第106話 夜が明ければ
総合演習が終わりを迎えた数日後、サニーとリリーは会議室である作戦を練っていた。
サニーを筆頭に武力衝突をチラつかせ要求を押し通す。リーゼロッテ奪還作戦と雑な名称がつけられたそれは作戦とは名ばかりの実質的な脅迫だった。
そう、リーゼロッテ奪還作戦である。
今年の中頃にきな臭い噂が流れていた北部領の視察に向かったリーゼロッテが帰還予定日を過ぎても戻ってこない。それどころか連絡の一つも取れない状況なのだ。
比較的雑な扱いを受ける事が多い彼女だが、それでも確かに魔界を統べる魔王である事は間違いない。たとえそれが立場上のものに過ぎないとしても。
「結構無理があると思うよ。この作戦」
「相手が折れるならそれで良し、折れなければ実力行使。いつも通りのシンプルで分かりやすい作戦じゃない」
「それはそうなんだけどさ……」
いつも通りであればストッパーがいない事を悔やむぐらいに勢い良く進む作戦会議がこの時ばかりは難航していた。立案された作戦に異議を申し立てるのがことごとくサニーの側であった事もその異常さを際立たせている。
それもそのはず、サニー・アージェントはまともに戦える状態ではない。
一見して外見も性格も何の変化もないように見受けられるが、その戦闘力の低下は著しい。魔神との戦闘で放った終焉の魔女としての一撃はおろか、彼女の代名詞でもある固有魔法“銀閃”、そしてその反転運用。彼女の核となる攻撃手段、その全てが使えない状況にある。
武力衝突をチラつかせて要求を押し通すという作戦の根幹が揺らいでいると言っても過言ではない。言うなればモデルガンを片手に銀行に押しかけるようなものなのだ。
「大丈夫、西にも東にももう話はつけてあるわ。あとは貴方が前線に立つだけで良いの」
「やる以外の選択肢がないやつじゃん」
「相手の逃げ道を塞ぐのは基本でしょ?」
丁寧に念入りに選択肢を潰されたサニーは渋々ながらその作戦を了承した。それ以外の選択肢が存在しないのを了承したとみなして良いのかは甚だ疑問であるが。
そうこうしている間にキリコ達が養成所を卒業する時期が来た。青春の三年間は長いようで短い。
総合演習でこそ一騒動あったものの、普段から優秀どころではない成績を収めている特別クラスの面々が留年という扱いを受けるはずもなく、無事に全員揃っての卒業である。
卒業後の進路は大方の予想通り。クロエとカーラ、そしてキリコが西へ。リュウガとアヤメが東へ。ついぞ名前の出る事がなかった男四人が中央の軍属へ。
そんな中、アイギスただ一人だけが己の身の振り方を決めかねていた。彼女を要望する派閥がなかった訳では決してない。むしろ選択に悩む程度には大量にあった。
ただ、自らの母の死を受けて彼女の中の決意が揺らいだのは確かであった。自らを必要としてくれた各所に今しばらく考える時間が欲しいと頭を下げ、一人過酷な鍛錬に励むアイギス。この手段が求めた理想に近づくものでは無いと解っていながらその手を止める事が出来ない。
全ての人を護り抜いてみせる。彼女が掲げた遥かに崇高で険しい理想、いまはまだ道標すら見当たらない。
一方その頃、北部領にて。
「いやあ、参ったね。明らかに100%十中八九それどころか十二はクロなんだけれど、報告できなければ露呈することも無いとは恐れ入った。それにご覧よ。こうも生かさず殺さず捉え続けることに徹底した仕掛けの数々、立場次第なら立派な表彰ものだ」
まるで誰かに語りかけるように芝居がかった口調で自らの置かれた状況を独り言として発するリーゼロッテが居た。
狂っているのかと問われれば間違いなく狂っているのだろう。孤独に慣れているリーゼロッテとはいえ久しぶりに遭遇することとなったこの環境には滅入るものがあった。狂い始めたのが一体いつからなのかは知る由もないが。
「私が万全であったなら脱出する手段の一つや二つ自前で用意することも可能だったんだけれどね……無い手札を出す事は流石の私でも無理があるというもの。まったく、身の丈に合わない願いなんて持つもんじゃ無い。それにしても、成り行きに任せるというのはどうしようもなく暇だね。紙とペンでもあれば話は別なのだろうけれど」
自らの置かれた状況を惜しむように、さりとて悲観する様子もなく語るリーゼロッテ。明けない夜がないように、止まない雨がないように、終わらぬ苦難などあってたまるものか。
故に彼女は自らを苦境から解放する者をずっと待ち侘びている。
リーゼロッテ奪還作戦決行初日、各地域から集まった面々を見てサニーは久々に面食らった。動員可能な魔王軍はまあ良いとして、東部や西部からも有志の軍勢が参加する事になるとは流石に予想しなかったのだ。
「良くもまあハッタリ効かせるためだけにこれだけの人員を用意したね?」
作戦立案から程なくしてこれだけの軍勢を集めたリリーに賞賛と呆れが混ざった言葉をかける。戦闘に発展する可能性があるというだけであって作戦の本筋はあくまで武力による威圧なのだ。
「殺意のないハッタリなんかカカシにもならないでしょう?」
恐怖をちらつかせるのならば、なるべく巨大でなおかつその全貌がはっきりしない方が良い。リリーの言う事も確かにその通りではあるのだが。
「一応聞いておくけど陣容は?」
リリーの事だ、正面に戦力を集中して他が疎かになった。なんてことは万が一にもありえないだろうが。
「連絡体制は万全、どこから反攻を受けても良いようにしてあるわ」
手心を加えるつもりは一切ないのだが、これの対応をしなければいけない相手のことを少しだけかわいそうに思う。
「あと、北方山間部の連中もこっち側に着くって」
「それは嬉しいけどどうしてまた?」
北方山間部、歴史に名を残すような武具の起源を辿っていくと大体ここに辿り着くとまで言われる魔界における著名な武具の一大生産地である。
相手側の武具の供給を大幅に減らせるのは大いに喜ばしい事態なのだが、特定の派閥に属することに興味を持たず、ただひたすらに優れた装備を作り出す事に情熱を注ぐ狂人の集団が何に興味を持って食いついてきたのかが分からない。何かめんどくさい条件を突き付けられていなければ良いのだが。
「うちの坊主が壊した家宝の修繕に赴いたのだが、そこで妙に気が合ってしまってな。ほとんど丸ごと東部へ持ってきてしまった」
サニーの疑問にそう答えたのはリュウガの父、リュウキであった。
そのリュウガが壊した武具というと去年の東部領の一件でダメになった刀が思い当たるのだが、素人目に見ても修繕出来るような有様では無い酷い壊れ方だった。修繕できたのかどうか少しばかり気にはなるがそれよりも。
「マジで?じゃあ、あの辺り一帯は……」
彼の言い分はあの辺り一帯を持ち帰ったような言いようではなかったか?
「もぬけの殻だな。炉の火も消してしまったのでしばらくは使い物にならんだろうよ」
街とまではいかないものの集落一つ丸々移動させたなどととんでもないことをその男は当たり前のように言ってのけた。いまいち実態を把握しきれない東部領だが、その力量を侮るべきではないと強く感じた。
出発前にナタリーが顔を見せた。少しばかりというか随分とやる気に満ち溢れている。
「やっとお姉様と肩を並べて戦えます!」
「いや、必ずしも戦う訳じゃないからね?」
鼻息荒く意気込みを語る彼女に釘を刺す。幼き日の彼女の記憶に色濃く焼きついた自身の姿を追ってここまでついて来た彼女の気持ちを分からないでもないが、そもそもの目的を勘違いしているようであれば困る。
「ずっと前から分からず屋のクソボケを叩きのめしたかったんです!」
「……恨まれない程度にね」
半分しか血が繋がってないとはいえ自身の兄をクソボケ呼ばわりするナタリーを見て、サニーは若干考えを変えた。どのみちいずれ敵対するであろう関係だったのだ。ならばいっそのこと叩きのめしてしまった方が今後のためにも良いのかもしれない。なるべく恨みを後に残さないようにしようなどと思ったのだが。
「今回こそお姉様の素晴らしさを認めさせてみせます!」
「それはちょっと勘弁してほしいな?」
やっぱり訂正、ナタリーが何言ってるかちょっと分からない。
そうこうしている内に予定していた出陣時間がやって来た。
「サニー。そろそろ」
リリーの呼びかけに気持ちを切り替える。いくらハッタリに過ぎない行軍とはいえ真に迫る必要がない訳ではない。殺意の無いフェイントなどクソの役にも立たないのだから。
「事前の作戦通りゆっくり進軍しながら向こう側と交渉。現場での細かい判断は各部隊に一任しますが報告だけは忘れないように。それじゃあ、出発!」
かくして日はまた昇る。
しかし、太陽の変化を気に留める者は多くない。
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