第59話 魔女
「そういえばリリーさん、魔女ってなんなんですか?」
黒峰の屋敷で資料を漁っているリリーはある日、住人である理沙から質問を受けた。
疑問に思う気持はよく分かる、リリー自身だって逆の立場であればそういうことを問うたに違いない。
ただ困ったことに、回答をはぐらかしたい質問というのは確かにあるのだ。
「何と聞かれても……魔法が使えるから魔女というぐらいしか答えようがないけど?」
リリーはしばし逡巡した後、さもそれが真実であるかのように答えた。
「嘘つき。キャサリンさんが言ってましたよ、正しく魔女と呼べるのはあの人しか知らないって」
リリーにとって誤算だったのは理沙の抱いた疑問が彼女の内から発生したものでなかったことだろう、理沙はリリーが魔女と呼称される存在であることを知っていて、改めてそれが何かを問うてきたのだ。
「ったく、あの子は……あんまり面白い話じゃないけど、知りたい?」
「もちろん、お願いしますね」
リリーはこの場にいない自身の部下であるキャサリンに舌打ちすると渋々話を始めた。
「魔女っていうのは、一種の呪いよ」
「呪い、ですか?」
リリーが言うには魔女というのは呪いらしい、他でもない魔女本人がそう言うのだからそうなのだろう。
「そう、願いと命を託されて生まれてくる特殊な命、それが魔女」
「それのどこが呪いなんですか?生まれてくる子に願いを託すのなんてよくあることじゃないですか」
だが、理沙には上手く伝わらなかったようだ。
確かに言われてみれば自らの子に願いを託す事など当たり前のことである。
健やかであれ、世や人の為であれ、偉人にあやかり名を託すこともその一つなのだろう。
理沙に対してリリーは説明を補足する。
「命をって言ったでしょ、母体はその生命と引き換えに魔女を産むのよ」
「魔界では出産時に死亡することが多いんですか?」
それすらも上手く伝わらなかったりはするので異文化交流とは難しい。
「あー……死ぬって言い方が良くなかったわ。子供を残して消えてなくなるのよ」
「えっと?それは一体どういう?」
訂正を繰り返すリリーの話を理沙はようやく理解した、理解したそれを受け入れられるかはまた別の話なのだが。
「言葉の通り。時期を迎えると母体が消失して乳児だけがその場に残されるらしいわ、私も父さんから聞いただけだから本当かどうか知らないけどね」
「えぇ……?」
「そういうものよ、魔法なんて。今でこそ大半は理解できるようになったけど、未知のものもまだまだあるわ。特にこういう痕跡が残らない類のものはね」
汎用魔法を調査し解析しまとめ上げたリリーでさえも未だ知らない魔法はある。
彼女が知りたい調べたいと願ってもその機会すら与えられないことだって確かに存在するのだ。
「……それで、魔女を産むメリットってなんなんでしょうか?」
飲み込みきれない事象を理解した事にして己を偽り、理沙はさらなる疑問を口にする。
わざわざ命を対価に払ってまで魔女を生み出す理由である、頭数でいえばプラマイゼロ、成長に必要な時間を加味すれば普通の子を産むよりもマイナスに思える。
「共通するのは戦力の増強よね、単純に扱える魔力量が大きい、単純に生物として強い。それと固有魔法が血統に依存しないことぐらいかしら」
リリーが言うには母体を減らしてでも魔女を産んだ方が結果的に戦力としてプラスらしい。
そしてもう一つ理沙が気になったのは初めて聞いた単語。
「固有魔法?」
「その人が得意な魔法って認識でいいわ。火を出すのが得意とか、水を出すのが得意とか、それらは血統に左右されるんだけど……」
なるほどと理沙は思う。
誰にだって得手不得手はある、魔法が使えるのならばそういう事もきっとあるのだろう。
「けど?」
ならば魔女はいったいなにが違うのか?
「魔女はそれに縛られない」
「なんでもありってことですか?」
それならば強い。
得手も不得手もなく、ただただ純粋に強い個体を産めるのならば誰だってそうするだろう、跡継ぎに必要な頭数が揃っているのならばなおさらだ。
「そうだったら良かったんだけどね……魔女の在り方はそれを産んだ母体の願いが反映されるの」
だが、その考えはリリーによって否定された。
「ちなみに、リリーさんは?」
当然気になるのはリリーの在り方、彼女は一体何を望まれ何を得意とする魔女なのだろうか?
「それがわかれば苦労しないわ」
リリーの言葉は誰に向けて放たれたものだろう、何でもできる虹の魔女は何でもできるが故に自身の在り方が分からない。
「ところで、サニーさんでしたっけ?あの人は魔女じゃないんですか?」
「サニー?あの子は魔女じゃないよ、普通の……とも言いづらいけどとりあえず魔女じゃないことは確かね」
魔女であるはずのリリーと比べても単純な出力ではサニーのほうが強い。それすなわち魔女なのではと疑いたくもなるが、彼女は魔女ではないはずだ。第一彼女の母であるセレスティアが存命なのだ、だからサニーは魔女ではない。
そのはずなのに、妙な違和感がリリーの中に生まれた。
なにか見落としている気がする、なにか大事なことのはずなのにそれは具体的な事柄にまとまらず彼女の頭に残り続ける。
「……リリーさん、どうかしたんですか?」
「なんでもないわ」
言葉にならないということはきっと些細な事柄なのだと自分に言い聞かせリリーはモヤ付いた違和感を飲み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます