第86話 軍施設内

「さすがに朝から報告書を書き続けるのはしんどいわ」

 執務室内にサニーの愚痴がこぼれた。

 魔獣愛護団体と名乗るトンチキ団体の拠点の強行捜査に乗り込んだ翌日、サニーは報告書の作成に追われていた。

 その総数、50件。

 捜査自体は隊員の物量で押し切れるものの、その報告書をまとめて提出するのは彼女の業務である。

 各隊員から上がってきた情報を所定のフォーマットに落とし込むだけの作業ではあるが、それでもそれなりの数があると精神的にくるものがある。

「頑張ってください、お姉様」

「あんたも手伝いなさいよ」

「頂いた分はもう終わりましたけど?手伝いましょうか?」

 労いの言葉をかけるナタリーに振り分けた分の業務を進めるよう返事をすると、彼女はきょとんとした表情で振り分けられた分の作業が完了したことを伝えるのだった。

「……いいわ、休んでなさい」

 ナタリーの申し出を渋い表情で断るサニー。

 手伝ってもらいたくはあるのだが、妙に慕ってくるナタリーを幻滅させたくはない。

 実益とプライドの狭間で悶々としながらサニーはなんとかして昼までに報告書を書き上げた。


「にしても妙なのよね……」

 昼時、軍の食堂で食事ををとるサニーがぼやいた。

「何がですか?」

 思考から漏れ出たような言葉にナタリーが反応する。

「例の組織、結局どこの拠点からも人の痕跡が見つかってないのよ」

 聞かれてしまったのならば仕方がないと諦め、サニーはその違和感を言葉にする。

 人が集まって組織を成す。

 魔獣愛護団体なるものがどういう組織であれ、その拠点に魔獣が居たのならばそこには少なからず人の痕跡があるはずなのだ。

 だが、提出前に一通り目を通した報告書のどこにもその組織の人員と接触した記録がなかった。

 流石におかしいと思い先程から延々と頭の中で理屈をこね回していたサニーだが、どうにも道理が通る理論を組み立てることができなかった。

「魔獣しかいませんでしたね、食べられちゃったんじゃないですか?」

 ナタリーが身もふたもないことを言う。

 魔獣をコントロールする方法は未だ見つかっていない、愛情を持って接したからといってそれが返ってくることは決してない。

 せいぜい美味しくいただかれるのが関の山だ。

「それでも血痕なり肉片なりあってもおかしくないはずなのよ、それが何も無いっていうのはなんかこう……ねえ?」

 サニーもその可能性を真っ先に考えたのだが、妙な違和感がその仮定を成り立たせない。

 件の団体が魔獣を捕獲、王都内で飼育の真似事をしようとして失敗、愚かな阿呆共が魔獣の餌になりました。

 それならば話は楽なのだ。

 だが、拠点のはずの屋内に魔獣の姿はあれど襲われた人の肉片や血痕は一つもなかった。

 ならば王都内で魔獣が発生するようになったのか?

 それも違う、もしそうならば今頃大騒ぎで、のんびり昼食を取っていられるような状況ではないだろう。

「お姉様、あまり悩みすぎるのも良くないですよ?」

「それもそうね」

 近頃、妙に気にかかる事案が立て続けに起きたことで少し神経質になっているのかもしれない。

 そう思ったサニーは不安げな様子でこちらを伺うナタリーを目にすると気持ちを切り替えた。


 それから数日後、休憩中のサニーの元を一人の男が訪れた。

「サニー隊長、ご休憩中の所失礼します。鑑識依頼の件で内密に報告したいことがございまして」

 どうやら鑑識に回していた物の件で一騒動あるらしい。

「今向かうわ、ナタリーはどうする?」

「もちろんご一緒……」

「申し訳ございませんが隊長お一人でお願いします」

「うわ、嫌な予感しかしない」

 ナタリーを同行させようとした所を阻まれてしまい、サニーは嫌な予感をひときわ強めつつも、覚悟を決めて鑑識に同行するのであった。

「こちらです」

「魔石……よね?一体これのどこが問題なの?」

 向かった先でサニーが目にしたのは、魔石。

 生物が魔法を使うために必要な器官、人のみならず魔獣でさえも魔法が使えるならそれは存在する。

 鑑識には先日の件で討伐した魔獣の調査を依頼していたのだ、そこから魔石が見つかるのは別に何もおかしな話ではない。

「こちらと同じものが数件、解体した魔獣の中から発見されまして」

 そう言うと男は先程提示した魔石と同じものを次々と机上に並べていく。

「は……?同種の物ではなくて?」

 男の言動にサニーの常識はあっけなく崩れ去った。

 魔石というものの性質上、同一の物が存在するというのはあり得ないはずである。

 血筋によって継承されるそれは、たとえ親兄弟のものであっても全て微妙に異なる。

 もし仮に討伐した魔獣の中にそういう関係性の同種の魔獣が居たとしても、そこから発見される魔石が同一の物であるということはあり得ない。

 だが、あり得ないはずの物は確かに目の前に存在する。

「……別種の魔獣からまったく同一の魔石が確認されたって認識でいいのね?」

 サニーは目の前に並んだ奇妙な石をいじりながら自身の見解をまとめ直した。

「おっしゃる通り、これとは別に魔獣固有の物と思われる魔石も見つかっています。前例がないので信じ難いとは思いますが……」

「現物を前にしたら信じるも何も無いでしょ。ところで、旧魔法研の話に詳しい人はいる?」

 納得できる物ではないが実物がある以上、そういう物として受け入れる他ないのだろう。

 サニーは考えを切り替えると、魔石研究に関して暗い噂のある旧市街地にあった旧魔法研究所への伝手を求めた。

 魔石の研究自体、魔神の発生以降行われていない前時代の話で、サニーでさえも軍で資料を確認した程度に過ぎず、その詳細を把握している訳では無い。

「旧市街地側の、ですよね。現役の者には居ませんし、なにぶんタブー視されているので伝手が見つかるかどうか……」

「やっぱそうよね」

 そしてそれは鑑識側も同じであった。

 魔神の出現を境にして王都の運営はほとんど丸ごと入れ替わったと言って相違ない。

 故にそれ以前の情勢を知るものがほとんど居ないのだ。

 生体から取り出した魔石の研究開発を行なっていたのは旧魔法研を除いて思い当たる節がなく、情報を求めようともそこに繋がる伝手がない。

 手詰まりを感じる空気が流れ始めた頃、サニーが突然声をあげた。

「……いるじゃん!これちょっと借りてくね!」

「サニー隊長!?勝手に持ち出されては困ります!」

 机に置かれていた魔石を無造作に掴み取り駆け出す彼女を制止しようと男が声を上げる。

「いい感じになんとかしといて!明日には返すから!」

 その声を無かったことかのように強行して、サニーは退室するのであった。

 向かう先は西部領、リリーの実家である。

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