第11話 プロローグ
今になって分かったことだけれど、初めて魔法を使ったあの日、私は自分の居場所を自分の手で壊したんだ。
ほんの少し前に感じた肉を裂く生々しい感触を忘れられないまま、療養ではなく隔離するために割り当てられた病室のベッドで私は自分の人生を振り返る。
白銀桐子、15歳、特技は……なんだろう?趣味は格闘技、仲良くしてた幼馴染がたまたま道場の跡取り娘で、気の合う友人と少しでも長く一緒にいたかった私が通い続けていたのだけれど、それもきっと今日で終わり。
負けん気の強い彼女は『あんたもあんたの不思議な力も全部全部ねじ伏せて次は勝つから、また勝負しましょ』なんて言っていたけれど、彼女と彼女の家族がそれを許しても未だここに現れない私の両親は認めないだろうし、なにより私が、彼女の腹部に得体のしれない凶器を突き立てた私が、私自身を許せない。
「……どうして同じことができないんだろう」
幾度目かの施行のあと、諦めたようにつぶやきが漏れる。
周囲に誰もいない今なら、私の腹に友人と同じように『なにか』を突き立てて死ぬことができたのに。
一方的に再戦の約束を突きつけてきた友人には申し訳ないと思うけど、この先を生きるであろう今の私に自信が持てないのだ。
幸いにも命に別条はないとはいえ、無二の親友を突き刺した私を両親はなんて思うかな。
きっと今まで通り生きていくことなんてできないはずだ。
一人延々と失意に沈んでいく私を隔離する病室の扉が開いた。
「探したよ、白銀桐子くん」
「おばあちゃん……?」
「そうだよ、おばあちゃんだ。君の母親から知らせを受けてね、こうして急いで飛んできたというわけだ」
違う。目の前にいるのはたしかに母方の祖母の姿をしているが、こういう喋り方をする人ではなかったし、なにより祖母の家は遠いのだ。知らせを受けてからこちらに向かったのではこんなに早く到着するはずがない。
「誰っ!?」
祖母の姿をした明らかに祖母ではない人物に対し臨戦態勢を取る、大きめの窓でもあれば逃走を考えたけど隔離を目的としたこの部屋にそんなものはない。
逃走経路は必然的に謎の人物の後ろにあるこの部屋の入口に限られる……今の私が逃げ出していいのかは分からないけれど。
ついさっきまで自死を考えていた私、命を投げ出すつもりではあったけれど訳のわからない誰かに売り渡すつもりはない。
……なんだ私、まだ生きていたいんじゃん。
「おや?警戒されてしまったかな?ここまで来るのに便利ではあったが仕方ない、変装は解除するとして、私はリーゼロッテという。白銀桐子、君を、助けに来た」
あまりに胡散臭い仕草と台詞回しと共に目の前の人物の姿が変化する、美人ではあるけれど恐ろしく汎用的でまるで印象に残らない姿形をしている。
「胡散臭いしすごく怪しい!」
思わず口をついて出てしまった。
「君、割とひどいことを言うね?まあいい、今現在君の置かれている状況はこの部屋を見ればある程度察することができるが、君に別の選択肢を提供しに来たんだ」
どうやら敵意とか害意のようなものはない、上手いこと使ってやろうみたいな魂胆は見え隠れするけれど。
「いったいなに?」
「その前に君の状況を確認させてもらおう、ある程度予想がついているとはいえ、予想は予想でしかない。桐子くんはなにか不思議な、それこそ自分でもよくわからない不可思議な現象を起こしてここに隔離されている。そうだね?」
一体いつどこでその情報を手に入れたのか分からないが、指摘された事は確かにその通りだった。認めたくはない、認めたくはないが手に残った感触がそれを否定させない。
「そう……です」
「おやまぁ随分と思い悩んでいるようだねぇ?だがそれは受け入れるとか受け入れないとかそういう類の話ではないよ、君は君自身以外の何者でもないのだから。話を戻そう、魔法だよ魔法。不可能を可能にする既知であり未知の技術。その才能、いや素質が君にあるということだよ、桐子くん」
魔法が使える。
思春期の年頃なら飛びついて喜びそうな、自信に他人とは違う才能があると知らされても、私の心はちっとも晴れなかった。
禄に制御もできず、いたずらに友を傷つけた。
そんなものが使えるようになって一体何だというのか。
「魔法なんか使えたってそれがなんだって言うんですか」
沈みきった心情の吐露、希望の持てない未来に対する諦め。
「そうだね。はっきり言って今の君にはなんの価値もない。才能と未来を持て余した若者など山ほどいる。だから君に先生をつけよう、魔法の使い方とそれを使った生き方を教えてくれる先生を。だから君に居場所を用意しよう、自由に魔法を使って生きられる居場所を」
「そんな場所が一体どこに?」
「ここではないが異世界でもない場所だね。そもそもなぜ魔法という存在がここまで知られているにも関わらず見ることが叶わないか、魔法が使える者たちとそうでない者たちが生きていく場所を分けたからに他ならない。つまり、魔法が使える桐子くんにはそちら側で生きる権利があるということだ」
魅力的な提案だとは思う、これを提案してくる人物の魂胆が見えないことを除けば。
ただ、提案に乗る以外に選択肢がないような気もする。このままこちら側の世界に残ったとして私は私にあることを自覚した能力と付き合う方法もわからなければ、私と世界との関わり方もきっと見つけられない。
「その提案にのさせてください。ただ……」
「ふむ、何かこちら側に心残りでもあったかな?」
「いつか友人との約束を果たさせてください。再戦するって誓ったんです」
「ああ、あの少女か!彼女に魔法の素質はないが……それはそれで新しい道が開けそうだ。約束するよ、必ず君の願いを叶えよう。さて、名残惜しいがあまり時間が残っていなくてね」
部屋の外がなにやら騒がしい。なにかトラブルでも……目の前の人がそもそも不審者だった、侵入したのがバレたのだろう。
「詳しい話は過去の私に聞いてくれたまえ、よい生活が遅れることを祈っているよ」
私の足元が強い光を放ち輝き出す、そのまま光は私の全身を包み込み、光が収まった頃に目を開けると、見知らぬ部屋と先程までと何一つ変わらない姿のリーゼロッテと名乗った人物。
そして、どういうわけか全裸の私。
「なんだきっ」
発言を待たず、渾身の右ストレートが相手の顔面に突き刺さった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます