第90話 養成所寮内

「なーんかつまんないなー」

「訓練が半日で済むとはいえ、自由がないのは堪えるわね」

 養成所の寮内にある談話室でキリコとクロエが不貞腐れていた。

 その理由は寮施設外への外出禁止令にある。

 別段彼女達が何かをしでかした訳ではないのだが、防犯上の都合という名目で例年と違い養成所の入校試験期間中は外出が制限される形となってしまった。罰則の度合いによっては規則を無視して外出するという手段も考えたものの、見透かされていたかのように設定されていた異様に高額な反則金を見てしまうと諦める他なかった。

 結果、どうしようもなくなった二人は談話室にあるソファーに酷い姿勢でもたれ掛かっていた。他人に見つかればイメージが崩壊するからやめてと泣きつかれそうなとんでもない体勢である。

 そんな二人の元に街の様子をどうにか確認しようと物見櫓に登っていたアイギスとカーラが戻ってきた。

「ちょっと見てきたけど街に出ても碌に行動出来なそうよ」

「すごい人数でしたねー、例年どころの騒ぎじゃありません」

 二人が言うには街中は例年以上の人混みで混雑しており、仮に外出したとしても碌に行動できるような状況ではないという。

「どうしてこんなことになったんでしょうか?」

「だいたいサニーのせい」

「ウチの叔母がご迷惑をおかけします……」

 この騒ぎも原因を辿ればやっぱりサニーのせいなのだ、身内に原因がいるアイギスは少しばかり肩身が狭い。

「と、とりあえず放送でも見よっか?」

 いたたまれない空気を払拭しようと、キリコは談話室にある放映装置のスイッチを入れた。

 この放映装置、元々は街中に設置された防犯カメラの映像を垂れ流すだけのものなのだが、娯楽に乏しい寮生にとってある種の暇つぶしとして利用されている。花鳥風月とまではいわないが、楽しもうと思って興味を示せば意外となんだって面白いものなのだ。

 街中の風景を映すカメラを切り替えていくと、例年通り試験場として使われている会場が映った。会場内で行われているのはキリコ達も先日経験した体力測定なのだが、その盛り上がりは異常の一言に尽きる。

 しかも異様な熱気をはらんでいるのは受験者側でなくて観客席側なのだ、明らかに何かがおかしい。

「いくらなんでもこの客席の盛り上がり様は異常じゃない?」

「他人の体力測定にそこまで盛り上がれる要素ってあったっけ?」

 映像で映し出された空間の異様な盛り上がりを見て二人して首を傾げるクロエとキリコ。

「サニーのことだからきっとなにかおかしな事をしてるはずなんだけど……あった。アレが原因ね」

 困惑する二人をよそに映像を切り替えていくアイギス、しばらくすると彼女は興奮を通り越して狂乱に近い騒ぎの原因らしきものを見つけ出した。

 そこに映し出されていたのは賭け金払い戻し倍率の一覧であった。

 少なくても数百倍、多いものでは数万倍の倍率が提示されている。

「何あの倍率!?いくらなんでもおかしくない!?」

 その数字を見てキリコが驚きの声を上げた。

 例年通り受験者と試験官との試合形式であれば賭けの選択肢は勝ち・負け・時間切れの三つ、100人に一人いるかいないかといった具合の受験者側の勝利はかなりの倍率まで跳ね上がるが、それでも百倍を超えるような事はほとんどない。

 そんな環境が当たり前だった所にこれである、何かを間違えて設定してしまったと思ってもおかしくない。

「……いや、たぶん合ってるわ。20人で作られたグループのトップを当てるならあのくらいにはなるはずよ」

 しばらくルールを眺めていたクロエが口を開いた。

 20人ずつ行われる体力測定の結果が一番良い者を予測して当てる形式のようだ。

 さらに5グループそれぞれのトップを予測するものまである。流石に当てられる気が微塵もないのだが、その倍率はとんでもない数字になっている。一攫千金とはこのことなのだろうか。

