第43話 予選の朝(ゲーム開始8日目)

 イベントは開始時間になると、カウントダウンが始まりゼロになると自動的に闘技場都市へとワープする事になっている。


 都市へ移動すると、闘技場の広場のような場所に集められ、司会進行のアナウンスの後予選ブロックの行われる各闘技場へと再び自動的に移動する。


 それは既に既に告知されている情報であった。


 イメージで言えば、野球場のような大きな施設にいったん集められ、その後体育館のような少し規模の小さくなった施設に移動と捉えるのが妥当である。


 ●●ドーム、●●音楽堂や●●公会堂や●●年金会館、ライブハウスという例えの方が分かり易いだろうか。


 そして、一晩せっせこ何かを作っていたマロンとアクア、トレーニングを続けたトリスは3時間は絶対に寝る!という意思の元、太陽がまだ影すら見せない3時過ぎにログアウトし就寝した。


 披露する機会があるかはともかく、やべぇ装備を作ってしまったというマロンの言葉と、これは流石にんじゃ……というアクアのツッコミを残して。





「おはよう。」


 翌朝ログインしたマロンが小屋の中に入ると、既にトリスとアクアが待機していた。

 

「おはよう。ってコレなんなのよー。」


 トリスが右手に持つお面?を持ってマロンに見せる。


「あぁ、私達って一応見た目幼女や少女じゃない?色々困る事もあると思うんだよね。だから隠蔽出来るものないかな~って思って。」


 マロンの説明によると、正体を隠すためだという。

 闘技イベントにおいて相手の中に幼女を見た時、守ってやりたいと思うか、カモだと思うかの二択が殆どだろう。

 少しでも舐められないようにするためと、後のストーカー予防対策としては何か策がなければならない。


 作ってるうちに悪ノリして、こんなのが出来ちゃったから後付けで理由を考えたわけではなかった。

 

「仮面幼女……とかどうかな。」


「団体戦だったらチーム名にありかもしれないけど、パーティ名やクラン名にそういうのはなし。」


 トリスがあっさり却下する。


「でもまぁ、イベント中に正体を隠すのは賛成。マロンのボディコン衣装もアクアのスク水も私のブルマーも……一部マニアに狙われる可能性があるだろうし。」


 しかし、この中で初期装備を使っているのはマロンだけである。メイド服は邪道という事で今回のイベントでは着用しない予定である。


「この仮面にはね、実は付与効果があって……」


「知ってるー。一応鑑定してみたからね。まぁ本当に良くもまぁ昨晩だけでこんなのできたね。」


「この仮面、手縫いなんだからね。なんとかスパイダーの糸とかなんとかワームの絹糸とかゆぐゆぐの板とか使って作ったんだよ。」


 それはちょうどトリスがトレーニングをしている最中の事だったので製作中を見る事はなかったのである。


「糸に拘るのは良いけど、材料聞いたら唐突に寒気が……」


 仮面を持ったまま身体を丸めてぶるぶると震えるトリス。

 アクアは平気なのか、平常運転だった。

 尤も、アクアも製造工程に携わっているので最初から知っているからというのもあるかもしれない。


「絹麻の浴衣みたいなものでしょ?中々良い塩梅なんだけどなぁ。」


 例えが分かり辛いマロンの説得だった。



「あ、そうそう。ゆぐゆぐの枝をコトコト煮出してたらさ、染料が出来たよ。アルミと銅と鉄があるから桜色、茶色、灰色と出来たよ。」


 それで蜘蛛と虫の糸を染めたと続けるマロン。


「さっきからゆぐゆぐ言ってるけどさー、もしかして……」


「あ、うん。全裸土下座した女神から少し貰ってたんだよね。実は種も貰ってるけど種はまだ植えてない。不用意に植えたら大きくなりそうだからね。」


 全裸土下座の女神は、半ば押し付ける形でいくつかのアイテムをマロンのストレージに忍ばせていた。

 これはほんのお詫びの印ですと書かれたメモ帳と一緒に。


 他には松ぼっくりのようなものから茶色、矢車から灰色、紫紺から紫、ベニバナから同じく赤みのあるピンクを抽出している。

 茜からこれまたピンク、蓬から緑掛かった灰色、貝から貝紫も抽出している。


 紫色は日本では高貴な色とされていた。

 西洋ではアクキガイ科の貝から紫色の染料を取り出していたが、この貝紫1gを抽出するのに2000個の貝が必要であった。

 そのため、大変高価とされていたのである。


 ジュリアス・シーザーが貝紫を着る権利を独占したため、貝紫は皇帝の色となり帝王紫となる。

 この帝王紫の思想が中国経由で日本に入り、聖徳太子が冠位十二階の最高位を紫とした。

 そのため、日本においても紫はより一層紫の高貴さが際立ったというわけである。


 

