第89話 訓練場(王都)

 養成所の開講まで残り一週間となった頃、直に3年目を迎える特別クラスの面々は急遽サニーから呼び出しを受けて軍が管理する訓練場に来ていた。

 なお、リュウガとアヤメは東部領の一件が尾を引いているらしく仕方なく欠席である。

「休み減るの嫌なんだけど」

「召集されたから仕方なくって感じよね」

 休暇中に喚び出されたことを露骨に嫌がるキリコとクロエ。

「あんた達、来年から西部領の運営側でしょうに、大丈夫?」

 そんな二人の行く末を不安そうに見つめるアイギス。

「学生気分を満喫してたいんですー」

「無責任な最後の一年を楽しみたいんですー」

 茶化すように言う二人の言い分も分からないではない、将来が確定されている二人が完全に無責任で自由なはずはないのだが、それでもその立場に収まるまでは少しだけ自由で少しだけ無責任であり、そしてそんな日々がずっと続かない事を知っているからこそ、それを大事にしたいのだ。

「まあまあ、半日かからないそうなので早く終わらせて遊びに行きましょう?」

「……?」

 駄々をこねるように文句を垂れ流す二人を宥めるカーラを見てアイギスは彼女の変化を感じ取っていた。休暇に入る前の彼女であればおそらくクロエに同調して文句を言うか、静観するかのどちらかだったはずである。

 いい方向の変化とはいえそのキッカケに思い当たる節のないアイギスはただ首を捻るばかりであった。


「動きやすい服装でとは言われたけど何やるか聞いてないのよね……」

 リュウガとアヤメを除いた特別クラスの面々、計8人が集合場所に指定された訓練場に集まったあたりでアイギスがボソリと不穏な言葉を口にした。

「アイギスも聞いてないのか?一体何をやらせるつもりなんだ……」

「妙なことじゃなければいいんだけどな……」

 その言葉を皮切りに全員に不安がよぎるのも仕方ないだろう、ここにいる全員が2年間サニーによる特別訓練と称されただけのギリギリ死なない拷問めいた訓練を経験しているのだ。

 動きやすい服装を指定された時点でおとなしい座学でないことは分かりきっている、一同がこれから訪れるであろう悪夢のような未来をハッキリと想像したあたりでそいつはやって来た。

「お待たせしました!毎年恒例の体力測定をしましょう!」

 漂っていた不安な空気ごと吹き飛ばすように、屋内訓練場の扉を破壊しかねない勢いでやってきたのは大方の予想通りサニーであった。

 毎年恒例の体力測定、彼女の発言にしては極めてまともなもののように思える。

「恒例って、今まで一度もやってなくない?」

 訂正しよう、いままで一度もやった事のない行事を毎年恒例などと宣うのはどう考えてもまともではない。

「だまらっしゃい!今年から恒例にします!」

「やっぱりそれは恒例って言わないと思う」

 昨年まで影も形もなかった商習慣を押し付ける様な強引さで話を進めるサニーに冷静な指摘を続けるキリコ。

「文句を言う子は錘つけちゃおっかなー?」

「体力測定の意味は!?」

 挙げ句の果てには体力測定の意味すら無駄にしかねない発言まで飛び出してくるものだから無意味な会話が加速していく。

「おしゃべりは程々にして準備できた子から測定用の機材に向かってくださいね〜」

「はい……」

「すいません……」

 結局、後からやって来たナタリーに急かされるまで不毛な会話は続くのであった。


 魔界式の体力測定は多岐にわたる。

 人間界でいう一般的な体力測定テストであるところの生物的な運動能力を測る項目に加えて、魔力周辺の能力を計測するとなればその項目数が増えるのは容易に想像が付くだろう。

 魔力総保有量、定格魔力出力、瞬間最大魔力出力、魔力回復速度……等の項目が一般的な計測対象である。

 一通りの計測が終わった上で各個人の魔力出力から魔力による身体強化の伸び率を逆算して測定は終了となる。

「まあ、悪くない結果じゃないかしら?」

 特別クラス全員の測定を終え、結果を一通り眺めたサニーが評価を口にした。

 彼女からすればまずまずの及第点と言ったところなのだろう。

「悪くないどころじゃないですよ!全員とも軍属の中央値越え、十分すぎるくらいです。どこから声がかかってもおかしくないですよ」

 むしろサニーの評価は辛口に寄り過ぎているのだろう、同じ資料を確認したナタリーからはほとんどベタ褒めに近い評価が出てきた。

 養成所での育成期間を丸1年残した状態ですでに軍属の中央値を超える能力を示しているのだからそれも当然と言える。

「私が直々に育ててるんだから当然でしょ」

 文句のつけようが無いほどの成果ではあるが、それすらサニーにとっては達成して当然の目標だったのだろう。異常な強度の訓練を課している自覚がない訳ではない、ならばこのぐらいの結果は叩き出して当然と彼女は思っていた。

「ところで、どうして急に体力測定なんか始めたんですか?軍属になったらどうせやることになるのに」

 ふと、ナタリーに突然始めた体力測定の意義について問われた。

 慣例的には軍属になってすぐに体力測定があり、そこでの結果と希望を確認した上で配属先が決まるものだ。

 養成所に入所していた頃にその手の測定をやった記憶は彼女にはない。

「言ってなかったっけ?養成所入校の試験内容を変えることになってね、参考値を出さなきゃいけなくなったのよ」

「それはまた急な話ですね、何かあったんですか?」

 サニーが言うには今期から養成所の入校試験内容が変わるらしい。

 今まで行われていた学科試験と試験官との模擬試合ではなく、学科試験と体力測定の結果をみて判断する形になるそうだ。

「元々、総合的な戦闘技能の適性を見るって名目で現行の実技試験が定められたんだけど。ルールも決まってるし、試験官の技量も大体一緒ぐらいじゃない?抜け穴がないとは言えないし、露骨に狙ってくる連中も出始めたからそろそろ替え時じゃないかなって」

 サニーは試験内容変更の申請時にでっち上げた建前上の理由を語った。

 例の魔石が使用されていた試験用の魔道具を使いたくないというのが本音だが、それをナタリーに語ってしまい事件に巻き込んでしまうかもしれない事をサニーはひどく恐れたのである。

「ああ、確かにそういう面白くない連中も居ましたね」

 嘘の理由を信じたナタリーを見て、サニーは内心安堵する。

 彼女の中でナタリーは未だ可愛い妹分なのだ。

「試験はちょっと大変になるけど長めに日程を取れば大丈夫じゃない?」

「予算は……?」

 試験会場は軍所有の施設で行われるとはいえ、もちろん無償ではない。

 日程が延びるならばその費用をどうやって負担するかは当然のように厳しいチェックが入る、ましてや試験内容の変更はサニーの発案なのだ。

 つまるところ前回まで観客の飲食代や受験者を対象にした賭博めいた行為で集めていた資金をどのようにして新しい試験方式に適合させるかは彼女が草案を提示する必要があった。

「……頑張ったわ」

 サニーはその過酷な作業の感想をため息を吐くようにして呟いた。

 元より書類仕事の嫌いな彼女である。

 そのうえ見物客が少なくなりそうな体力測定という試験方式でどうやって費用を回収するか計画を立てるのは非常に難航した。

 他部隊の乗馬訓練を見て脳裏によぎったアレがなければ草案を押し通すことなどできなかっただろう。


 あとはただ、当日の運営がうまくいく事を願うばかりである。

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