妹、ステラがこの世に産まれるように細工した。エゴかと聞かれれば間違いなくそうだろうと答える他ない。
「真っ当な大人を名乗るつもりはさらさら無いけど、それでも自分で選んだ道の責任くらいは取らないとね」
だからこそ私にはかわいい妹を守る義務が課せられているのだ。誰かに訊かれたら『お姉ちゃんってそういうものでしょ?』なんてふざけた答えを返すのだけれど。
「カラダァ……ヨコセェ……マジョノウツワァ……」
何度も再生を果たすソレを何度も何度も切り捨てる。不滅の魔女がどうした。世に終わりのないものなんてない。どれもこれも全ていつかきっと必ず終わりが来る。だったら私が望むのはエンディングくらいは幸せな物が良い。ただそれだけ。
「だから人妻好きは理解されないって……っ!?」
冗談を飛ばしながら作業にも似たそれを続けていると、突如として危険を察知した。後ろに飛び退いた直後、斬撃のような爆撃のような一撃が敵を捉える。
「ようやく見つけた。魔神の残り滓、セレスティアの名にかけて必ず滅ぼす」
現れたその姿に驚きと安心感が同時に訪れる。見覚えのある攻撃は英雄と称えられた母、セレスティアの物だった。
「母さん!?」
てっきり来ないものだと思っていた彼女の登場に驚きの声を上げるサニー。
「……サニー、ちょっと手を貸して」
「もちろん!たまには親孝行しなきゃなって思ってた所よ」
望外の強力な加勢、そして彼女からの協力要請にサニーは喜んで応じた。
「……ありがとう」
彼女が言い淀んだ理由をサニーは未だ知らない。
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