第4話 チュートリアル①

――そ、それではチュートリアルにレッツラゴー!――


 ナビ子は可愛く誤魔化すが、浪漫……マロンはジト目でナビ子を見つめていた。


(チュートリアルを忘れるナビゲーターって大丈夫なのかな。)


 視界が晴れるとそこは見渡す限りの木、木、木……他には草、草、草……


 人が入り込む余地のない森の中であった。

 端的に未開拓の森である。

 

――暫く前に進んでください。そこに小屋がありますのでチュートリアル中はそこできゅうけ……休む事ができます―――


(へぇ、チュートリアルでも休むところがあるって。本編始まった時の予行演習なのかな。)


 マロンは鬱蒼と生い茂る草を掻き分け、ナビ子の言う小屋を目指す。

 

(草の感覚が気持ち悪い。それに疲れる……)


 マロンの背丈に近い草と枝を踏み、掻き分け疲労にも耐え暫く進むと、少しだけ開けた場所に出る。

 これまで幸いにしてどんな生き物にも会っていない。


 マロンの目の前にはナビ子の説明していた小屋を発見する。


「あ、本当にあった。」


――その小屋は臨時マイホームとなります――


 マロンが小屋の前に着くと扉にはドアノブがあり、右手で握って回してみる。

 しかし鍵がかかっているため当然開く事はない。ガチャガチャという音だけがマロンの耳に残った。

 入れないじゃんとマロンがツッコミを入れようとすると、脳内でナビ子の声が再び響いた。


――住人登録する事で鍵がストレージに入ります。ドアノブを握って念じるだけで大丈夫です――


 マロンはドアノブを握っていた右手に力を込めて、頭の中に念じた。


「あ、出来た。本当に念じただけで登録できた。」


 住人登録が完了すると、ナビ子の指摘通り鍵がストレージに入っているのを確認する。

 鍵を取り出し鍵穴に入れて回すと、ガチャと開錠される音が響く。

 鍵をストレージにしまうとマロンはドアノブを回して、ドアを手前に引いて開く。



 マロンが部屋に入ると、中は意外にも充実しているように見えた。

 リビングにキッチン、ベッドにトイレ、風呂には湯船まであった。

 

「これチュートリアル中好きに使って良いの?」


――いぐざくとりー――


 ギャンブル兄弟の弟のように返答をするナビ子。

 マロンは一通りの設備を確認した後に、湯船にお湯を張り始めた。

 そしてベッドにダイブする。その布団のもふもふ位に感動をしながら堪能していた。


「ナニコレ、チュートリアルなのにこの充実した施設。冒険しないでここでだらけていたい……」


――そういう遊び方する人も皆無ではないでしょうけど、本編が始まれば敵が来る事もありますよ。それに敵でなくともはきますよ――



――まぁ、一応家には許可をした者しか入れないご都合設定がありますが、それは全ての生き物に有効なわけではありませんからね――


 微生物や虫の類はその限りではない。また同様の魔物であっても同様であると。

 許可云々というのは所謂プレイヤーやNPCと呼ばれるキャラクターに限る。

 目に見えない不思議な壁の力が働き、許可を得ないと入る事が出来ない仕様となっている。


 マロンの言うだらだらプレイはほぼ可能ではあるが、万能ではない。

 スタンピードのような場合の魔物は普通に入る事が出来る。寧ろ壊される。


 万能ではないというのはそういったところであるが、ギルドホームの個人版という認識が近い。


「あ、そろそろお湯溜まったかな。」 


 脱衣所で衣服を脱ぐと、脱いだものはストレージにしまった。

 脱衣所にはタオルなどが置かれており、風呂上りに使用する事が可能だった。


「い~い湯だっな~あははん♪」


 全員集合的なメロディで口ずさむ幼女……

 頭にはタオルを乗せて40度のお湯を堪能している。


 このゲームってなんだったけと思わせるひとときである。


 ちなみに人間で始めたプレイヤーにこのチュートリアルはない。

 草原などのフィールドから始まり、いきなり戦闘指南がナビ子からあった後に、そのまま戦闘が始まるのだ。

 つまり、これはランダム職業選択で得た、レアチュートリアルというわけであった。


 しかしそれをマロンは知らない。

 他の一部職業を選んだプレイヤーも同様に少し違ったチュートリアルを行っている。

 魔王のモブ部下から始まったり、鍛冶師の弟子として工房から始まったり一部例外がある。

 これはベータテスト時にはなかった仕様である。


 ベータテストをしているプレイヤーは恐らく効率重視・攻略重視が多いため、こういったところにお目にかかる事はない。

 いわば、一般発売組へのちょっとした運営からのおちゃめなプレゼント……みたいなものである。


 風呂を堪能しているマロンの脳内にナビ子の呆れた声が響く。


――この小屋はする事も出来ますよ。聞いてないようですけど――


 大事な事をナビ子が言っているのだが、思いの外しっかりとしている風呂を堪能していたために聞いていなかった。


――いいですねぇ。私もお風呂に入りたいですねぇ――


 その言葉はぼんやりとうっとりとしていたマロンの耳にうっすらとだけ聞こえていた。



 風呂から上がると、脱衣所に設置されていたタオルで身体を拭いてストレージにしまっておいた下着や衣服に着替える。

 尤も……セクシー衣装、ボディコン衣装であるために足や腕は露出している。

 胸元は際どく、お尻のラインは綺麗に出ている。ただし寸胴ボディのために魅力的に見えるかと言うと微妙である。


 幼稚園児のレオタードというのが一番しっくりくる例えだろう。

 

「そういえば、全然ツッコミ出来なかったけど、ボディコニアンの衣装ってこれコンプラ的に大丈夫なの?」


――セーフじゃないとこの物語、始まりませんよ――


(それはごもっともな話か。)


 マロンはストレージにしまってある装備を全て装着した。

 

 頭:なし

右手:魅惑の扇子(魅力+10)

左手:なし

 腕:なし

 胴:ボディコニアンスーツ・ミニワンピース型(魅力+5)

 腰:パレオ(魅力+5)

 靴:ローヒールサンダル(魅力+5)

 他:インナーカ魅力+10)

  :おぱんつ(ショーツ)(魅力+10)



「これ、怪盗三姉妹関係者や知ってる人から通報とか苦情とかないの?」


――その辺もクリアしてるから発売されてるんですよ――


(まぁそうだろうね、そうじゃないとダメだよね。)


 ストレージにはドロワーズが入っているが、今の衣装には合わないので着用を断念していた。

 他の項目にはいくつか残っているのだが、装備出来るものがないため割愛されていた。

 あと3つ装備欄が空いている。主に指輪等を装備する欄となっている。


「というか、下着の方がステータスアップが多いのはおかしくない?それにこんな初期装備で魅力が45も上乗せされてるんだけど。」


――色々な夢が詰まってまるから……嘆かわしい事ではありますが――


(あ、これは運営の一部が暴走した結果なんだろうなぁ。)




――それでは実際に戦闘……というか魅了に偏った戦いの練習をしてみましょうか――



「どうやって練習するの?」


 マロンが疑問を口にする。今はマイホーム的な小屋の中にいるので、いきなりこの場にチュートリアルモンスターが現れる事はない。

 ナビ子に従い小屋の扉を開けるとそこには……



「がるるるるるるるるるる……」


 人間が狼等の威嚇声をする時のような言葉のニュアンスで興奮している一匹の四足の魔物がいた。

 一瞬見たその姿は白い綺麗な狼の魔物ではあったが、魔物に縁のないマロンには恐怖でしかない。

 思わず扉を閉めて現実から逃げたく思っても仕方がなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る