第12話 一方その頃。
「ひーまーだー!」
アイギスと桐子が魔界で訓練と称した地獄に叩き込まれている頃、サニーと交代で人間界にやってきたリリー・セヴァライドは事務所の机に伸びるように突っ伏して叫んでいた。
「いやほんと、なんで私を指名して呼んだのかわからないし!この辺の治安維持目的なら明らかに戦力過剰だし!それに私の専攻は魔術式構造学だよ!?こっちで実験も研究もできるわけないじゃない!リーゼロッテのやついい加減ボケたんじゃないの!?そう思わない?コーイチ!」
「俺に振られてもなぁ、あいつが訳解んないのは昔からだろ」
「ひまひまひまひまひまひまひまひまひまひま……」
「あー、俺は見回り行ってくる」
狂ったように恨み言を発するリリーをよそにコーイチは逃げ出した。
「態度は冗談でもなにもやることがなくて暇なのは本当なのよね……」
机に突っ伏したままのリリーが一人つぶやく、彼女が生まれるよりもずっとずっと昔、魔法を受け入れた人々とそうでない人々とで住む場所を分けることにしたらしい。魔法を受け入れなかった側、彼女たちの言うところの人間界で魔法の行使や痕跡が残るような行為は例外を除いて禁止されているが故に、リリーは暇を持て余していた。
「いちおう治安維持要員だから観光にもいけないし……」
桐子を育てるために魔界へ向かったサニーの穴を埋める形で招集されたリリーは、魔界から人間界にやってきて悪さしたりなにかをやらかしたりする連中を取り押さえるための人員である。要するに地区ごとの治安維持要員なので有事の際以外は自由であるものの、行動エリアに制限がかけられている。
リリーはしばらくの思案の後、一つの結論に至る。
「ロジック部分だけをこっちの言語で記述するだけなら大丈夫かな?」
大丈夫かどうかはしらないけれど、そうと決まれば早速作業。事務所の上の階にある自室に籠もり研究中の魔術式のロジック部分を端から翻訳していく、汎用魔術式の解読と分解は以前までの研究テーマ、研究内容をまとめた書籍を出版したのが一昨年のこと、その書籍は発禁処分を食らってしまったので実家の倉庫に積まれているけれど。
発禁処分の理由?魔術研究所の偉い人の息子さんが本の内容を雑に解釈して独自の魔術式を構築、起動実験に失敗して負傷、なんとか一命をとりとめたものの……みたいな。
そのバカが悪いんであって私一切関係ないじゃん。
なんて思ったけど『危険な研究とその書籍』ということで研究内容は非公開、発行済の書籍は回収と廃棄、私は研究所をクビになりましたとさ、めでたしめでたし。
実家が太いから特に困りはしなかったけど、ふてくされていたところを同期のサニーに見つかって魔王軍に強制連行、そして今に至る。
一旦非公開にされてしまった研究内容は管轄が違うから取り消せないけど、研究自体は続けてもいいと許可を得たので今は固有魔法の魔術式解読と分解に手を付けている。
固有魔法の魔術式は身体の中にあるから非公開なんじゃないかって?
ツテがあるのよ、ツテが。コーイチ頼みではあるんだけどね。
しばらく研究に没頭していると喉が渇きました。なにか調達してきましょうか、自室を出て事務所と同じフロアにあるキッチンへと向かう。
階段を降りたリリーが目にしたのは机に突っ伏している謎の女性だった。
「誰……?」
ピンクとは呼べない色あせた髪、まだ寒さの残る時期には少し気の早い春先をイメージした衣服、魔力は……感じない。隠しているのか、それともそもそも持っていないのか。
「お腹が……空きました……」
「ちょっと待ってね、いま準備するから!」
謎の女性が絞り出すような声で訴える。一体どこの誰なのか、なんの理由があってここへ来たのかとか色々聞きたいことはあるけれど、腹が減ってはなんとやら。
とりあえずなにか食べるものを用意しましょう、キッチンへ向かいます。
……私、自分の飲み物を取りに来たはずなんだけどな。
冷蔵庫を確認……パスタとウィンナーとピーマンと玉ねぎ、あとはケチャップと塩コショウ、なにを作るか決まったので調理を開始します。
まずはパスタ、給湯器からお湯を出し容器に入れてレンジでチン。
続いてソース、適当なサイズに具材を切り、炒めながらケチャップと塩コショウでいい感じに味を決めます。
最後に、茹で上がったパスタをソースを作ったフライパンに投入して絡めて出来上がり!
私が食べるならフライパンからそのままだけど、今回は他人に出すものなので皿に盛り付けて、ナポリタンの完成です。
出来上がった料理を持っていくと、謎の女性が薄くなっていました。
存在感とか厚みとかじゃなくて、背景が透けて見えるような……透明感?
「大丈夫ではなさそうよね、料理作ってきたけど食べれる?」
「頂きます」
凄い勢いで食べ始めました、空腹だっただけで他に不調とかはないようです。相変わらず透けて見えるのがとても気になるところではありますが。
8割ほど食べ進めた頃には彼女の身体の透明感は更に強く、向こう側の景色が見えるようになってきました。
「ちょっとあなた、だいぶ透けてきてるけど本当に大丈夫なの?」
「……そろそろ時間切れですね。縁のないまま、だいぶ強引に召喚されましたので。申し遅れました、私は……」
肝心なところを聞く前にそのまますっと消えてしまった、直前まで彼女が持っていたフォークが机に落下し音を立てる。
何も判明しないまま証人が消えてしまった。あんたは一体どこの誰で何がしたかったのよ?
「せっかく作ったのに残していなくなっちゃうし……」
少しだけ残されたナポリタンに手を付ける、食べ慣れたいつもの味のはずがなんだか少し違うように思えた。
「ただいまー。リリー、間食にしてはずいぶん立派なもん食ってるじゃねぇか。腹減ってたのか?」
見回りに出ていたコーイチが帰ってきた、どうしてコイツは間の悪い時に返ってくるのよ。
「……ちょっとね。それよりコーイチ、ちょっと頼みがあるんだけど……」
謎の女性のことを一体どこから話したものかと思うけれど、暇だと思っていたこっち側での生活に張り合いが出てきて楽しんでいる自分がいる。
待ってなさいよ、必ず探し出して見つけてやるんだから。
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