「あれが欲に目が眩んだ人の群れですか……少し恐怖すら感じます」

 サキュバスであるカーラ自身も他人を魅了することで正気とは呼べない状態に陥れる事はできる。

 だがそれは自身に好意を向けさせるためのものであるからして、あんな風に狂ったように叫んだり、泣き喚くようにするためのものではない。

 今まで経験したことのない感情の発露を目の当たりにして、カーラは身体を震わせた。

「負傷者を出さずにあれを押さえ込むのは難しそうね……」

 一方アイギスは狂気とも呼べる状況の群衆を眺めながらどうやってそれを抑え込むかを検討していた。

 空中に並べた盾を列をなすように動かしては納得がいかないのか首を振り、再び盾を並び替えて……という作業を一人黙々と続けている。


 そうこうして暇な時間を潰していると、随分と疲弊した様子のリュウガとアヤメがやって来た。大量の手荷物を見る限りつい先ほど寮に到着したらしい。

「ようやく着いた……なんなんだあの騒ぎは、いくらなんでもおかしいだろう?」

「去年はここまででは無かったはずなのですが、何か事件でもありましたか?」

 二人はここまでの道中、大量の人混みを大きく迂回する形で寮へと辿り着いた。

 例年の比ではなく混雑する王都を大きなキャリーケースを引っ張りながら移動するのは想像するだけでうんざりする。

「事件は起きてないけど、お祭り騒ぎにはなってるね」

「……そうか、だいたい把握した」

 キリコが映像を切り替えリュウガが迂回してきたであろうエリアを映し出すと、それを見たリュウガは呆れたような様子で事情を飲み込むのであった。

「あれ?リュウガ、刀新調したの?」

 やってきた二人をそれとなく観察していたアイギスが、リュウガが腰に下げている刀が以前のものと違うことに気がついた。

「ああ、これか?東部の一件で一本駄目にしてしまってな、打ち直せる鍛治師が見つかるまでの予備だ。正直あまり良いものじゃない。見ても構わないが、興味を惹くものじゃないと思うぞ」

「ふーん……」

 彼が言うには間に合わせの品らしい……確かに当時使っていた物のような妙な迫力は感じられない。とはいえ量産品のような安っぽさを感じる作りでもなく、名剣と呼べるほどの物ではないがそれなりに良い得物なのだろう。

「ここに来たって事は東部のゴタゴタは片付いたって認識でいいのね?」

 クロエがリュウガの方に顔を向けて尋ねた、向いたのは顔だけだった。

 まだ若いから良いもののそのうち腰を悪くしそうな体勢である。

「ああ、来年から俺が引き継ぐことになった。何かあればよろしく頼む」

「ええ、よろしく……何かあればって、東部領を解放するつもりでもあるの!?」

 淡々と自らが次期領主であることを述べるリュウガの発言にクロエが噛みついた。

 元より西部と東部の交流は極めて少ない、ほぼないと言って良い。単純に距離が遠いというのもあるし、生活に必要な資源に関してはどちらも自領で賄えるようになっている。可能性として残っているのは文化的なものだが、東部領側が閉鎖的である現状はそれすらもないと言って良い。

 それ故に今後の交流を仄めかすリュウガの発言は、その単純さに反して非常に重要なものであった。

「数年……いや、もっとだな。時間はかかるだろうが他領との交流を全面的に進める計画だ、協力してくれるか?」

「大変だろうけど頑張りなさい、応援してるわ」

 誓いを立てるように宣言するリュウガにそっけない態度をとりつつも協力を約束するクロエ。

 その返答に満足したのかリュウガはアイギスのいる方へ歩み寄ると突拍子もないことを言ってのけた。

「それと、アイギス……結婚してくれ」

「……へ!?」

「若様……」

 完全に固まった空気の中、アヤメだけが頭を抱えて項垂れていた。

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