 草木染めの、染色の歴史を辿ってみると色の抽出の面白さが垣間見れるかも知れない。


 ちなみに桜の花びらはピンク色ではない。これはイメージによる脳の保護によるものが大きいかもしれない。

 ソメイヨシノは若干ピンク掛かってはいるが、白である。

 ピンク色の花を咲かせるのは、大山桜や枝垂桜なのである。


「あー、それで桜チップがこんなにあるのね。」


「ゆぐゆぐチップね。」


「それで、なんでそんな事一晩でやってんの。ちゃんと寝たの?」


「工程が多少すっ飛ばせるゲームだから可能なんだよね。煮出す回数や時間も現実程要らないし、乾燥も風魔法があれば可能だし。」


「アルミなどの媒染も現実みたいにややこしくないし。そのおかげで色が定着するのもそんな難しく考えなくて済んだよ。」


 マロンの数少ないトリス以外との外部との交友関係は、たまに行く浴衣の草木染体験である。

 そのため多少は染色についての知識はあった。商売出来るレベルではないが、個人の趣味として知っている分には充分な程度には。


 紅花から抽出した染料が瓶で部屋に置いてあるのだが、それもまた粋なのだが使う機会があるかは別問題である。


「まぁそんなわけで完全お肌に優しい天然素材で出来たお面なんだよ。」


「お面って言っちゃってるし。」


 マロン達はお面……もとい、仮面を装着した。もう少しでイベント開始の10時となるからである。

 説明をしている間にあっという間に時間が過ぎてしまっていたようだ。


 

「まぁ染色のスキルも生えちゃったんだけどね。」

 

 染料を綺麗に抽出出来るようになるのと、糸や布に色を定着させるのに向上する補正が掛かる。

 鉄やミョウバンを入れないといけないのだけれど、

 レベル向上でドンドン熟練の職人のように扱えるように……いずれはなるのである。


「いつか浴衣作ろうかなって思ってるよ。襦袢とかにも使えるから着物を作るのもありかもね。」


「あーうん。一式出来そうな気がするよ。」


 色を定着させる媒染であるアルミ……ミョウバン等はアクアの錬成により作成出来たのだが、マロンとアクアの愛称が良い事を裏付けていた。




「そういえば、ベアーズは召喚獣扱いだけど、シンシア達はテイム魔物なんだよね。イベントに連れて行けないのかな……」


 庭で自由に動き回っているシンシアとイノブタ親子を窓越しに見ながらマロンは呟いた。

 元気に走り回るシンシアとイノ乃は、マロンの目に随分と楽しそうに映った。

 実際にこうしている間に敏捷等が少しずつ上昇していたりするのだが、まだマロン達は気付いていない。


「明確に記載はされてないけど、流石に魔物は無理なんじゃないかな。パニックになるだろうし。」


 イベントによる大会中に限り、プレイヤーの各本拠地となる家等は他のプレイヤーやNPC、魔物から襲われる事はない仕様となっている。


 つまりは空き巣や強盗、有名なRPGの箪笥開け行為は出来ないのである。


 そのため、態々留守番として置いていく必要はないのだが、連れて行けないというのであればそれはそれで仕方のない事であった。


 マロンは召喚獣のクマーズだけを連れて行くわけにもいかず、彼ら彼女らを置いていく決心をする。


 どうする●イフルのチワワのような円らな瞳で見られてしまえば、ベアーズだけ連れて行って他は置いていくなんて選択肢は取れないのであった。


 

 ただ、これはマロンの勝手な勘違いと思い込みのため起きた、(他プレイヤーにとって)数少ない不幸中の幸いである。


 現在ではゲーム開始一週間であるため、魔物使いや魔物トレーナーのような職種に至っているはいないが、理論上は可能である。


 第二回闘技大会があれば、そういった上位職種に至るプレイヤーは数人はいるのではないだろうか。


 そのような職種の者が、自分のパートナーである魔物等を持ち込めないはずがないのである。


 ベアーズやシンシア、イノブタ親子までが参戦していたら、マロンは個ではなく軍隊である。


 マロンの勘違い思い込みによりこの【マロン軍】が誕生しなかったのは、大災害が起こらないという事であった。 


 トリスの返しがマロン軍を誕生させなかった。もちろんトリスは知っていた事であるし、他にも狙いがあった事によるマロンへの返事だったのだが。

 

 運営は今後のイベントに戦争イベントのようなものも考えているので、いつかは日の目に晒される時があるかもしれない。


(ただでさえ、掲示板を震撼させかねない程のステータス値だってのに魔物関係まで露見したら色々大変だっちゅーの)




「あ、カウントダウン始まった。」


「3」「2」「1」


「って普通10からで……」


 ツッコミきる前にマロン達は転送される。

 後に残されたペット達は、突然消えた主人たちの気配に最初は戸惑うものの、最近の日課である鬼ごっこやもふもふ居眠りに移っていった。


「主のために戦力か食料を増やそうか。」

「そうね。イノ乃も遊んでいてこちらを見てない事だし。」


 イノ子に覆いかぶさるイノ吉の姿を、ベアーズが暖かく見守っていた。


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