第16話 魅力にヤられるのは生き物だけではなかったようだ
マロンは初級家事・初級鍛冶・中級踊りの三つの書物をテーブルに置いた。
「へぇ、こんなのをチュートリアル中で入手したんだ。」
トリスはマロンの許可を取って書物に目を通す。
「あ、うん。残念。あわよくば覚えられるかなって思ったけど無理みたい。」
トリスが無理と言ったのはモノクロでスキル欄に名前すら出て来ないという事である。
他の方法で覚える事は可能かもしれないが、マロンが持つこの書物からは不可能という事であった。
「試しに自分で道具を作ってみたら?鍛冶は流石に無理だけど家事の方は出来そうな気がするよ。」
トリスのその言葉でマロンは「よし、いっちょやってみっか。」と思った。
ぱんつを洗っただけで洗濯部分のスキル名が可視化されたのだ。
爆弾料理を作るだけでも料理が生きるかもしれないし、お手製の箒や雑巾で掃除が生きるかも知れない。
マロンは小屋の倉庫から使えそうなものを持ち出してテーブルに並べる。
適当な布を見つけので、窓を試しに拭いてみた。
きちんと四角い窓を四角く……
次にマロンは床を拭いてみる。
シンシアは部屋の隅っこで丸くなって夢の中へ旅に出ていた。
床を拭くマロンを後ろから覗いているトリスはただのエロ親父である。
マロンの服装はかなり際どい恰好である。
つまりトリスはほぼ桃尻侍を見ているという事だ。
ここで発情したらもう二度とこの小屋には入れて貰えないだろうと思って踏みとどまっていた。
「あ、いつのまにか掃除が生えてた。ん?どうしたの?鼻を押さえて。」
「あ、いや。ちょっと尊いものを見たので感動していたところ。しかし簡単に生えたね。」
「初級家事としてはまだだけど、括弧書きされてる中の掃除洗濯は濃い字になってるから。これ多分この項目が生きているという認識で良いんだと思う。」
マロンは手を洗うと保管庫に保管されていた保存食を取り出した。
賞味期限とか消費期限とかを気にしたら負けだと思って、マロンは良くわからない肉をまな板の上に置いた。
決してマロン自身やトリスの胸の上ではない。まな板のような胸ではあるけどまな板ではない。
キッチンにはまな板、いくつかの布巾、包丁2本、鍋二つ、フライパン、おたまとしゃもじが保管されていた。
良くわからない肉は、多分何かの魔物の肉だろうとマロンは考えている。
ファンタジーによくあるオーク肉のようなものだと。
迷った時は焼くか煮るかである。
マロンは本能で焼く事を選択した。
牛脂のような油まであるのはご都合主義が過ぎるだろうか。
マロンがこの住人となる数日まで、この小屋には誰かが住んでいたとしか思えないのである。
錬金でも使った薬草を緑代わりにして味を調える。
マロンはステーキはウェルダン派である。そのため安全を期すためにも良く焼くのは正解だと踏んでいた。
「良くわからない肉のステーキの出来上がり。でもごはんもスープもないけどね。」
「わふわふ♪」
肉の香ばしい匂いに鼻をくすぐられたのか、シンシアは目覚めてテーブルの前でおすわりのポーズで待っていた。
トリスが「お手」と手を出すので、シンシアは爪を引っ込め肉球でトリスの頬を叩く。
「ぶべらっ」
「もう仲良くなったの?」
皿に乗せ、肉を運んできたマロンはテーブルに二つ、床に一つ置いた。
トリスは風魔法を使ってナイフのように綺麗に肉をカットしていく。
「器用さと魔力の賜物だねー。ナイフがなくてもさいころステーキに出来るわー。」
トリスはマロンに頼まれマロンの分もカットする。
「シンシア、食べて良いよ。」
シンシアは所謂犬食いスタイルで肉にかぶりついた。
マロンとトリスは、カットされた肉を、トリスがストレージから出した良くわからない木材をカットして、マロンが即席で作った箸でつまんで口に運んだ。
「うまー。ナニ補正かわからないけどうまー。」
まともな調味料も香草もないのに、これで良いのかご都合主義……という出来ではあるのだが、からくりは存在する。
マロンは鼻歌を歌いながら調理をしていた。
踊り……というには程足りないが、それなりにボディコニアンの魅力を垂れ流す程度には漏れていた。
400を超える魅力に……肉の方が魅惑され勝手にマロンの虜になっていたのだ。
死して尚恐ろしい良くわからない肉のステーキ。
「あ、初級家事が太字になってる。」
「へー。もうスキルが勝手にマロンの魅力の虜になってる感じしかしないねー。」
トリスの発した言葉があながち間違ていないと言う事を、この先マロンもトリスも実感する事になる。
肉を堪能し終えたマロンが一息いれると、脳内に幼い声が響いた。
――初級家事を取得した事で、メイドの心得の書物が本棚に追加されました――
久しぶりに聞いたナビ子の声である。たった数時間前の事なのに随分久しぶりに感じてしまうマロンだった。
――木材加工(初)のスキルもついでに取得しました――
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