第61話 水の精霊?いいえ鞭使いです

 アクアは大歓声の中、おどおどと縮こまりながら進む。


 水の精霊なんて大層な種族ではあるが、その中身は人付き合いから避けてきた引きこもりの少女。


 ゲームキャラという外殻を得ていたとしても、その本質は変わらない。


 マロンやトリスに対しては、他人の目が苦手というような素振りを殆ど見せなかった。予選の時も仮面の力でどうにか押さえて来れていた。


 それは闘技場の規模や観客席との距離も若干は関係していたかもしれない。


「あうあうあうあうあうあ。」


 拳を組んだアクアの手は震えている。


 眉毛の上で横一文字に揃った前髪が震えで、ふぁさふぁさと跳ねていた。



「アクア―、観客なんてさつまいもだと思えばなんてことはないよーーー!」


「アクア―、観客なんて花見の時の桜の木だと思えばなんてことはないよーーー!」


 マロンとトリスが、示し合わせたわけでもないのに同時に叫んだ。


 二人共アクアの人見知りによる不安と恐怖を払拭しようと、二人なりの助言をしたのである。


「幼女3人お知り合いか。」


 アクアの対戦相手である飲酒王子が語り掛ける。


 その名前とは裏腹に丁寧な口調であった。


 アクアは上目遣いに見上げると、小さく頷いた。


「良い友をお持ちだな。しかし、試合は正々堂々戦わせていただく。」


 名前から酔拳でも使いそうであるが、果たしてどういうキャラなのか。


 右手に持つ槍からは少なくとも酔拳は想像出来ない。


 しかし、アクアの緊張は解けたのか、震えは収まり可愛い前髪は綺麗にぱっつんはお人形さんのように綺麗に整っていた。




「試合ぃ開始っ!」


 

「ふっ」


 飲酒王子は開幕と同時にアクアに向かって突進する。


 王子の突きは適確にアクアの腹部を襲撃する。


 刺さったかと思いきや、アクアの身体は後方に弾け飛んだ。


 正面から見ていた王子にはその理由は明らかだった。


 アクアはキョウチクトウの鞭を水でコーティングして防壁として槍を受け止めていた。

 

 壁に当たる事でアクアはそのまま後方へ飛ばされたのである。


「面白い防御方法だな。」


 

 アクアはコーディングを解くと、キョウチクトウの鞭を闘技場の床へ一度「パシンッ」と殴打する。


 対戦相手である飲酒王子は鞭の素材がキョウチクトウである事を知らない。


「水弾!」


 左手を前方に掲げると、いくつもの水の礫が飲酒王子を襲う。


 飲酒王子は巧みな槍捌きで礫を叩き落としたり、逸らしたりして防いでいた。


「な、なかなか重い一撃一撃だ。」


具婁具婁巻巻ぐるぐるまきまき!」


 魁ななんちゃら塾という漫画であったような、強引な当て字の技名。アクアの攻撃に特に名前があるわけではないのだが、引きこもりは若干中二病を患っている場合もある。


「シッ」


 鞭は飲酒王子の身体に巻き付く……わけではなく、彼が持つ槍に巻き付いた。


衣斐十巻巻いーとーまきまき!」


 引いて引いてトントントンと、アクアに引っ張られる槍。


 それについて飲酒王子の身体も引き寄せられる。


 しかし踏みとどまると、その手を離した。


 戦闘に置いて命と冷静さに次いで大事な武器エモノを手放すのは、勇気のいる行動だ。


(逆にあげても良いんだよという言葉がここで生きてくるとは。)


 飲酒王子の心の声である。あのまま引っ張られれば次の攻撃を喰らっていたに違いない。



「沼……」


 踏みとどまった飲酒王子であるが、足元に違和感を感じる事になる。


 踏みとどまった右足が闘技場の床に僅かながら沈んでいた。


 まるで沼に嵌ったかのうように。


「ばなな……」


 バカなと言いたかったのだろうが、飲酒王子の噛んでしまった言葉は戻ってはこない。


「曲殺★毒我利鞭どくがりべん!」


 毒のあるキョウチクトウの鞭がただ巻き付くだけの技である。


「な、HPが継続で削られ……って早っ」


 巻き付いたダメージで既に瀕死。


 毒のダメージでトントントンとHPは削られ、あっという間にHPは全損する。



「勝者ァアクア選手!」



「うおおおおおおおおおお!」


「かわいいいいいいいいいいいっ!」


「こっち向いてぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇ!」


「アクアさまーーーーーーーー!」


 アクアの勝利が確定すると野太い歓声と黄色い歓声が飛び交っていた。

 

 そして何人かの女性の観客が咲いていた。きっとリアルではバンギャなのだろう。



 観客席に目が向くアクアではあるが、さつまいもや桜が叫んでるという認識でしかなかった。




 HPが全損して闘技場の床に転がっているのは飲酒王子。


 鞭で巻いているのはいいのだが…… 


 何故亀甲縛りになっているのか、謎が残る。


 伸縮自在とまではいかないが、装備中の長さよりは明らかに伸びていた。


 鞭で巻かれただけで敗退したと思っている観客と、鞭に何かあったと勘ぐる観客と様々であった。


 しかし、そのいずれも何故亀甲縛り?という疑問だけは共通していた。


「お疲れ様。勝利おめでとー。」


「おめでとうアクア。」


「ありがとう。」


「おめでとうございます。アクアおねえさま。」


 どうやらエルトシャンの中で3人仲良くおねえさまになっているようだった。


 もちろんマロンとアクアも【称号:義妹】は試合前に取得済である。



「次はマロンさんですよ。」


 パチンッとマロンとアクアはハイタッチを交わした。

 

 

 マロン達の後方では、聖騎士を目指す男……伊集院光陰のニヤっとした歯が光り輝いていた。



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