第112話 五里霧中
メインマストが吹き飛んだ帆船を人力で漕ぎ進め、疲労困憊を幾度か通り過ぎた後、一行はどうにかこうにか目的地である南の島にたどり着いた。
「船旅なんか二度とするもんか……」
船を降り、周囲の状況を軽く確認したサニーの口から怨嗟の声が漏れ出るのも仕方ない。そんな彼女を見て、しばらく考え込むそぶりを見せた後でリリーは。
「……ちょっと何言ってるかわからないわ?」
強引にすっとぼけた。
「あんたがメインマストを吹き飛ばしたんでしょ!?」
「あの程度でへし折れるマストが悪い」
それでもなお追及するサニーに対し、リリーはあまりに無理筋な責任転換を試みた。その様はおおよそろくな人物には見えそうもない。
「帰りの算段は建ててあるから心配しないで」
「無事に帰れるんでしょうね?」
自信ありげに帰路の手段が計画済みであることを告げるリリーにサニーが疑いの目を向けると。
「……乗員の強度を十分に確保できれば?」
「それを無事に帰れるとは言わない!」
万能の魔女と呼ばれる天才は度し難い。
船内で休息を兼ねて夜を明かした翌朝、一行は二手に分かれて行動することにした。
島の探索:サニー、アイギス、クロエ、キリコ
拠点構築:リリー、スカーレット、古都子
文字通りになんでも出来るリリーをどちらに回すか悩んだものの、結局は『帰りも手漕ぎとか絶対嫌!』という意見の一致から拠点側、強いて言えば船の修理に回された。
さて、島の探索に赴いた四人はというと。
「とりあえず、海岸にそって島を一周。問題なさそうなら内部の探索に移ろうか」
サニーが実に行き当たりばったりな探索計画を打ち立てていた。
「ちょっと飛んで見てこようか?」
提案を持ち掛けたのはクロエ。
高所からの偵察が有益などということは遥か昔から分かりきっていることである。その為に人は櫓を組み、果てには空を飛ぶ機械まで造るようになったのだ。それにもかかわらず、サニーはその提案に首を横に振って答えた。それも奇妙に格好つけたセリフを口にして。
「さっきも言ったでしょ?刺激があるから人生は楽しいって、そう思わない?」
さっきも言った。その言葉通り、サニーは探索に出かける前にも同じセリフを口にしていたのだ。あれは確か、探索に危険がないかどうかを古都子が気を利かせて予知しようとした時だ。親切心からくるそれを否定した瞬間、疑問に満ちた表情を浮かべる皆の間で、リリーだけが呆れ顔だったのを覚えている。
「その妙に気取ったしゃべり方は何なの」
短時間の間に二度も同じ言い回しをされればさすがに気にもなる。クロエがそれについて尋ねると。
「ローザなら知ってるはずよ」
サニーはクロエの母であるローザなら知っていると何でもないことのように言う。
「母様が?……ああ、そういうこと。要するに大した理由はないってことね」
奇妙な返答にしばらく考え込んだクロエは、二人をつなぐ共通点に思い至り、ひどく呆れた。
島の外周を半分ほど回った頃、キリコはあまりに今更な疑問を述べる。
「いまさら何言ってんだって思われそうなんだけど、この島ってたどり着けないって話じゃなかった?」
軍学校で教えられたのは、大陸から見て南にある島には調査団を含めて誰一人として上陸した記録がないという話。軍学校で習う情報が虚偽や古い情報というのは考えづらく、もし仮に誰かが何らかの手段で上陸を可能にしたならばそれなりに話題になっているはずなのに。実態はそのいずれでもなく、どういう訳かは分からないまま一行は到達不可と言われていた南の島に上陸してしまっている。疑問が生ずるのも当然の異常事態である。
ちなみに、島を一周する前に半分ほどと知っているのはサニーのあんまりな返答に辟易したクロエが上空から偵察したに過ぎない。その際、島の中央付近にポツンと一軒の民家があるのも確認済みだった。明らかに何か起こりそうではあるが『そこに行くのは島を一周してから!それは絶対に譲らない!』とサニーが駄々をこねた為に、一行は何も起きそうにない島の外周をてくてくと歩いているのである。
要するに、元凶であるサニーを含めて皆この状況に飽きてきているのだ。そんな所にいかにも突っ込んでくださいと隙だらけの発言を投げ込めばどうなるかなど見え透いた話だろう。
「わざわざ表情作らなくてもいいじゃん」
