第45話 迷子のアーリンと秒殺予選

「私はマロン、君は?」


 マロンは名乗ると子供に名前を聞く。こんな小さな子が一人で街中をうろついているとは思えなかったからだ。

 それよりも一番の理由は脳内に響いたクエストのアナウンス。


「ア、アーリン。」



(良かった。見知らぬ人に個人情報は教えてはいけませんとかいう家庭じゃなくて。)


 尤も、クエストアナウンスで名前は分かってしまっているのだが、必ずしもこの子供の名前とは限らない。

 確認と報連相は大事なのである。


「アーリンは一人で何をしていたのかな?」



「お、おねーちゃんとはぐれちゃったにゅ。」


(にょとかにゅとか幼児の言葉とはいえ大丈夫なのかな。)


「おねーちゃんの見た目はアーリンと似てるのかな?私達で良ければおねーちゃんを探すの手伝うよ?」


「「達?」」

 

 少し離れたところにいるトリスとアクアも驚く。


「いいにょ?」


「あまり長い時間はかけられないけど、困ってる時はお互い様だからね。それに女の子の涙は放っておけないから。」


「まぁ仕方ないね。私はトリス、よろしくね。」


「わ、私はアクアです。」


「おねーちゃんたちもよろしゅくおみゃがいしみゃす。」


 部分部分で舌っ足らずを発揮するアーリン。これが態とであればかなりあざといのであるが、マロンと手を繋いでいる姿を見るにそれはなさそうである。


 マロンとアーリンが手を繋ぎ、トリスとアクアが二人の後ろをついて歩く。


「アーリンはどっちの方から来たの?」


 アーリンは「あっち」と指を差す。

 アーリンの「あっち」という言葉と指差しにより右に左に進んで行く。


 迷子という割には随分と色々理解しているんだなという感想だった。


「まろんおねーちゃ、あれ食べたい。」


 そこで気付く。マロンはお金を持っていない事に。


「良いよ、マロン。お金は私が出すからマロン達はあそこの噴水のところで待ってて。」


 マロンとアーリンはトリスが指を差した先に見える噴水広場に、トリスとアクアはチョコバナナを人数分購入するために露天の前に並んだ。


(マロン、ゲーム開始時からある所持金の存在を忘れてそうだったな。まぁお金を使う機会がないから忘れるのも仕方ないけど。)


「おっちゃん、チョコバナナ4つ。」


「はいよ。これはサービスだ。」


 露天のおっちゃんはチョコバナナに練乳を掛けていた。

 トリスはお金を支払い、アクアと2本ずつ両手に持って露天を後にした。


「おっちゃんありがとー。」



 一方噴水の縁に腰を下ろしたマロンとアーリン。

 背中から頭には軽く水飛沫が霧吹きのように噴きかかる。


「まろんおねーちゃのお面かぁいい。」


 それは子供からの、それ欲しいという合図でもある。


「被ってみる?まだあるからいいよ。」


「おねーちゃがかぶってるにょがいい。」


 マロンは頭に乗せているお面……もとい、仮面を外すとアーリンの頭に被せてあげる。


「ありあと。」


 マロンはもう一つをストレージから取り出し同じように頭に被った。


 マロンが付けていた物が良かったのか、アーリンの笑顔は100万ボルト級に可愛いものだった。 


 笑顔はプライスレス、されど最高のプレゼントでもある。


 そんな時丁度トリス達がチョコバナナを両手に持ってやってくる。


「はい。マロン、アーリン。」


 トリスとアクアは自分の持っている練乳の掛かったチョコバナナをそれぞれ手渡した。


 マロンとアーリンの隣にトリスとアクアも座った。


「ありあとーとりすおねーちゃ。」


 4人の見た目幼女(本当の幼女はアーリンのみ)は練乳の掛かったチョコバナナを大きく口を開けて頬張る。



【称号:フェラチ王を取得しました。】


「「「なんでやねんっ!!!」」」


 マロン・トリス・アクアの3人は天空に向かってツッコミを入れた。


 18禁ゲームの会社がコンシューマ版を製作する事のおちゃめな副産物であった。 


 

