第5話 チュートリアル②
バタンッ
「いやいやいや、むりむりむりむり。なにアレ、怖いんですけど、怖すぎるんですけど。私今幼女なんですけどぉっ」
――でもチュートリアルが終わらないと、某デスゲームみたいにログアウト出来ませんよ?――
(何ソレ、それはそれで怖いんですけどぉ?)
ログアウトは基本的にはプレイヤーの意思により、表示されたウィンドウの「ログアウト」ボタンをタッチする事で行われる。
例外としては現実での外部からの強制解除であるが、地震や火事でなければ外力は期待できない。
それは既に命の危険を意味していた。
両親には勝手に部屋に入って来るなと伝えて引き篭もってからは、浪漫以外の人間が部屋に入る事はない。
つまりは怖かろうがチュートリアルを終わらせないと、トイレにすら行く事が出来ない。
決してペットボトルを利用しているわけではない。
マロンこと栗林浪漫は引き篭もっているが、きちんと学校には行っているし、ご飯もリビングで家族と摂る。
あくまで休日遊びに出掛けるとかの行為をしないと言う意味での引き篭もりであった。
恐る恐る扉を開けると律儀に先程の位置で同じように威嚇しながら魔物が四足で立って待っていた。
間違いがなければ、アレは尻尾振ってるよねと、マロンは思っていた。
尻尾をぶんぶん振るって行為は犬と猫で意味は違うけど、狼ってどうだっけ?と考えていた。
便利な事で魔物の頭上には「ウルフ」という文字が浮かびあがっていた。
この辺りはゲームとして有り難い機能だなとマロンは思っていた。
覚悟を決めて、マロンは扉を開けると一歩だけ前に出て、スキル「三輪君の踊り」もとい、「魅惑の踊り」を使用した。
チュートリアル補正なのか、ゲーム補正なのか、マロンは踊り方を知らなくても勝手に身体が動いていた。
怖いので目は瞑ったまま、補正の赴くままに我武者羅に。
「ふんっふんっふんっ」
扇子を頭上で振りながら、身体と腰を振って魅惑の踊りを踊った。
スキルは二つしかないし、直接攻撃が無意味である事は理解していたからの攻撃方法である。
スキルのもう片方は回復のため「魅惑の踊り」一択だった。
「ぐるるるるるっるるうっ」
鳴き声が少し変わったような?とマロンは思った。
それでも踊り続けるマロン。何故か攻めてこないウルフ。
マロンが恐る恐る目を開けると、ウルフの目がハートマークになっているように見えていた。
尤もそれはマロンの脳内で勝手にそう感じているだけである。
「ふんっふんっふふんっ♪」
――ボディコニアンはおどっている――
ナビ子のアナウンスが馬鹿にしているようで、マロンは扇子で両頬を引っぱたいてやりたい衝動に襲われる。
「きゅううぅっんっ」
ウルフの鳴き声が明らかに変わると、四本の足に力を入れたのか足元の土が変形した。
次の瞬間にはウルフは駆け出し、駆け出して……マロンは腰が抜けた。
どこかに止まっていたGが自分に向かって飛んできた経験があるだろうか。
あの悪魔が羽を広げて向かって来た経験があるだろうか。
マロンはこの世の終わりを感じて腰を抜かして扉の前で地面にお尻と両手を着いた。
ウルフは飛び掛かりマロンを組みしだき、両前足はマロンの両肩を押さえつけていた。
「はぁっはぁっはぁっ」
文字だけで見ると、変質者のようなウルフの呼吸音。
涎がマロンのセクシー衣装へと垂れる。
(こ、こわいこわいこわい。いやぁあぁぁあ、こ、声でないぃぃぃ)
ガクガクと歯を鳴らすと、お股に何か違和感を感じる。
ウルフがへこへこと腰を動かしていた。
しかし、何かが起こるわけではない。
なんと、ウルフはメスだったのだ。
――良かったね、オスのウルフじゃなくて――
(そそそ、そういう問題じゃなーい。マロン泣いちゃう……だっておんなのこだもの。)
すると脳内で「ピロン♪」と何かの音が鳴った。
『ウルフをテイムしますか?』 YES / NO
目の前にウィンドウが現れた。
「は?」
NOを選ぶとどうなるかわからないため、マロンは仕方なくYESを脳内でタップした。
正確には、NOを選ぶとこの状況が続きそうで怖かったのである。
するとウルフは大人しくなり、「きゅぅん♪」という鳴き声と共にマロンから離れ、足元でお座りをして待っていた。
恐る恐るマロンは立ち上がり……
「あ……」
気を取り直して大人しくしているウルフに近付く。
なぜか近付かないと先に進まない気がしたからだ。
マロンはビクつきながら右手を差し出し、ウルフの頭に手を乗せた。
そして彼氏が彼女の頭を撫でるように、マロンはウルフの頭を撫でた。
「わふわふ♪」
マロンは随分と人間っぽい鳴き声だなと思った。
『テイムした魔物に名前を付けてください』
目の前にそんな文字が現れる。
(名前……?抑魅力特化で魔物をテイム出来る事も知らなかったし、なんだろう。)
「じゃぁ、女の子だし『シンシア』で。」
マロンは昔あった狼少女のエロゲの名前から名付けた。
「わふぅ♪」
もはや「がるるるるる」と巻き舌をした狼の魔物は存在しなかった。
白いと思っていた毛は良くみると白銀色をしていた。
ホワイトウルフというよりはシルバーウルフだった。
ただ、馬に例えると、芦毛ではなく白毛に近い。
マロンが最初に白いと思ったのもそれだけ毛色が綺麗だという事でもあった。
――あ、さっきはチュートリアル中はログアウト出来ないと言いましたが、あれは嘘です。そうでもしないと先に進まないと思いましたので。――
――その代わりお詫びの一つも渡しますので赦してください。実際のログイン・ログアウトですが、次にログインする時はログアウトしたのと同じ状況の続きからとなります――
