第18話 セカンドヴァージン

 

「言わせないよっ」


 マロンはそれだけ言って後方に下がっていく。


 版権に関わるという問題と、死ぬこと前提に盾になる事は赦さないという二重の意味での「言わせないよ」である。



 トリスの魔法矢による牽制のかいがあってか、タイガーはトリスの方へと敵意を出している。

 その間にマロンは少しずつ後退していき……


 トリス達の視界から完全に離れた時に異変を察知する。


「わふっ」


 そしてシンシアがその対象に向かって威嚇を放った。


 マロンの視界が捉えたのはラフレシアのような魔物であった。


「わふっ」


 

「ここは任せて先に行ってって?だめだよそんなの。シンシアを置いては、任せっきりではいけないよ。」


 しかし相手はそんな事はお構いなしに攻撃を仕掛けてくる。

 相手からは敵認定をされていたようだ。


 シンシアは素早く動いて飛ばされてくる種子のようなものを前腕で弾いていく。


「うぐっ、私足手まとい?」


 マロンは尻もちをついて落胆していた。


「わふっわふっ」


 

「わかった。待ってるから直ぐに迎えに来てね。」


 少し離れたところまでいって隠れててとシンシアは伝えてきたのである。

 

 トリスVSタイガー、シンシアVSラフレシアの図が形成された。


 マロンは……自分自身と戦っている。




「ベータテスターを舐めないでちょうだいね。」


 魔法矢に風と水属性の魔法が掛けられる。

 属性魔法を乗せてこそ魔法矢の真骨頂であった。


「これが本当のウインドアローでウォーターアローよっ」


 風を纏った矢が細かい傷をタイガーの身体に刻んでいく。

 身体の至るところから出血を起こし、地味にダメージを与えていく。


 そこに水を纏った矢が着弾すると水の幕に覆われ流血をさらに促していく。

 さらには顔周辺には水の玉が出来上がり呼吸を困難にしていく。


 血はどんどん流れ、呼吸はままならない。生物である以上、呼吸と出血を奪われては生きていくのは難しい。


「マロンを驚かせたんだから楽に死ねるとは思わない事ね。」


 どの口が言うんだと、あの場とこの場に居ればツッコミたくなる言葉ではあるが、レベルはともかくトリスはその強さを魅せつけた。


 HPが全損し、タイガーは地面へと身を任せて倒れ伏した。


「解体面倒だしストレージに入れておくかな。」


 ストレージは時間も停止という便利機能であるため、劣化する事はない。

 町にでも行った時に解体してもらえれば良いだろうと考えていた。


 その町がどこにあるのかわからないのだが……





「わふっ!」


 シンシアの爪がラフレシアの花弁を切り裂く。

 するとへなへなとラフレシア全体がしなびて地面に落ちていく。


 HPが全損したのだろう。後は死体とも言うべき本体が残るだけだった。



 しかしシンシアも花粉でも吸ったのかフラフラした動きで足取りがスムーズではなかった。




 一方その頃、後方へ隠れていたマロンは……



「きゃーっ、ちょっ、なに?なんなの?」


 隠れてシンシアの様子を見ていたが、何かに足首を掴まれずるずると引きずられていった。

 マロンの姿はシンシアの視力の範囲外へと連れ去られていた。


 更には嗅覚は伝わるだろうけれど、ラフレシアの魔物によって吸い込んだ花粉などの影響で低下している。

 そのため若干気付くのも反応も遅れてしまう。



 巻き付いた蔓によってマロンは逆さに持ち上げられてしまう。

 

「なっ、やめっ」


 マロンは二重の意味で不安となった。

 このまま殺される可能性。木の魔物の攻撃手段といえば蔓や蔦を使った攻撃、枝や幹を使った攻撃。

 どうやらこの木の魔物は根がしっかりと張られているようで本体の移動は出来ないようで、蔓や蔦を伸ばして獲物を狩るようだった。


 そしてもう一つの不安は、性的な意味でだった。トレントの枝の先端が丸みを帯びているように見えるので、マロンはこちらを心配していた。


「……」


 マロンには木の魔物から声が聞こえた気がした。

 しかし言葉として捉えられていないので何を言っているかまではわからない。

 人としての言葉なのか、魔物としての唸りなのか……その判断すら出来ない声。 


 しかし木の魔物……トレントは枝を伸ばしてマロンの……









 タイガーを倒し、マロン達の後を追いかけるべく駆けていたトリスはシンシアと合流した。

 

「シンシアちゃん……」


 その傍に散らばる花びら等を見て察する。

 シンシアが倒した魔物だなと。花びらや蔦などが切り刻まれて散乱している。

 その切り口は鋭利なもので割かれたようだった。


 シンシアがふらつきながらその傍にいれば、誰が見てもシンシアが倒した魔物だと言う事が理解出来る。


 マロンが傍にいないため、トリスは仮にストレージにしまっておこうと思った。


「大丈夫だよ、後できちんとご主人様のマロンには渡すから。」


 念のためトリスはシンシアに断った。きちんと通じているかわからないけれど、黙っておくよりは良いと考えての事である。




「きゃーっちょっや……やめっ」


 ストレージにしまい終わるとトリスの耳にマロンの叫び声が届く。

 それはもちろんシンシアの耳にも届いていた。「わふっ!」と大きな声で鳴いた。


 トリスとシンシアが声のあった方向へ駆けると、マロンの身体はトレントの枝に……



「マロンッごめん。直ぐに助けるっ。」


「まじかる……シューーット」


 魔力で生成した矢を弓につがえて放つと、トレントの太い幹に突き刺さる。

 

「シュー!シュー!シューーーートッ」


 トリスは怒りの中においても冷静さは保っていた。

 魔法矢は初級火魔法で生成していない。

 森火事を起こしてしまったら、マロンの小屋にまで延焼するのを防ぐためだ。

 

 立て続けに魔法矢を放ち続けるとトレントの動きが鈍くなっていく。


 やがてHPがゼロになったのか、トレントの動きが完全に止まりマロンが解放される。

 草の上に放たれるように投げ出され、マロンの目は虚ろになっていた。


 駆けつけたトリスはマロンを抱き抱えた。


 しかし助け出されたマロンはとても見られたものではなかった。

 年齢制限ありだったら、恐らくはモザイクが掛けられていただろう。


 マロンのHPがゼロになっていないのが不思議なくらいである。

 シンシアに先導され、マロンを背負ったトリスは小屋に向かって搬送する。


(あのトレント……HP全損した時の姿が魔物のそれとは違ってた。ホームポイントに戻るかのような……という事はあのトレントは……プレイヤー!)


 ベータでプレイしていたからこそ気付けた些細な違い。トリスだから気付けた違いである。

 

 

 マロンはぼやける視界の隅でメニューを開くと、【経験】が2になっていた。 

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