「え、えろい。」


「あれ良いのかな。」


「さすが元18禁のゲーム会社。」


「よ、幼女がくくくわ……」


「俺のフランクもお願いしたい。」←後に警告を受ける。


「尊い……」


 などと周囲からは声が漏れていた。



「あ、アーリン。口の周りに練乳がついてるよ。」


 チョコバナナを食べ終わった4人であるが、アクアがアーリンの口の周りを綺麗にする。


 水の精霊なので、自前の布を湿らし綺麗に口の周りを拭き取った。


「あくあおねーちゃ、ありあとー。」


 にへ~と笑うアーリンの笑顔に癒される3人の見た目だけ幼女達。


 そんな集団に近寄る一人の人物がいた。

 

「あ、アーリンッ!」


 マロン達が声の方向を見ると、アーリンをそのまま少女にしたような見た目の人物が走って近付いてきていた。


「おねーちゃ!」


 噴水の縁から降りるとアーリンは駆け出していった。

 そして抱き合う二人を見て、「おねーちゃん見つかったね。」と漏らすマロン。


「あぁ、良かった、はぐれた時にはどうなっちゃうかと。あ、あ、あ貴女達がアーリンを。ありがとうございます。」


 アーリンを抱きしめながら頭を下げる姉。

 それに釣られて、いえいえと頭を下げるマロン達。


「私はアーリンの姉でムルと申します。14歳です。この子は末の妹でまだ4歳になったばかりで。」


 自己紹介と他己紹介を兼ねているのか、年齢を丁寧に教えるムルと名乗るアーリンの姉。


「転んで膝を打っているので安静にさせてあげてね。それと、今度ははぐれないようにしてあげて。」


 マロンはムルの目を見て話せていた。人酔いはどうやら収まってきていたようである。


「あ、それで膝に巻いてあるんですね。それにお面まで……重ね重ねありがとうございます。」


「おねーちゃたち、ありあとーごちゃいましあ。」

「このお礼はお会い出来た時に出来ればと思います。それでは失礼します。」


 ムルとアーリンはマロン達に背を向けて歩き出す。マロン達は手を振って姉妹を見送る。

 仲良く手を繋いで歩く姉妹の姿は、闘技大会を忘れさせる程とても尊い光景だった。


 そして14歳という割にはとても言葉も礼儀も子供には似つかわしくないくらい出来ているなと、マロン達は感心もしていた。



【闘技場クエスト『迷子のアーリン』をクリアしました。】


 3人の脳内にアナウンスが鳴り響いた。


「え?私達もクリア扱いなのっ?」


【ラマン商会の信頼を入手しました。】


「へ?」


 どうやらムルとアーリンは良い所のお嬢さんだったようである。

 現状はこれ以上の判断がつけようもないが、今後のゲーム進行に役に立ちそうな特典だった。

 特に商人・職人系で進めて行こうとするプレイヤーにとっては、商会や流通は大事である。


 図らずしてその一つの恩恵を得られそうな3人であった。

 もっともそのラマン商会がどのような商会なのかを調べる必要はあるのだが……




【S3グループの皆様、転移2分前となります。】


 マロンの脳内に自分の出番が来るヨとアナウンスが響いた。


「あ、私転移するみたい。」


「マロン、もう大丈夫?」


「うん。アーリン達と触れ合ったら大分落ち着いた。」


【M3グループの皆様、転移2分前となります。】


「あ、私にもアナウンスがきた。」



【B3グループの皆様、転移2分前となります。】


「私にもきました。」


「なーんだ。みんなほぼ同時みたいだね。」


 トリスが頭の後ろに両手を組んで話す。


「アレですぐ終わらせて良いんだよね。」


 マロンがトリスに訊ねる。


「だって、会場中に広がる分くらいは展開出来るんでしょ?」


 マロンは頷く。範囲は最小から最大まで任意である。

 体育館くらいの広さであればギリギリ展開可能なのであった。

 その代わり広げた分だけ効果時間は短くなる。


「じゃぁいってくりゅ。」


 アーリンに釣られたのか、マロンまで舌っ足らずになってしまっていた。





「な、一体何が起こったんだ……」



 マロン、トリス、アクアの闘技場では同じ感想が漏れていた。

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