(随分媚びるナビだなぁ、説明をしたかったからあんな事言ったのかもしれないけど。)
「もう一回お風呂入る。」
色々と汚れてしまったのでもう一度あの風呂を体験しようとするマロン。
現実世界でどうなっているのかが分からないのがVRの怖いところでもある。
風呂に行こうとすると、忠犬のようにシンシアが付いて来るので、マロンは一緒に風呂に入る事にした。
人間と同じ感覚で良いのか迷ったけれど、そこまでの細部はないようでマロンは気にせずシンシアを洗浄する。
風呂場の中には人間用の桶と椅子があるが、しシンシアを洗うために桶にお湯を掬うとシンシアの身体にかけて手でゴシゴシと洗っていく。
気持ちよさそうにするシンシアを余所に、マロンは先程脱いだおぱんつも隠れて洗った。
こういうところまで現実っぽくしなくてもいいのにと思いながら。
「ちょっと待ってて。」
烏の行水とはいわないが、10秒程湯船に浸かってマロンは上がる。
――その洗った下着がナビ子はとても気になります――
ナビ子の声はマロンには届いていなかった。届いていたら抗議の声があがっているはずである。
(ドライヤーでもあれば毛を乾かせるのにな。)
全裸の幼女が狼を拭いている構図は、流石元18禁ゲーム会社が作っただけの事はあった。
――そんなマロン様にこんな贈り物を。先程ログアウトについて黙っていたお詫びの品です――
ストレージを確認すると、「温風機」「ブラシ」「皿」が増えていた。
「完全ペット用じゃん!」
温風機は小さな魔石を入れる事で魔力で動く仕様となっていた。
属性に拘る必要がないためどんな魔物の魔石でも可能となる。
「この場合の魔石って、単一でも単二でもなんでも良い電池と思えば良いのかな。」
先程ストレージに追加されていたアイテムは不思議な力で紛失したり他人に譲ったり奪われたりしないようになっていた。
つまり完全マロン専用アイテムであった。
攻略には役に立たないが、スローライフには役に立ちそうである。
温風機で毛を乾かし、ブラッシングをするとシンシアは恍惚の表情を浮かべていた。
「気持ちええのんか、これが気持ちええのんかぁ」
オヤジと化したマロンが毛づくろいをしていた。
先程まで歯をガタガタとさせてお漏らしをしていた者と同一人物とは思えない行動だった。
――そうそう、マロン様。テイムした魔物は自分のステータスと同じように確認する事が出来ますよ――
(そうか、成り行きでテイムしてこうして和んでしまっているけれど、場合によっては貴重な戦力になるんだった。)
シンシア(5)
種族:シルバーウルフ(幼)
レベル:1
HP:155
MP:100
筋力: 30
体力: 25
知性: 20
敏捷: 50
器用: 10
魔力: 40
魅力: 30
固定スキル:ひっかき、飛びつき、かみつき、威嚇、もふもふ
(あ、うん、ツッコミ所があるね。ステータスの数値はともかく。名前の後の括弧書きは年齢として……)
(シルバーウルフって事はノーマルより上位種って事だよね。良いの?チュートリアルでこんな子テイム出来て良いの?)
(文字から察するに幼体って事なんだろうけどさ。という事は私と同じで進化する事前提?それにしてもツッコミ所はスキルだよ。)
(もふもふって何?え~何々?もふもふの毛皮で癒される事で精神と気力の回復を図る事が出来るって?そんなステータス項目ないのに?)
(この場合の精神と気力とはHPとMPだって?比喩表現ですって?運営バカなの?これヲタクゲーマーじゃないとキレてるよ?)
――ちなみに一般的なウルフ(幼)の能力を参考として教えますね――
ウルフ(幼)
レベル:1
HP: 25
MP: 10
筋力: 10
体力: 5
知性: 5
敏捷: 15
器用: 3
魔力: 5
魅力: 3
固定スキル:ひっかき
「あ、うん。随分と差が凄いんだね。」
――マロン様の魅力の力に引き寄せられて現れましたからね。ナビ子のせいではありません――
「とりあえず一回ログアウトしても良いですか?」
マロンはナビ子に窺いを立てた。ログアウトした状態から再開する事が聞かされていても不安は残る。
ログアウト中のシンシアやナビ子はどうなってしまうのかが分からないからだ。
――ログアウト中はこの小屋はマップから切り離されますので、他者に狙われるといった事はありません。テイムした子達は時が止まりますのでご主人様がいなくなって不安になるという事もございません――
それが本当であれば多少気は楽になる。学校に行っている時は長時間空けてしまうわけなので、寂しい思いをさせたりして不貞腐れたり、噛みついたり、逃げたりしないか不安だった。
一度ログアウトして戻って来ると、なぜかあのシルバーウルフであるシンシアの種族が進化してセクシーシルバーウルフになっていた。
マロンは魅惑的白銀狼ってなんなんだよと叫ばずにはいられなかった。
せめて魅了ウルフとかあるだろうって叫ばずにはいられなかった。
――そこは翻訳ソフトと単語の認知度の影響です――
確かにエンカントとかエンチャントとか違うもんね、チャームだと魅了するの意味の方が浸透してるだろうしね、とマロンは脳内で補完した。
シンシアのステータスを確認すると、魅力が150増えて180になっていた。
そしてスキルに魅惑の踊りが追加されていた。(マロンのようにテイム効果はない)
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