第9話 試験対策集中講座・中編
2ヶ月半が過ぎた。
何事もなくというとすごく語弊があるが、ねじ込まれた地獄からはどうにかこうにか脱出することができた。途中からあまり意識がなくおぼろげな記憶しか残っていないのだが、倒れる限界まで訓練、シャワーを浴びて飯を食い、妙な点滴を打たれてそのまま意識を失うのを繰り返していたような気もする。
正直なことを言うと、あまり思い出したくない。
ともかく、生き残ることができた。生還したのだ。
今の私なら金メダルだって取り放題、そのぐらいの運動能力になった。
それでもサニーさんに攻撃を当てることは一度もできなかったけど、それも手加減をされたまま。なにあれ反則じゃない!?どうなってんのあの人!?
「名残惜しいけど時間がないので基礎トレーニングはいったん終了です!この後はナタリーにお願いしてあるので七班の敷地へ移動するんだけど、その前にアイギス、桐子と一緒に鍛冶屋に向かってくれる?」
「鍛冶屋……?ああ、まだ武器を渡していなかったんですね」
「店主に話付けて一式揃えてもらってるから。アイギス、悪いけど出し入れの仕方だけ教えてくれる?私はほら……できないから」
「武器一式受け取ったら七班の演習場でいいですか?」
「ナタリーが待ってるはずだからよろしくね」
どうやら私用の武器を受け取りに鍛冶屋へ行くらしいのですが、せっかく武器が作れる魔法が使えるのにどうして買いに行く必要があるのかわかりません。
「あの、魔法で武器が出せるのにどうして買いに行く必要があるんですか?」
当たり前と思う質問をした私に対してアイギスは驚きと諦めの混じった表情で返した、私でなくサニーさんに。
「ナタリーさんに遅くなるって伝えておいて」
私、なにか聞いてはいけないことを聞いてしまったんでしょうか?
アイギスに連れられて王都にある鍛冶屋にやってきました。武器や防具が並べられてる空間に来るとファンタジー感があります、ワクワクしますね。
「すいません、サニー・アージェント名義で注文した武器の引き取りに来ました」
「アイギスか、武器一式は試し場の方に置いてあるから持っていきな。それと例のブツも出来上がってるぜ、後で持っていくから先に行って待ってな」
「もうできたの!?ありがとう!今からなら試験に間に合いそうね」
「本気か?面白い試みだとは思うが新しく腕を生やすようなものだぞ」
「大丈夫よ、あの訓練を乗り越えた私ならなんだってできる気がするわ」
アイギスはしばらく店主と雑談を交わした後、注文していたらしい盾を受け取り、私を鍛冶屋に隣接している試し場の方に連れて行った。
試し場に到着し、私宛の納品書が貼り付けられた樽の中に無造作に入れられている多種多様な武器を前にしてアイギスに問われる。
「キリコは固有魔法についてどの程度教わったの?」
「どの程度と言われると……この程度?」
全体の技術体系を知らないのであれこれ喋るよりも今できることを見てもらったほうがいいかもしれない、そう考えて右手を中心に棒状のなにかを形成する。2ヶ月半に及ぶ無茶苦茶な訓練の結果、魔力の操作に関しても驚くほどの技量の向上が感じられた。
『魔力も身体機能の一部』ってサニーさんが言ってたのはこういうことだったんだ。
「なるほど、とりあえず武器を形作るところまではできるわけね?今作り出した武器をしまうことはできる?」
「しまう?ええっと……」
私の身長を超えるサイズの長い棒状のものを一体どこにしまえばいいのか?要求されてる内容がわからず戸惑ってしまう。
「そこからね、だいたい状況はわかったわ。今、武器を作り出すときに魔力を出して集めて固めるようなことをしたでしょ?その逆をやればいいの、押し固めた魔力を解いて自分の中に回収すればいいの」
「解いて回収する……」
自分の手元にある武器に視線を向ける、これは武器でいて私の魔力でできたもの、私の外側に存在する私の一部、だからバラバラに分解して私の中に取り込むことができる。なんとかなりそうな気がする。イメージを持って手に力を込めると先程まで持っていた武器は幻でもあったかのようにあっさりと消えてしまった。
「よくできました!そこまでできるならあんまり時間はかからないかもしれないわ。やっぱりあの訓練に効果が……いや、でも二度とやりたくない……」
褒めたかと思えばあの地獄を思い出して落ち込むアイギス、軽くトラウマになってるじゃん。
「終わった話は後にして次を教えてくれない?ナタリーさん待たせてるんでしょ?」
内容を終えたというよりかは日程の都合で無理やり切り上げた感じはするのですが、だって明らかに手を抜いた相手を追いかけて好きなように打ち込むだけでしたし、最終的に自由に打ち合うことになるんでしょうか、アレと?生きて帰れないでしょ。
「……そうでした。ちょうどいい機会だから説明しながらやってみせるわ」
そう言うとアイギスは先ほど店主から受け取った盾を手に取ります。
「まずはちゃんとした武器を作り出そうとするためには完成させる物の明確なイメージが必要っていうのは、わかるよね?」
「言われてみれば確かに」
棒状の物を作ったときは特にイメージもなく、魔力に任せてなるようになる感じに展開していました。まぁ、刃のついてない金属の棒でも十分に武器と言える気はしますが。
「あんまり思い悩まなくても大丈夫よ、私だって最初にできたのは歪んだ金属板だったんだから」
「あはは……」
思わず笑ってしまったけどここは笑って良いポイントなんだろうか、異文化ってよくわからない。
「やる事はさっきの武器をしまう工程とだいたい一緒よ、その前に手元にある物に魔力を流して理解する必要があるだけね」
「……オリジナルを元にしてコピーを作る?」
「だいたいその理解で大丈夫よ。まぁ、使ったオリジナルは消えちゃうんだけどね」
言うやいなやアイギスの手元にあった盾が消える、そして再び顕現する。顕現した盾から手を離してもそれは地面に落ちることなく空中に留まる、上下に左右に回転を伴って意思を持つように空中を舞う盾はひとしきり動き回ると満足したかのようにアイギスの手元に戻っていき、消えた。
「今のも固有魔法の一部なの?」
発生させた武器を自由に飛ばせるならそれはめちゃくちゃに強いと思う。
「飛ばしたの?これはこの盾に特注で付けてもらった機能ね、汎用魔法よ」
「いいなぁ……」
「まずはそこに用意してもらった武器を一通り使えるようになってからにしなさい」
怒られました。気を取り直して樽の中にある剣を取り出します。
「さっき作ったのって棒でしょ?だったら最初に手を付けるのは似たような形のこの辺のほうがいいと思うわ」
アイギスが樽の中から槍と棒を取り出して押し付けます。私もそんな気はしてたんですよね。
この後樽の中にあった多種多様な武具の数々を延々とコピーし取り込む作業が始まりました。剣、槍、斧、棒、盾、どれも基本的な形状でしたが大きいものも小さいものもあり、これらの取り回しを全部覚えるのは大変だなぁと思うのでした。
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