キリコは全員からとってつけたような『なに言ってんだこいつ?』の視線を向けられることとなった。揃いも揃って未開の土地を探索中にしょうもない余興に手を出すあたり暇さ加減が窺えるというものだ。
「……確かに。何事もなくとは言いたくないけど、上陸するのに特別なことはしてないわ。これならすでに調査が済んでそうなものだけれど、そうじゃないってことは……ねぇサニー、調査隊が派遣されたのは事実なのよね?」
気持ち……というよりかは表情を切り替えてアイギスが問う。
「そこを疑い始めると泥沼なんだけど、少なくともリリーが派遣されて上陸できなかったって愚痴を言ってたのは確かね」
過去を振り返ってサニーが答えた。あれは何年前のことだったろうか、船旅から帰ってきたリリーがひどく荒れていたのを覚えている。当時の彼女曰く『全く歯が立たなかった。なにかしらの侵入防止措置が取られているはずなのにそれが何なのか見当もつかない』と。確かあの時を境に島への調査隊派遣は打ち切りになったはずだ。
「事実確認は後でするとして」
「私の扱い雑じゃない?」
「いつも通りでしょ」
そんなサニーの発言をクロエは雑に流した。いつも通り雑なのでそれを雑と言うべきかどうかは微妙だけれど。
「考えられるとしたら当時とは状況が違うくらい?」
理由は分からないけれど侵入できない島に、理屈は分からないけれど今は上陸している。恐らくは何かが当時と異なるのだろう。キリコはそう結論付けた。
「状況って言ったらあれでしょ?」
アイギスが上陸地点の方を指さして言う。それが意味するのは大陸からずっと続く一条の破壊痕だった。サニーが魔神を倒した時の一撃は大陸を遠く離れた島をかすめるあたりまで続いていた。
「むしろあれ以外にある?」
「ないわね」
クロエとアイギスはそれを当然のように原因と定めた。その原因である本人に目を向けることすらなく。
「……やっぱ私の扱い雑じゃない?」
破壊痕の元凶であるサニーとて、やりすぎたと思わないでもない。魔神を倒すために必要な仕方のないことだったにせよ、その余波がこんな所まで続いているとは思いもしなかったのだ。
「仕方ないでしょ。サニーなんだから」
慰めるようでいてそうでないキリコの発言は塩の味がした。
『私はメインマストを吹き飛ばしました。』
首からかけた2枚の看板に挟まれたまま、リリーは砂浜になんだかよくわからない図面のようなものと、これまたよくわからない魔術式を書き連ねていた。
「せっかく作るんだもの、どうせなら面白いことに挑戦したいわね」
怪しげな笑みを浮かべ、独り言を呟きながら作業を進めていくリリー。楽しい一人作業が興に乗りだすとタガが外れてしまうのは彼女も例外ではないようだ。
「リリーちゃん、拠点設営終わったけどそっちは何か手伝うことあるかしら?」
返事がない。
「リリーちゃん、私の話聞こえてる?」
やはり返事がない。ただの屍……じゃなくてマッドサイエンティストのようだ。
一向に反応のないリリーに対ししびれを切らしたスカーレットは火をつけた。
「あっつ!あっつ!」
情熱的な意味ではなく人体発火的な意味で。
「……いくら気付いて欲しいからとはいえ、燃やす必要はなくない?」
紅蓮の魔女の手にかかれば人体発火程度は着火剤に火をつけるがごとくである。
「大丈夫よ、程よくウェルダンで済ますつもりだったもの」
「生物としては致命傷よね、それ」
燃やされた方はたまったものではないが。
「ところで、船の修理の方はどう?何か作ろうとしてるみたいだけど……」
リリーが夢中になって組み立てている装置を指さしてスカーレットが尋ねた。船の動力機関になるであろう何かを作っている様子だが、スカーレットが見てもその何かがなんであるのか見当つかない。
「内燃機関なら機構さえ作ってくれれば私の方で動かせるわ。リリーちゃんならそのくらい余裕で作れるでしょ?」
「面白くない」
半ば遭難に近いこの状況で動くかどうか分からない未知の物体を造られても困る。計画の方向性に修正を試みたが、それはバッサリと切り捨てられてしまった。
「あー、気持ちは分かるわ。それなら一体何を作るつもりなの?」
「概念機関」
「ちょっと何言ってるのかわからないわ」
万能の魔女と呼ばれる天才が何を言っているのかちっともわかりそうにない。
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